第38話 同じ寮のよしみ
意識を取り戻した時、真っ先に目に入ったのは、ようやく見慣れた天井だった。これが真っ先に見えた時は、決まって負けた時だ。俺は、負けたんだ。
「目が覚めたか。無理はするな。まだ横になっているといい」
声のする方を向くと、夕日に照らされた薄胡桃色の髪が目に入る。フラン先輩がベッドの傍らに座っていた。彼女以外に人はいない。というか、逆になぜ彼女はここにいるのだろう。
「惜しかったな。策は悪くなかったが、決め手に欠けたのが敗因だろうな。もう一押し、フロイデンベルクを追い詰める何かがあれば、ここにいたのは彼女の方だったかもしれん」
厳しいことを言われるものかと思っていただけに、その柔らかい口調には驚いた。慰めてくれている、のだろうか。
「……ありがとうございます。そう言っていただいたのは素直に嬉しいですが、自分でもわかります。力負けです。あれだけの妨害をされながらも、彼女の集中力は落ちなかった。少し気が抜けた瞬間を、狙われたんです」
勝利への執着とでも言おうか、あの集中力は。それが俺には欠けていた。いや、俺にもあったはずだ。だが、彼女のそれには劣っていた。それが勝敗を決定づけた。
ふと、気になっていたことをフラン先輩に聞いてみる。
「俺が最後に斬られた時、あれはどうなっていたんですか? 自分でも、何が何だかわからないまま気を失っていて……」
「自分で見てみるといい」
そう言われて、端末でログを確認する。今日の試合だというのに、もうアップロードされていた。さすが、仕事が早いな、
レイとハリエットはどちらが勝ったんだろうか。後で第二試合の方も見ておこう。
最後の攻撃、ルーツィアは俺の背後に回るように
思った通り、一番距離が詰まった瞬間を狙って、彼女はすっと刃を振るい、これが決着の一撃となったのだ。
ふと、思い出したようにフラン先輩が口を開く。
「そういえば、さっきまでアストリットがいたんだが、時間も時間だからと、もう帰ってしまってな。起きたら伝えてくれと頼まれていたんだ」
アストさんも俺が目覚めるのを待っていてくれたのか。今度こそダメ出しだろうか。アストさんなら何かしら言ってきてもおかしくはない。あの方は正直に言ってくれる。だからこそ、信頼もできるのだ。
「明日はゆっくり休んで、もし元気だったら、明後日の決勝戦を見に行かないか。もし来てくれるなら、当日はお腹を空かしておきなさい、だそうだ」
お腹を空かしておけって、夕食をご馳走してくれるつもりでいるのだろうか。外で、いや、アストさんの手料理かもしれない。これは行くしかない。
「ちなみに、フラン先輩って料理できるんですか?」
「できるわけないだろう。家にいた時から他人の作ったものしか食べたことはない」
ここまでくると清々しいな。いや、貴族としてはそんなの当たり前なのか。アストさんのように自分で料理をするという方が珍しいのだろう。
「起き上がって歩けそうになったら言ってくれ。それまでは休んでいていい。うちの寮はいつ帰ってもいいからな」
こういう時、厳しいと言われる寮でも特例で入れてくれることがあるらしい。だが、
「……もしかしてですけどフラン先輩、俺が帰れるようになるの、待っててくれたんですか?」
「一人で帰らせるわけにもいかないだろう? 同じ寮なんだから、それくらい気にするな」
なんだか申し訳ないな。フラン先輩はなんてことないように言うけれど、彼女の時間を奪ってしまっていることには変わりない。かと言って、気を遣って無理をすればかえって彼女の厚意を無下にしているようで、怒らせてしまうだろう。
「気にしますよ。ただでさえフラン先輩には借りがいっぱいあるのに……」
元々トレーニングをお願いした時だって、本当は最初は断られた。どうしてもとお願いして、時間を作ってもらったんだ。俺は、彼女に迷惑を掛けてばかりだな。
でも、俺がそう思うことでも、彼女は迷惑だなんて思っていないんだろう。それが余計に申し訳なくもありつつ、彼女の懐の広さを知らしめられる。彼女の当主としての器を感じさせる。
「なら、今度私が負けた時は、お前が送ってくれればいい。それでお相子だろう?」
「そう、ですね。……ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことは何もないぞ。それに、私が負けるようなことがあれば、の話しだしな」
去年、後期課程に上がってから、彼女は優勝から遠のいている。それもそうだ。アストさんはもちろん、アンジェリカさんやコルネリウスさん、それに去年はリリアナさんもいた。そんな中で彼女らを打倒して優勝するというのがどれだけ難しいことか。
その去年の雪辱を味わってもなお、彼女の自信家な一面は崩れていない。ただ繰り上がっただけじゃない。序列七位として相応しい実力を備えたと自負しているんだろう。次に彼女の試合を見れるのはいつになるだろう。
少し休ませてもらってから、俺はフラン先輩に肩を借りながら部屋へ戻ったのだった。
彼女は身の回りのことも手伝ってくれようとしたが、さすがにそれは断った。一人で着替えられるか、風呂には入れるか、歯を磨いてやろうか。一人でできるというより、それをやってもらうのは、俺が恥ずかしさに耐えられない。
心配する彼女が帰った後で、無事に一人で身の回りのことをこなし、俺は準決勝の第二試合を見ることにした。
結果だけ見れば、レイの勝ちだった。ハリエットがここまで上がってこれたのは充分にすごいことだが、そういつまでも力の差を覆せはしない。ここまで、彼女も相当な疲労が溜まっていただろうし。それでも彼女にとって、
……
来月の
その前に、早くペアを探さないと、このままではエントリーすらできない。今まではヘザーが当たり前のように組んでくれていたからいいものの、今回は違う。上位を目指すなら、戦術的に相性のいい相手を探すというのも考えなければいけない。
いや、そもそも俺のできる役割はなんだろう。アタッカーか、サポートか。それによって、組みたい相手も変わってくる。ルーツィアみたいなバリバリのアタッカーか、ロレッタみたいなゴリゴリのサポートか。
ヘザーと俺は互いにアタッカーもサポートもできたから、相手によって役割を変えていたな。そういう相手と組んでもいい。
大会が終わったらまた学園での授業がある。まずは地道に声を掛けていくしかないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます