第45話 特訓初日

 週が明けて、久しぶりの登校日。

 学園での授業は朝から五十分の授業を三コマ、六十分の昼休憩を挟んで、また五十分の授業が二コマ、といった流れ。毎日一コマだけ演習の時間があるが、俺は正直それでは物足りなかった。

 後期課程になれば、逆に理論の授業が毎日一、二コマ程度になり、演習の時間が多くなるらしい。早く来年になってほしいものだ。


 昼食はどこで食べても構わないことになっている。一旦寮に帰ってもいいし、校舎から少し歩いたところにある、フードコートに行っても構わない。弁当を持参して、中庭や教室で食べてもいい。


 今日の俺は、フリティラリア姉妹とクルトの四人でフードコートに来ていた。クルトはフリティラリア姉妹と仲が良く、俺ともそれなりに会話をする仲だ。何でも強は、ロレッタが行きたい店があるらしく、せっかくなのでご一緒させてもらうことにしたのだった。


 彼女の行きたかったという店は、シックな木造の喫茶店のような佇まいで、店内には多くの植物が飾られていた。本格的に気温も上がりつつあるこの時期には、冷房の効いた店内が楽園のように涼しく感じ、店内に彩られた多くの緑からも清涼感を感じるつくりになっていた。


「ここは何の店なんだ?」


「このお店はサラダの専門店なんです」


 サラダの専門店か。いかにも女子が好みそうだ。というのは少し偏見が入っていたと、メニューを見て後悔することになる。


 たしかに、いわゆるサラダというような野菜しか入っていないものが多いが、鶏肉や生ハム、ローストビーフといったような肉を使ったサラダもある。他にもサーモンやイカ、タコなどの海鮮を使ったサラダ、果物やバニラアイス、生クリームを使ったデザートのようなサラダまで取り揃えられていた。


「どうですか? 男の子でも、ランチとしては満足できそうじゃありませんか?」


 ロレッタが期待を込めたような眼差しでこちらを窺ってくる。先ほど俺が思ったような偏見を持たれると、最初から察していたのだろうか。


「お腹もいっぱいになりそうだし、健康にも良さそうだ。紹介してくれてありがとう、ロレッタさん」


 クルトはなぜか、ロレッタのことは“さん”付けで呼ぶ。本人曰く、レイチェルを呼び捨てにするなら、その姉であるロレッタは“さん”付けになるのが自然だ、ということらしい。俺には正直、その理屈はよくわからないが。


 メニューを眺める俺たちは、やがて話し合いの結果、大皿を何品か頼んで皆で取り分けて食べることになった。


「そういえば、みんなは双葉杯リブラはどうするか決めたの?」


 レイチェルがそう切り出して、話題は来月の双葉杯リブラへと移る。


「僕は出場する予定ではいるけど、ペアはまだ決まっていない」


「俺も出場するよ。ペアはもう決まってる」


 すると、皆にそろって意外そうな顔をされてしまった。


「あれ、クロってヘザーちゃんと別れたんでしょ? ヘザーちゃんとは出ないんだよね?」


「そうだけど、それがどうかしたのか?」


「もう他の相手を見つけたのか……節操のない」


 いや、双葉杯リブラのペアというだけであって、付き合う人じゃないから。今までがたまたま、付き合っているヘザーと出ていただけで。


「相手って誰なの? 上級生? あ、ルーちゃんとか?」


 ルーちゃんというのはルーツィアのことだろう。レイは興味津々といった様子で、身を乗り出して聞いてくる。


「ミアだよ。二年生次席の」


「あ、三回戦で対戦してましたよね。もしかしてそれで……一目惚れですか?」


 きゃーっ、いいですね~、なんて一人で盛り上がっているロレッタ。彼女も彼女で、ルーツィアが俺を呼びだす際に告白だと勘違いしていそうだったり、少し想像が突飛というか、すぐに色恋に結びつけたがるきらいがある。


