第二章 躍進のタッグバトル

――六月・双葉杯<リブラ> 編――

第43話 剣聖として

 結局、昨夜はアストさんの部屋に泊まらず、俺は自分の部屋に戻って寝ることを選んだ。何だか変な感じがしてなかなか寝付けなかったせいで、今日は少し寝不足気味だが、支障はないだろう。


 昨日アストさんに言われた通り、第一森林演習場に行くと、既にトレーニングウェアに着替えた二人が待っていた。


「お早いですね、二人とも」


「ミアたちもさっき着いたばかりですわ。お気になさらず」


 聞くと、今日はこの演習場を貸し切っているらしい。星虹会アルカンシェルの権限なのだろうか。かなり権限を私的利用している気がするが……大丈夫なんだろうか。誰かに見られないように、という配慮なのだろうけども。


「まずは改めて、お互いの実力を整理しておこうか。最初にわたしとクロ、その後にわたしとミアで模擬戦をするから、お互いの戦い方を近くでよく見ておいて」


 なるほど。その上で、来週からの特訓の作戦を考えるということか。


「じゃあ早速始めようか。クロ、昨日も言った通り、遠慮はいらないよ。ただし自在砲バリアブルアサルトは使用禁止ね。使っていい武器は自在剣ネオブレードだけ。あ、吊針スティンガーは使ってもいいよ。わたしもフローター使うから」


 アストさんと本気の手合わせということか。今までは遊撃手トリックスターとしてアストさんに手合わせしてもらっていた。一向に勝てる気配はなかったが、剣聖ブレイドとしてはどうだろう。剣聖ブレイドとして手合わせさせてもらったのはアンジェリカさんくらいだ。剣の実力なら彼女より上だと称されるアストさんに、そもそも俺の剣は通じるのか……?


 緊張と不安が入り混じる中で、俺とアストさんは背中合わせになってから、互いに十一歩ずつ真っすぐ歩く。これは大まかな目安だが、試合の所定位置の間隔と同じ距離になる。


 ミアは少し離れたところから、こちらの様子を窺うようだ。


「準備はいーい?」


 大きく手を振ってアストさんが尋ねてくるので、準備ができている旨を伝えるため、俺も大きく振り返す。

 すると、ミアが俺にも見えるように銃口を上に向け、空砲を放った。これが開始の合図だった。



 開始の合図と共に、アストさんはフローターで真っすぐ突っ込んでくる。一瞬見えたのは、剣の柄に右手を掛けたままの彼女。——居合か。俺はギリギリまで引き付けてから、一歩二歩踏み込んだ。

 すると、それに気付いたアストさんは、左足を軸にして身を翻し、衝突を回避した。


 居合斬りなら、腕の長さともう一本伸ばしたぐらいの距離で剣を振ってくる。恐らく後方に避けることも考慮して、一瞬だけ刃を伸ばすだろう。その踏み込みの瞬間に剣の間合いではなく腕の間合いに入り込めば、居合斬りは防げるというものだ。

 さらに衝突して体勢も崩せればと思ったが、そこまで上手くはいかないか。


 身を翻した勢いのまま、アストさんは右から回し蹴りを入れてきた。大きく振り上げられた美しい脚は、俺の肩ほどの高さを狙ってくる。浮走靴エアフローターの勢いも合わさって、避けられるほどのスピードではない。

 咄嗟に右腕を差し出して受けようとする。が、勢いを殺し切れず、簡単に蹴り飛ばされてしまった。


 俺はわざと大きく吹っ飛び、受け身を取ってすぐに立ち上がる。案の定、追い打ちをかけるように、アストさんはまたすぐに自分の間合いまで距離を詰めてきた。


 またアストさんの攻めのペースになる前に、今度は俺の方から攻める。


 距離を詰めてきたアストさんに、剣先を向けて牽制し、足を止めさせる。その怯んだ一瞬に、ぐっと肉薄して逆袈裟に斬り上げた。狙うのは、首元。


 しかし、アストさんは巧みな足捌きでわずかに刃の軌道から外れる。予想通りだ。吊針スティンガーを使えば通常不可能な動きだってできる。斬り上げながら、彼女を追うようにズラされた軌道を修正することだって、できる。


 追尾する刃を避けきれないと判断したのか、アストさんは自分の剣で受けることを選んだ。だが、受けるにはタイミングは遅れ、俺の剣の勢いを殺しきれない。上から振り下ろした剣は、斬り上げた俺の剣に弾き飛ばされる。かに思えたが、アストさんの手から剣は零れ落ちず、アストさん自身が後方に跳び上がることで勢いを殺していた。

 武器を奪えればと思ったのだが、こちらもそう上手くはいかないらしい。


 後方に跳んだアストさんは、綺麗に受け身を取って、すぐに再び臨戦態勢になる。


「今の、ちょっとヒヤっとしたよ」


「今ので決めたかったですけど、さすがにそう簡単にはいかないですね」


「それはそうだよ。わたしを誰だと思ってる、のっ」


 目の前からアストさんが消えた。いや、これは彼女の最高速。フローターで突っ込んできてるんだ。最高速での突撃なら、機動力を欠いている。そんな状態で、これはどう避けるだろう。


 一瞬だけ刃を伸ばす、斬影ディヴァイド。左から横薙ぎに、俺の正面を斬り裂いた。だが、手ごたえはない。その瞬間、彼女の動きがぼんやりかすんで見える。刃が触れる直前に、跳び上がったのだ。この角度、勢いなら、俺の背後に降り立ちそうだ。なら、これでカウンターを……。


 横薙ぎの勢いを利用した回し蹴りで、着地点を狙う。すると、振り上げられた俺の足に、ぽんと彼女の手が置かれた。そのまま勢いをいなされながら、彼女の刃が振り下ろされる。左の肩口から胴を斜めに切り裂くような、トドメの感覚攻撃メンタルブレイクだった。


 ……ダメだった。結局、アストさんに一撃も入れられないなんて。

 最後にそう思いながら、視界がだんだんぼやけ、ついには目の前が真っ暗になった。



 しばらくして目を覚ますと、心配そうにのぞき込む美しい顔があった。


「あ、クロ。ごめんね。クロがやられちゃった時のこと、考えてなかったよ」


 ……この感触、前にも味わったような。

 ふと頭の下に手をやると、柔らかくも張りのある感触が、布越しでもわかる。どうやら気を失っていた間、アストさんに膝枕されていたらしい。


 どれくらいの間、こうしていてくれたんだろう。申し訳なくなって、無理矢理に身体を起こすと、もう大丈夫なの? と身体を支えられる。ミアも駆け寄ってきてくれて、俺は近くの木を背にして座らせてもらった。


「全然敵わなかったですね。やっぱり高速戦は苦手ですね。スティンガーを撒いてる余裕もあまりなかったですし」


「まあ、最後はわたしもズルしちゃったからね。あれでも反応されるとは思わなかったよ」


 ズル、か。やはりあれは、アストさんの最高速――超速軌道クロック・アップ浮走靴エアフローター吊針スティンガーの合わせ技だったのか。道理で今まで以上に速く感じたわけだ。それでいて、操作性も欠いていなかった。これを扱えるのが今のところアストさんだけなのが、どれだけありがたいことか。


剣聖ブレイド単体としてみれば、ルーツィアとも引けを取らないと思うな。今回は禁止したけど、そこにクロがこれまで培った遊撃手トリックスターとしての技術を合わせれば、わたしも危ないと思う。吊針スティンガーを撒くチャンスはいくらでも作れるだろうし、何より罠を警戒しながらの近接戦って、クロが思ってる以上に神経使うからね」


 加えて、今回の双葉杯リブラはタッグ戦。ミアの“星降る鉱脈アストラル・ヴェイン”の援護があるなら、もっと動きやすくなるだろう。

 自分自身でも、壊心エクスエモーションなしでここまで動けるとは思っていなかった。もう少し吊針スティンガー自在剣ネオブレードとの使い合わせの練習をすれば、もっと本来に近い動きができるかもしれない。


「さ、今度はミアの番だね。ミアと手合わせするのは久しぶりだね。“星降る鉱脈アストラル・ヴェイン”を封じるのがセオリーだけど、今回はあえて発動まで待ってあげるから、持ち味をたくさん見せて?」


「いいんですの? お姉様。万が一、ミアが勝っても、言い訳なさらないでくださいね」


「言い訳なんてしないよ。それに、万が一にもそんなことはないから安心して」


 強がるミアをナチュラルに煽るアストさん。本人はたぶん、そんなつもりはないんだろうけど。

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