第37話 新星杯準決勝 VS ルーツィア

 ◆◇ ― ルーツィア・ストレイス・フォン・フロイデンベルク ―



 ずっと憧れていた。あの凛とした強さに――。



 フロイデンベルク家の長子として生まれた私には、強くなること、ただそれだけをひたすらに求められた。昔から武人の家系で、戦争があれば、常に先陣を切っていたのはフロイデンベルク家の将だった。


 今は戦争のない世になったけれど、それでもフロイデンベルク家は、常に強者であるようにと教え込まれた。父もそうだったと聞く。私はそれに、何の疑念もなく、何の抵抗も抱かず、むしろ誇り高いとさえ思っていた。いや、今も思っている。

 だからこそ私は、一年の首席で入学できたこと、入学初めの四月条件戦レギュレーションチャレンジで学年一位の結果を出せたことに満足していた。


 そして迎えた、一年の五月、新星杯ノヴァ。四番人気に支持されていた私は、二回戦で敗退した。

 悔しかった。情けなかった。自分の未熟さを思い知り、有頂天になっていた自分の愚かさを嘆いた。

 試合時間はわずか三分。フロイデンベルクの将を継ぐ者として、みっともない結果だった。しかしそれ以上に、心惹かれてしまった。私を打ち負かした、アストリット・フォン・クラルヴァイン。彼女の鮮やかな立ち回り、剣捌き。その強さすべてに惹かれた。


 それからの私は、彼女に憧れて、彼女のように強くありたいと研鑽を重ねた。

 もうフロイデンベルクがどうとか、そんな誇りは捨て、戦い方も変えた。アストリットさんの戦いを何度も何度も研究し、あの人に近づけるように、自分を磨き続けた。


 そうして迎えた去年の新星杯ノヴァでは、準決勝でアリーセさんに敗北し、三位。まだ一度も優勝を手にできていない。

 今年こそは優勝し、あの人に近づいたと証明したい。そして、フロイデンベルクの将は健在であることを、この学園に、観衆に知らしめる——!



 ◆◇



 所定の位置からルーツィアが浮走靴エアフローターで突っ込んできた場合、俺を剣の間合いに入れるまで、一秒と二十ほど。これは何度もログで見て確認した。相手がフローター持ちでない場合、彼女はまず、浮走靴エアフローターでの斬り込みをかける傾向にある。


 対して、俺が銃を抜いて弾丸を撃ち出すまで、コンマ六秒ほど。それが着弾するまでのことを考えても、彼女の開幕速攻へのカウンターは効果的だと言えそうだった。


 考えている余裕はないので、ブザーと同時に銃を抜いて、快速弾ラピッドを放つ。突っ込んでくれば、まずかわせないはずだった。のだが、彼女は仕掛けてこなかった。


 ならば、と快速弾ラピッドの後に追尾弾ホーミングを撃って牽制してみる。しかし、彼女はこちらを警戒したように最低限の動きで避けるか斬り捨てるかで、ゆっくり一歩ずつ距離を詰めてくる。表情は相変わらずの仏頂面で、その真意を掴むことはできない。


 いやに慎重だな。彼女の得意は近距離クロスレンジの剣術。それはわかりきっているんだから、素直に距離を詰めてくればいいものを。


 俺は追尾弾ホーミングに混ぜて、吊針スティンガーを撃ち出した。

 アストさんに助言いただいた通り、吊針スティンガーをもって、フローターを制してみせる。そのための下準備だ。恐らく、星を喰らう者アステル・イーターを見て、この策を考えてくれたのだろう。


 追尾弾ホーミング快速弾ラピッドを混ぜても、彼女は攻め気を見せず、かわすだけに留めていた。彼女から攻めてこないと、こちらも次の手に移りづらい。あからさまな誘いはかえって警戒心を強めるだけだ。

 もしかして、俺が攻めあぐねていることに気付いているのだろうか。まるで隙を見せてこない。どうにも嫌な感じだ。


 不意にすっと一陣の風が吹く。気付けば、俺の目と鼻の先ほどに、彼女が迫っていた。たった一歩踏み込んだだけで、一瞬にして距離を詰められた。俺の反応速度を上回れるだけの距離を、ずっと測っていたのかもしれない。

 ここにきてフローター、か……。反応はできなかった。一手遅れたが、間に合うか……っ?


 彼女の剣の軌道はおそらく横薙ぎ。後方に避けることを見越して、斬る瞬間だけ刃を伸ばしてきそうだ。それはつまり、上方への回避は考慮していないということ。


 俺は吊針スティンガーで自分を空中に引っ張り上げ、間一髪、彼女の斬撃をかわすことに成功した。肝を冷やしたが、これで当初の予定通り、彼女の攻めをかわす形で上空に逃げこめた。


 不格好だが、吊られるようにして、俺はそのまま空中に留まる。

 それを見た観衆からは、どよめきが上がっている。それもそうだろう。どういう原理かはわからないが、人が宙に浮いているのだ。それも試合中に。それをどう活かすというのか、観衆は想像が追い付かないのだろう。


 星を喰らう者アステル・イーターのような設置型の仕掛け、そしてミアとの戦いの最後で使った操り糸のように自分自身を操作するという芸当を応用し、空中浮遊を実現させた。結構神経をすり減らすのだが、上空から狙い放題というのは、大きなアドバンテージでもある。


 両手に銃を構え、快速弾ラピッド炸裂弾クラッシャーで、彼女の逃げる先を狙い撃つ。

 炸裂弾クラッシャーは着弾時に広い範囲に爆発を起こす弾丸で、到底足捌きだけで避けきれるものではない。さらにそこに襲い来る高速の弾丸を避けるなら、フローターを使わなければならなくなる。

