第4話 ヒューブリッツ卿の追悼式

 翌朝。

 朝食を済ませ、人前に出ても恥ずかしくない程度の身支度をして邸宅を出た。

 急な編入だからと制服や教材とかは一切持たされなかった。

 その時にはもうジェンキンス公の姿はなく、ハルネさんが見送りをしてくれた。旦那様は今日は帰りが遅い、とのこと。

 どうも忙しい人みたいだ。


 とりあえず一日目は学校の様子だけ見てくればいい。

 ジェンキンス公の言伝を玄関先で伝えられ、ハルネさんから簡易的な地図をもらった。


 地図に従って朝の王都を散歩しながら歩いていると、本当に学校があった。

 今頃シンシア姉も着いているだろうか。


 門を通り過ぎてすぐ、校舎の屋上から吊るされた大きな弾幕が目に入った。


 ――読解力こそ命!


 大きな文字で書かれた思想的な一文に、少し気味の悪さを感じた。


 職員室を見つけるのはそう難しいことじゃなかった。

 校舎に入ってすぐ目の前にあったからだ。

 二回ノックして部屋の扉を開け。


「すいません。編入生のハリス・ジェンキンスと申しますが……」


 しんとした職員室。

 すぐに、こちらに気付いた一人の若い男性教師が席を立ち近づいてきた。


「ジェンキンス公からお話は伺っています」


「おはようございます」


「あなたがハリスくんですね。ようこそ、初等部へ」



 〇



「みなさん、お静かに。今日は編入生を紹介します。それではハリスくん、中へ入ってきてください」


 教室の中からアレックス先生の声がして、俺は扉を開けた。

 貴族の作法は分からない。


「おはようございます。今日からお世話になります、ハリス・ジェンキンスです。仲良くしてください!」


 精一杯の自然な笑顔で挨拶をした。

 教室にひそひそとした声が聞こえる中、「まさかジェンキンス公のご子息?」的な言葉がちらほらあった。

 やっぱりジェンキンス公は有名な人らしい。


「ハリスくんの席はあちらです」


 案内に従って席へ向かおうとした途中、阻まれた。


「僕の名前はヨハネス・エルロード。父はエルロード公、公爵だ。ジェンキンス公のご子息と知らず、挨拶が遅れてしまって申し訳ない」


 いかにも貴族の家の坊ちゃまが話しかけてきた。

 短い金髪を完璧なオールバックでまとめている。頭に透明の蝋でも塗っているのか、髪がてかっている。


「これはご丁寧に……」


 何か知らんが握手を求められた。


「ヨハネスくん、ハリスくんが困っています。席に戻りなさい」


「これは失敬。ご迷惑をおかけしました、アレックス先生。ハリス」


 呼び捨てか。ただ感じはしなかった。


 ヨハネスは一々優雅に振舞った。少し会釈するだけなのに胸に手をそえ、もう一方の手は鳩のように広げた。

 席に戻っていった。


「よ、よろしく」


 席に着くと隣の席の生徒がおどおどと挨拶してきた。


「ダンくん、仲良くしてあげてくださいね」


「は、はい!」


 先生への返事もおどけている。

 ヨハネスを見習って友好の握手をして「よろしく」とだけ言っておいた。

 恥ずかしそうに小さな笑みを浮かべたダンは、緑色の髪をした美形な少年だった。


 さっそく授業が始まった。

 6年後期から編入ということは、俺は5年分と半年分の授業をすべて受けていないことになる。

 そんな状態で授業の内容を理解できるのかと思いきや、内容は「筆記」というものだった。


 それは初歩的で、すごく簡単な授業だった。

 教材になっている物語を読みながら、先生がページごとに出てくる言葉を抜粋する。

