第2話 ラッセンの魔法

 家の前に仁王立ちするシンシア姉の姿で思い出した。

 黙って出てきたんだった……。




 テーブルにつかされ説教タイムが始まった。

 シンシア姉に怒られ、ジェラルドさんに溜息をつかれ……。


「何かあったらどうするつもりだったの!」


 珍しくルナエナさんに怒られた。

 ハリスの中に、この人にこれほど怒られた記憶はない。


「ごめんなさい」


「私がちゃんと見てなかったから……」


 責任を感じてシンシア姉が急にしょんぼりした。

 マジな顔色に胸が痛い。これ、演技じゃないよなあ……。


「ごめん、シンシア姉」


 でもそんなに治安の悪い場所でもないだろうし、こんなに気にするほどのことだろうか。

 危険とは道中のことか。

 確かに森には熊とかイノシシがいるかもしれない、見たことはないけど。

 でも日中だし大丈夫だと思うんだが……。


「町へ何をしに行っていたの?」


 ルナエナさんが聞くので。


「物語だよ。商人から借りて読んでたんだ」


「何度言ったら分かるの、魔法なんてないのよ? それは物語と言って」


「でもラッセンさんは魔法があるようなことを言ってたよ、ないとは一言も言わなかった」


 ジェラルドさんが勢いよく椅子から立ち上がり、血相を変えた。


「今、なんと言った…………」


 表情が張り詰めていた。

 それはルナエナさんも同じで、二人とも怖い顔で俺を見下ろしている。

 時間が止まったように、部屋の中が静かになった。


 急にジェラルドさんが怖い顔で近づいてきて。


「ラッセンと言ったのか!」


 俺は両肩を掴まれた。


「え?」


「どうなんだ、その商人はラッセンと言ったのか!」


 その時、家の中にひんやりとした空気が流れこんできた。

 ジェラルドさんの動揺する表情が止まり、視線がゆっくりと玄関の方へ振り返った。


「ルナエナ、子供たちを!」


 突然、家全体に何かが押し寄せた。



 〇



 俺は床にうつ伏せになり倒れていた。

 隣には同じ状態のシンシア姉がいて、ルナエナさんが俺たち二人に覆いかぶさっていた。


「どうなって……」


 顔を上げると、テーブルや椅子や、家の壁や屋根や……。


「なんだよこれ」


 家がなくなっていた。

 床だけをかろうじて残し、それ以外のすべてがどこにもない。


 視線を右往左往と動かしていて気付いた。

 街道や森に散り散りになっている木材や何かの破片が見えるけど、それが俺たちの家だったものなんはないだろうか。


「やっと見つけたよ、ジェラルドさん」


 街道に、ラッセンさんとジェラルドさんの姿があった。


 ジェラルドさんは自分の背丈ほどもある、何か変わった見た目の棒を持っていた。棒の先端で何かが光っている。

 ラッセンさんは本を片手に持ち、開いていた。あれはあの本だろうか。でも、本から薄く光が漏れ出ているように見える。


「ラッセン……」


「偶然近くの町でおかしな坊やに出会ったんだ。本を見せろとうるさくてねえ。暇つぶしにみせてやったら、おかしなことに文字が読めるって言うじゃないか。この本に書かれているのはエルゴノイツの文字だ。おかしいとは思わないか、なあ、そう思うだろ、ジェラルドさん?」