 そして空中にいる俺は、彼女の剣の間合いの外。もし彼女が俺とやり合うのなら、彼女も俺と同じ土俵に立つ必要がある。そう、浮走靴エアフローターで、空中に浮く必要があるのだ。


 浮走靴エアフローターは元々、使用者が地面からわずかに浮くように設計されている。この出力を操作すれば、地面から浮く高さも調整は可能だ。これこそが、俺の狙い。


 安全地帯から好き放題に乱射される弾幕に、逃げ一辺倒になるルーツィア。しびれを切らしたのか、苦々しく口元をひきつらせた彼女は、とうとう浮走靴エアフローターで空中戦に応じた。それを見て、俺も自在砲バリアブルアサルトをいったん仕舞い、自在剣ネオブレードを抜いた。刃はやや短めに、機動力を重視する。


 空中戦の口火を切るように、まず仕掛けたのは俺の方。ジャングルを自在に駆け回るサルのように、四方八方に動き回りながら、一太刀、また一太刀と斬りかかった。ルーツィアはそれをかわさず、できるだけ刃を合わせて受けようとする。


 地上からは自分の身長の数倍はあろうかという高さ。浮走靴エアフローターでこんな高さまで浮いたことなどないだろう。出力を安定させて高度を保つことはもちろん、移動や方向転換にも普段以上の精密な制御が必要になるだろう。その制御に慣れる前に、彼女を攻め落とす。


 彼女の間合いの外で一度静止し、俺は剣を中段に構える。これは簡単には避けられないはずだ。彼女はどう対応するだろう。そう思いつつ、構えた剣を袈裟に振るう。と、瞬間的に刃が伸びて、間合いが広がった。ルーツィアのそのさらに後方までもをカバーできる範囲だ。


 この中距離斬撃――斬影ディヴァイドはほとんどの場合、斬る一瞬にだけエネルギーを集中させて刃を伸ばすのだが、その分刃の強度は低くなり、受けられると脆いという欠点がある。できるだけ動きたくはないだろうルーツィアは、積極的に受けにくるだろうと簡単に予測できた。だから俺は、斬り込んでからずっと心素エモを流し続け、長い刃の強度を保とうと試みていた。


 案の定、彼女は自分の剣で刃を受けようとする。少し勢いをつけて、叩き折るつもりだ。しかし、俺の刃は簡単に折れず、一瞬驚いたように目を見開いた彼女は、逆に遠心力によって弾き飛ばされた。

 優勝候補筆頭の苦戦に、観客はもはや歓声など上げていない。まさか彼女がこのまま負けてしまうのでは……。そんな心のざわつきが聞こえてきそうな、雑音の集合体に変わっていた。


 ルーツィアは浮走靴エアフローターの噴射で地面への墜落は防いだものの、やがて、ゆっくりと地面に降り立った。どうやら空中戦は諦めたらしい。なら、間合いの外の俺をどうやって攻めようというのだろう。

 彼女が降りたことで、俺も武器を自在剣ネオブレードから自在砲バリアブルアサルトに持ち替える。上から狙い放題で構わないというなら、遠慮なくそうさせてもらう。


 ところがルーツィアは、素振りするように、地上で素早く剣を振る。と、一瞬だけ俺の元まで刃が届く。そうだ、この斬影ディヴァイドしかない。上空を諦めた彼女が打てる手は、これだけだ。これさえかわせば、完封できる。

 斬影ディヴァイドは遠くまで攻撃が届くが、効果距離が伸びれば伸びるほど、届くまでに時間差が生じる。不意を突くには効果的だが、予測できている斬影ディヴァイドを避けるのは難しいことじゃない。


 彼女の刃をかわしながら、俺は快速弾ラピッドで狙い撃つ。しかし彼女も、浮走靴エアフローターで逃げ回りながら狙いを付けさせず、隙を見ては斬影ディヴァイドを放ってくる。こうなれば消耗戦だ。消耗戦に持ち込めたなら、後は時間の問題だ。


 俺の狙いは最初からこれだった。空中に浮くほどの出力を浮走靴エアフローターで実現するには、かなりのエネルギーが要る。心素エモは感情のエネルギーとはいえ、無限に湧き出てくるわけじゃない。感情の疲弊は、そのまま身体機能の疲弊、集中力の低下にも繋がる。

 普通にやりあったら間違いなく俺に勝ち目はない。だが、パフォーマンスの落ちている今の彼女になら、俺にも勝機はある。


 どれほどの時間が経っただろうか。お互いに攻撃を仕掛けながら相手の攻撃を避け、それを繰り返して、それでも互いに決定打を与えられずにいる。彼女の動きもそれほど鈍っているようには感じられない。

 間違いなく疲労は溜まっているはずなんだ。ここは我慢して、彼女が音を上げるまで徹底して今の硬直状態を維持しなくては。それだけに、集中するんだ。


 そう考え始めていた時だった――試合が動く。


 浮走靴エアフローターで逃げ回る彼女を追う。その速度は目では追えず、動く方向から推測しながら追いかけるしかない。後手に回ってしまうが、こればかりはどうしようもなかった。


 そして彼女が俺の背後に回ったとみて、振り返る。と、斬られた。彼女の姿に目が追いついた時にはもう、俺は感覚攻撃メンタルブレイクによって心素エモコアを両断されていたのだ。


 この速さ、斬影ディヴァイドじゃない。なぜだ。届かないはず。どうして彼女は、この高さにいる――?


 その答えが見つかる前に、俺の意識は落ちていった。

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