 それを生徒たちがノートに書く。意味なんかも添えて。


「まるで国語の授業だ」


「何か言った?」


「ううん、なんでもない」


 紙とインクと羽ペンは机の上に用意されていた。

 紙は簡易的なものだから、また自分用に用意する必要があるらしい。

 ダンを見ると表紙のついた分厚いノートを持っていた。


 先生が黒板に書く文字はどれもルナエナさんとジェラルドさんが教えてくれていたものばかりだった。

 ジェラルドさんは魔法に否定的だったけど、いずれは俺たちに学ばせるつもりだったのかもしれない。


「字が上手だね」


「そうかなあ……。ありがとう、ダンも上手じゃないか」


「僕は読解力が低くて物語の要約が苦手だから、せめて字だけはと思って練習してるんだ」


「それって難しいの?」


「え……うん、僕にはちょっとね」


 苦手意識があるからずっと自信がなさそうなのか。

 でも字を書くのは早い、それに綺麗だ。


「ハリスくんは要約とかしたことないの?」


「ハリスでいいよ。『匠の愛したワイングラス』ならしたことあるよ。昨日やったんだ」


「へえー、それってどのくらいかかったの、一週間とか?」


「そんなにかかってないよ、数十分ってところだったかなあ」


「え……数十分?」


「うん。だってグラスを出すだけだし。ほら、このくらいならすぐできるよ?」


 暗記していた第一章を要約、朗読し、自分の手のひらの上にワイングラスを出した。


「ほら、簡単でしょ?」


「うそ……」


 ダンが口をポカーンと開けたまま固まっていた。


「何だい今のささやかな光は!? って……ハリス、その手に持っているのは、まさかワイングラスかい?」


 ヨハネスが席を立ってこっちを見ていた。

 現象を起こした時の光が見えていたらしい。


「ヨハネスくん授業中の私語は厳禁ですよ、席に着きなさい」


「アレックス先生、私語どころか朗読をしていた生徒がいますよ」


「先生をからかっているのですか、朗読なんて聞こえませんでしたよ?」


「みんな見てくれ、ハリスが物語を朗読してワイングラスを出したよ!」


 ヨハネスは声高らかに、俺のワイングラスを紹介した。

 告げ口ではなく、まるで称えているかのようだった。表面的な印象よりも、もっと普通の小学生なのかもしれない。


 近くの席から順に生徒が集まってきた。

 先生は生徒たちへ席に戻るように言っているが。


「これハリスくんがやったの?」


「うん、朗読したんだ」


「すごーい!」


 女子生徒はワイングラスを褒めた。

 でも分かりにくいけど縦にひびがはいったりしてるし、はっきり言って俺の要約は早い分、荒い。

 昨日の水だって色が濁っていた。

 ラッセンが読んだ時はあんなに透きとおっていたのに。


 目についた女子にグラスをあげた。

 ワイングラスが離れていくと集まった人だかりもそっちに移動していった。

 あんなもの一つでこれほどの人気が取れるとは。


「物語を暗記してるの?」


 興味深そうにダンが聞いてきた。


「昨日読んだものを覚えてただけだよ」


「でもそんなに短い時間で現象を起こせるなんて、すごいよ!」


「そうなの?」


「うん。物語は要約できるだけじゃダメなんだ。内容を理解してないと現象がショボくなっちゃうから。あれはすごくワイングラスっぽいし、朗読してた内容は短くて分かりやすかった」


 やたら褒めてくるなー。

 ダンは要約に苦手意識があるから、余計にそう思うのかもしれない。

 でも他の生徒もグラスに注目してるし……俺って意外とすごいのか?