「断じて違う。戦術の相性とか、お互い考えがあってのことだ」


「まぁどっちにしろ、あたし達と当たったらそこまでだからね。すぐに終わらせあげるよ」


 レイとは結局、新星杯ノヴァで戦うことはできなかった。結果だけ見れば、彼女は準優勝、俺はベスト4。俺の方が格下だと思われても仕方ない。だが、直接対決してない以上、まだ優劣はわからない。今度の双葉杯リブラで当たるようなことがあれば、絶対に負けられない。


「返り討ちにしてやるよ。と言いたいとこだけど、強いからなぁ、お前ら双子のペアは」


「ふふん、そうでしょう?」


「特にロレッタが」


 俺がそう付け足して、得意げに胸を張ったレイががくっと崩れる。代わりにロレッタが、照れくさそうに視線を彷徨わせている。


「たしかに、レイチェルはともかく、後衛に専念している時のロレッタさんって、とんでもなく強いですよね。それはペアがレイチェルだからなのか、レイチェル以外でも強いのかは、見てみたかったけれど」


「じゃあ、今年はレイと組むの、やめてみましょうか」


「えっ!? てめっ、クルト! 余計なこと言うなよー!」


 冗談ですよ、と怒り狂うレイを宥めるように微笑むロレッタ。


 しかし、クルトの言いたいこともわかる。俺も機会があれば彼女と組んでみたかった。それでどこまで通用するか、試してみるのも面白いと思ったことは一度や二度ではない。彼女のペア戦の試合を見るたびに思ってしまう。それほどまでに、彼女の後衛としてのセンスは高いのだ。



 放課後になってすぐに旧図書館に向かうと、まだ二人は来ていないようだった。俺は剣の感覚を取り戻そうと手に馴染ませつつ、先にアップを済ませておくことにした。

 

 まさかアストさんが俺を剣聖ブレイドにしようとしていたなんて、思いもしなかった。俺が元々剣聖ブレイドだったって、見抜かれていたとは。

 心素エモだけでどこまで本来の動きに近づけられるか。壊心エクスエモーションでできなかったことも、心素エモではできるかもしれない。色々と課題はあるが、少しずつ試しながら身体を慣らしていこう。


 そんなことを考えながら剣を振っていると、二人が揃ってやってくる。


「クロ、早いね」


「フラン先輩に稽古をつけてもらっていた時の名残ですかね」


 フラン先輩の稽古は今でも続けてもらっている。前のように毎日というわけではないが。


「え、フランシーヌ先輩にも稽古をつけてもらっているんですか?!」


「そう。浮気も甚だしいでしょう?」


「うら……ま、全くですよ……!」


 ミアは何か別のことを言おうとしていたが、完全にアストさんに流されてしまっている。それに、フラン先輩に師事するように提案したのはアストさんだったはずだけど。


「今日はまず、いきなり実戦をしてみようか。ただし、条件をつけてね」


「条件、ですか?」


「そう。今回、わたしはミアを狙う。だからクロは、わたしをミアのところへ行かせないように食い止める。ミアも、自分のところに来させないように、わたしを足止めして、クロを援護する。そうだね……まずは五分間。そこでいったん休憩にしようか」


 五分間。長いようで短い時間だ。アストさんの見立てでは、それ以上は凌ぎきれないという判断なのだろうか。情けない。


「銃を使ってもいいから、本気でわたしを止めてみて」


 アストさんはそんなことを付け加える。この前、剣だけの手合わせで、それでは物足りないと思われてしまったのだろうか。


 ルールは双葉杯リブラと同じで、背中合わせから十一歩、それ以上の距離を離した状態からスタートする。最低でも中心から十一歩分離れてさえいれば、それ以上に離れていても良いのが双葉杯リブラのルール。

 近距離クロスレンジを得意とする前衛は早く距離を詰めたいから、相手との距離は最短からスタートしたがる。一方で、遠距離ロングレンジを得意とする後衛は、距離を詰められたくないため、大幅に距離を取った状態からスタートすることが多い。


 今回の俺たちもその典型例に漏れず、俺よりもずっと後ろにミアが控えて、初日の特訓が開始された。

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