 ラッセンさんは目を見開き、嬉しそうに言った。

 ジェラルドさんは表情すら動かない。


「あんたらが俺らを裏切って出て行ったあと、エルゴノイツがどうなったか想像できるか?」


「暗い目をするようになったな、ラッセン……」


 ラッセンさんの目が血走った。


「あんたのせいだ! 俺の妻も娘も、みんな奴らに殺されたよ!」


 怒り狂ったような罵声が辺りに響いた――。


「ラッセン……」


「気安く名なんか読んぶんじゃないよ、まったく……」


 ――すぐにいつもの爽やかな薄ら笑みがあった。


「王女を返してもらおう」


「そうはいかない」


「他はあんた共々死んでもらう。ふ、孤児なんか集めて……隠居でもするつもりだったのか?」


「読解力の乏しさで右に出る者がなかった少年が……言うようになったじゃないか」


 直後から始まった光景に、俺は腹ばいになりながらも目が離せなかった。

 押し寄せる向かい風は腕と指の間をすり抜け、強く顔に当たるほどだった。


 光を放つ本――。

 ラッセンさんの背後から彼を飛び越えて水が現れた。

 それは小さな津波のようだ。


 襲い来る水流にジェラルドさんは棒の先端の光を向けた。

 見えづらいけど、宙に光る線で読めない文字が浮かび上がっているようだ。

 光る文字に水は吸い込まれるようにして消えた。


 ラッセンさんの口元が高速で動いているのが見えた。

 途切れるたびに水流が現れた。

 水流の数だけ光る文字も現れ、水を吸い込む。


 ある瞬間、ジェラルドさんの光る文字が水流よりも先に宙にあった。


「その本を与えたのは私だ、ラッセン・ヒューブリッツ」


 文字がつるのように絡みつき、ラッセンさんを拘束した。


「ハリス、立てる?」


 シンシア姉に手を引っ張られ、俺は立ち上がった。

 ルナエナさんは家の裏庭に倒れているティムとユリカの元へ駆け寄っていた。


「そんな……」


 シンシア姉がショックで口元を押さえる。

 二人は大丈夫だろうか。気を失っているのか。

 もしかして……その先は考えたくない。


「なぜ俺が送り込まれたのか分かるか?」


 口のきわから血を垂らし、苦しい表情でラッセンさんが言った。


 シンシア姉に手を引っ張られるも、俺はその戦いが最後どうなるのか知りたかった。


「あんたほどの魔法使いを始末できる者なんて、今のエルゴノイツにはもう限られている」


 ジェラルドさんの横顔が悲しく見えた。


「これを書いたのたのが、あんただからだ。だから俺が……」


 ラッセンさんがにやけた。

 直後、ジェラルドさんの足元が光り――。


「ハリス、最後だ、お前に魔法らしい魔法を見せてやろう!」


 ラッセンさんの声だった。

 それは俺に向けて放たれた言葉だった。


 心臓を貫く興奮。自然と見開く目――俺は夢中になった。


 ジェラルドさんの足元から大量の水が打ち上がった。

 まるで水道管が破裂したような光景だ。


「ジェラルド!」


 ルナエナさんが駆け寄ろうと走る。


「来るな!」


 噴水の天辺で、口から血を吐きジェラルドさんは言った。


「ハリス、これが魔法だ! 規模も質も違う、物語とは比べものにならない、人を殺すための夢だ!」


 何を言っているんだ……。


「ハリス!」


 俺はシンシア姉の手を振りほどいていた。


 足は、ラッセンさんに向かって走り出していた。


「よせ、ハリス!」


 ジェラルドさんの声、ルナエナさんの声、シンシア姉の声。

 声が聞こえる中、辺りの景色がゆっくりに見えた。

 足はもう止まらない。


 辿り着き、俺はラッセンさんの手に振れていた。


「なっ!?」


 ラッセンさんの驚く声にかぶせ、俺は何かを叫び――。



 〇



 スズメのさえずりが聞こえた。


「あれ……」


 知らない天井が見えた。

 いつもの見慣れた家のものよりも、骨組みがやけに遠い。

 それに木も太いような気がする。


 体を起こす。俺は木製のベッドの上に寝かされていた。


 そこは小さな体育館ほどのだだっ広い部屋で、周りにはいくつもベッドが並んでいた。


「ハリス!」


 遠くの方で声がした。

 振り向くと、部屋の入り口にシンシア姉の姿が見えた。


「シンシア姉……」


 シンシア姉は走ってきて俺に抱き着いた。


「目が覚めましたか坊ちゃま」


 ベッドの足元に、少し太り気味なおばさんが立っていた。




 どうやら長いこと眠っていたらしい。


 ここは教会だった。

 おばさんは名をテレシアさんといって、ここでシスターをやっているそうだ。

 部屋にあったいくつものベッドは孤児たちのもの。


 談話室で食事をとった。

 久しぶりに腹に食べ物を入れた感じがした。

 食べて初めて、空腹であったことに気付いた。急に脱力感が襲ってきて、握力がなくなりスプーンをテーブルに落としてしまった。


「ハリス、大丈夫?」


 スプーンを取り……。


「うん」


「そのうち体力も戻りますよ。さあ、今は食べて」


「……みんなはどこ?」


 急にジェラルドさんやルナエナさん、ティムやユリカのことを思い出した。

 そういえば4人の姿がない、みんなどこに行ったんだ。


「ぐっ!」


 頭痛がした。


「そうだ、ラッセンが襲ってきて!」


 順に思い出してきた。

 消えた家。庭に横たわる二人。打ち上げられたジェラルドさん。

 助けようとするルナエナさん。


 まるでハリスに背中を押されたみいに走りだした、あの時の感覚。


「ハリス!」


 俺はまた、気を失ってしまった。



 〇



 目を覚ますとまたベッドの上だった。


「そうか……気を失ったのか」


 思い出して、すぐに足元で倒れこむように眠っているシンシア姉の姿に気付く。

 空だったはずの辺りのベッドには子供たちの姿があった。


 窓の外はもう、夜だった。


「……ハリス」


「おはよう」


 シンシア姉が起きてすぐ、子供たちを起こさないように二人で談話室に移動した。


 ソファーに腰かけるとシンシア姉は言った。


「安心して、みんな無事よ」


 少し安心した。


 商人のラッセンは死んだそうだ。

 その時に俺は気を失ったらしい。

 ティムとユリカはジェラルドさんが町外れの診療所に運んだそうだ。


「ここはどこなの、教会って言ってたよね?」


「町外れの教会よ」


「……町に教会なんてあったんだ、知らなかったな」


「ハリス、ここはね……」


 シンシア姉は何故だかしぶるような顔をして言った。


「ここは、枯れた鉱山の町じゃないのよ」


「……どういうこと?」


 説明するシンシア姉自身、まだ呑み込めていない感じがした。


 ティムとユリカはジェラルドさんと一緒らしい。

 今説明された通り、3人は枯れた鉱山の町近くにある、診療所に向かったそうだ。


 俺とシンシア姉がいるのは……。


「エルゴノイツ?」


 シンシア姉は頷いた。


「私たちがこれまで暮らしていたのは、陸続きにある地の東側で、ここは西側――エルゴノイツ王国領。私たちが今いるここは、エルゴノイツ領の最東端なんだって」


 はっきり言って、さっぱりだった。


「私たちは東外区とうがいくと呼びます」


 部屋の入口にテレシアさんが立っていた。

 シンシア姉の説明だけでは理解できなかった続きを教えてくれた。


 西のエルゴノイツ領、東の東外区。

 その境は「見えない壁」によって封鎖されている。

 互いに行き来することはできず、完全に隔たっているそうだ。


「じゃあ、僕たちはどうやって」


「姫様だけが知る抜け道があるのです。お二人をここへ運んだのは姫様ですから」


「姫様?」


「どうもルナエナさんのことらしいわ」


「詳しくしくは姫様本人にお聞きください。私のようなものが勝手にお話して良いものではございません。それよりお二人とも、もうお休みになった方がよろしいかと。明日の朝一番に王都へ馬車が出ます」


「……えっと、それに私たちが乗るんですか? ルナエナさんもいないのに」


「姫様よりそう仰せつかったのです。それにその方がよろしいでしょう。東外区がどのような場所なのかは私には分かりかねます。ですが少なくともここは、お二人のような子供が自由に歩きまわれる所ではございません。王都ならいくらかマシでしょう。姫様もじきにこちらへ戻られます」


 シンシア姉の赤毛やハリスの金髪は平民にはないらしく、俺たちがこの辺りをうろつくのは危ないらしい。

 ルナエナさんや他の4人とは、いずれ王都で合流できるそうだ。


「貴族や王族ならともかく、それが平民となると……ともかく、姫様の仰るように少しでも早く王都へ発つべきです――」




 翌朝、日の出が上がりきる前に俺たちは馬車に乗った。


「お二人ともよろしいですか。王都に到着しましたら、まずはジェンキンス公とお会いになってください」


「ジェンキンス公?」


 テレシアさんは不安の見え隠れする顔で言った。


「はい。馭者ぎょしゃにも伝えてはいますが、私は王都のことに疎いので、中のことは予測がつきません。お会いできた際は、この伝書と共に私の名をお伝えください」


 道中、くれぐれもルナエナさんやジェラルドさんの名前を口にしないように。

 そして東外区から来たなんてことは絶対に言わないように。


 テレシアさんはそう言って、俺たちを見送ってくれた。

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