 いや、まさかな。これくらい誰だってできるはずだ。

 というか授業の途中なんだし、みんな席に戻ってほしい。

 先生もそろそろ……。


「あれ?」


 アレックス先生が、いつのまにか教室に入っていた知らない先生と何やらこそこそ話している。

 教室の扉は開けっぱなしだ。


「皆さん、少し話を聞いてください」


 先生の顔に暗雲がかかっているような気がした。


「追悼式に参加するため、皆さんには今から大通りへ移動していただきます」


「どなたか亡くなられたのですか?」


 ヨハネスが不思議そうな顔をした。


「ラッセン・ヒューブリッツ卿が亡くなられました」


 先生の言葉に、みんなは静かになっていた。



 〇



 集団行動を守りながら大通りに来てみると、そこは既に人で溢れていた。

 大人が前にいるせいで俺たちの見る場所がない。

 クラスのみんなは不満げな顔で目の前の大人の背中を睨んでいた。


「ハリス、こっちにいい場所があるんだが、来ないかい?」


 ヨハネスだった。

 やっぱり、なんだかいい奴みたいだ。


「うん、行くよ。あ、ちょっと待って」


 すぐ傍にあたふたしているダンの姿を見つけた。


「ダン、ヨハネスが見晴らしのいい場所を見つけたんだって、一緒に行かない?」


「え、でもそれはハリスだけが誘われたんでしょ?」


「ヨハネス、ダンも連れて行っていいよね?」


「もちろんだとも、来たまえ」


 俺はダンの手を取ってヨハネスについていった。


 狭い路地に一歩入ると上に続く短い階段があった。

 ヨハネスは「こっちだ」と階段を上り、路地の二階に上がった。


「ほら、ここなら全部見えるだろ?」


 そこはアパートみたいな建物の二階の廊下だった。

 勝手に入っていいのかとも思ったが、確かに見晴らしは良かった。

 欄干らんかんに手をかけて目を見張っていると、大通りの坂道に白い行列が見えた。


「白いなー」


「あれは喪服だ、見るのは初めてかい?」


 エルゴノイツの喪服は白らしい。

 白い一団は王城の方から下ってきてそのまま大通りに沿って下りていく。


 ふと列の中に棺桶なようなものが見えた。

 あれは……そういうことなのだろうか。

 でも中にラッセンの遺体があるとは思えない。


 シンシア姉は、ラッセンの遺体はルナエナさんが埋めたと言っていた。

 彼は今も東外区のどこかで眠っているはずだ。

 ジェラルドさんはティムとユリカを診療所に連れて行かなければいけず、先に行かせてルナエナさんが埋めたんだ。

 あの棺にラッセンの遺体が入っていた場合……ルナエナさんは大丈夫だろうか。


「ヨハネス、あれにラッセンの遺体が入ってるのかなあ?」


「せめてラッセン様と呼ばないか、それに遺体ではなくご遺体だ、君って奴は……。おそらくヒューブリッツ卿のものだろう」


 ヨハネスは貴族の作法をマスターしているっぽい。

 評議員が何なのかは分からないが、ラッセンくらいの地位の者は敬う必要があるようだ。


「ねえ、評議員って何か知っている?」


「え、ハリスは知らないの?」


 これについてはダンも知っているようだった。

 もちろんヨハネスも知っている顔をしていた。


「魔術師評議会の7人の長のことだよ」


 ダンがそう説明するとヨハネスが付け足す。


「魔術師と魔法師から構成された7人だ。エルゴノイツて最も優秀な魔法使いと言っていい」


「魔術師と魔法師……ってどういう意味、どう違うの?」


「ハリスは意外とものを知らないんだな。魔法使いにおけるランク付けのことさ。中等部にいけば僕らは自動的に魔法使いと呼ばれるようになる。だが魔術師や魔法師は別だ。それには資格が必要なんだよ」


 ヨハネス曰く、エルゴノイツには3つの大きな試験がある。


 一、物語理解力認定試験。

 二、魔術師認定試験。

 三、魔法師認定試験。


「物語理解力認定試験は初等部の生徒でも受けられる。ちなみに僕は既に取得済みだ」


 ヨハネスは優秀な方らしい。

 ダンは苦手だからまだ持っていないそうだ。


「魔術師認定試験を受けるには物語理解力認定取得済み書が必要だ」


「魔術師の資格を持ってると、何かいいことがあるの?」


「将来、羽振りのいい仕事が手に入るくらいかな。王族から官職をもらえたりするんだ。爵位持ちの貴族は大抵魔術師だ」


「魔法師は?」


「魔法師については特に考えなくていい。あれはエルゴノイツにも数える程しかいないらしいんだ。天才にのみ与えられる名誉だと父上は言っていた」


 魔術師になるのとはまた何か違うみたいだ。


 資格の意味は分かった。

 用はあれだ――就職で役に立つ。


 大通りはパレードでも始まるのかというほど人込みに溢れていた。

 でも静かだった。

 ひそひそと俺たちのような声は聞こえるものの、基本的にはしんとしていた。


「ハリス」


 不意に背後で知っている声がした。


「……ジェンキンス公?」


 ジェンキンス公の姿に二人はかしこまり顔をふせた。


「二人とも楽にしていい、追悼式を見ていなさい。ハリス、少しいいかい?」


「はい、もちろんです」


 俺は戸惑いつつ、二人を残しジェンキンス公についていった。


 そこは大通りから少し離れた、人気のない裏通りだった。


「あの棺の中身は空だ。君は少々好奇心が過ぎるから先に伝えておく。帰ったらシンシアにもそう伝えておいてくれ」


 安心した。

 ルナエナさんは無事だ。


「それからこれをローブの内側にしまっておきなさい。いつも持ち歩いておくんだ」


「なんですか、これ?」


 それは薄いメモ帳のようだった。

 開くと中は白紙。


「調子にのって、水を出したりしていないだろうね?」


「水?……あ、はい、もちろんしてません。あ、でもワイングラスならさっき」


「なんだって!?」


 ジェンキンス公は小さな声で焦りを浮かべた。

 溜息をついたあと。


「ハリス、持ち歩いてもいない物語を朗読したらダメだ。ジェラルドにそう教わらなかったかい?」


「……教えてくれませんでした。ジェラルドさんは、僕らに魔法は存在しないって言ってたんです。そんなもの、ない方がいいって言ってたくらいで」


「そうか。あいつは知らないのか」


「知らない?」


 どういう意味だ、ジェラルドさんが何を知らないのか。


「とにかく、手元に本もない状態で朗読してはいけない。普通の人間にそんなことはできないんだよ、分かったね?」


「普通の人間?」


 ジェンキンス公は俺の問に答えず、「本をなくさないように」とだけ言って風のように去っていった。


 釈然としない中、ダンとヨハネスのところに戻る。


「随分と長いこと話していたみたいだね」


「列はもう通り過ぎて行っちゃったよ?」


 追悼式は終わっていた。

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