第39話 新星杯 決勝戦

 決勝戦当日。俺はアストさんと金剛競技場ダイヤモンドスタジアムの前で待ち合わせていた。今日の試合は決勝戦だけで、開始は昼過ぎからだ。それが終わり次第、閉会式になる。


 その場に行ってみれば、待ち合わせの時間よりも早いはずなのにアストさんは既に到着していた。俺の方が彼女を待つつもりで来たのに、待たせてしまっただろうか。

 さらに、アストさんの影から思わぬ人物がひょっこりと姿を見せる。


「げっ……お姉様、彼も呼んだんですの?」


「そうだよ。何か問題?」


「いえ、別に……」


 薄明るい金髪の一部を後ろに編んだ碧眼の少女――ミアだった。そんなあからさまに嫌そうな顔をされると、さすがに傷つくんだが。


「遅くなってすみません」


「大丈夫。まだ時間前だよ」


 試合開始まではまだ時間があるが、俺たちはさっさと競技場に入り、適当な席に着いた。

 ミアは俺の隣に座りたくないようだったが、俺をアストさんの隣には座らせたくないし、でも自分はアストさんの隣に座りたかったようで、仕方なく俺とミアとの間にアストさんが座る形で納得した。


「昨日は残念だったね。惜しくもない、完敗だね、あれは」


 やはりアストさんは、はっきりと言ってくれた。俺自身もよくわかっているつもりだったが、改めて言われると情けなくてしかたない。助言をいただいたのに、活かすことができず、不甲斐ない気持ちで一杯だった。


「貴方の試合はいつもそうですけれど、決め手に欠けるから長引くことが多いですものね」


 ミアにまでそんなことを言われてしまう。


 決め手、か。アンジェリカさんには出し惜しみしなくていいと言われてはいるが、“殺さずに”、という点がどうしても枷になる。俺は元々、暗殺を生業とするように育てられた身なのだから。そんな俺が殺さずに勝ちたいだなんて、傲慢な望みなのかもしれない。


「クロの試合を見て改めて思ったけど、ルーツィアは強いね。常に自分の得意を押し付けて勝っている。クロとの試合は珍しくそれができなかったけど、一瞬でも見せた隙を逃さず、そこで確実に落とそうという姿勢は一貫してた」


「まるで、お姉様みたいですわね」


 ミアの言う通り、本人も少なからず意識しているだろう。戦術のスタイルがアストさんによく似ていることは。だからこそ余計に、俺は彼女に勝ちたかったのだが。


「アストさんとしては、この決勝の見所は何だと思いますか?」


「フリティラリアの妹がどこまで粘れるか、じゃないかな」


 アストさんの見立てでは、もはやルーツィアが勝つのは決まったようなものらしい。俺も実際に今年のルーツィアと戦ってみて、ただでさえ強かった彼女がまた一段、二段も強くなったと感じた。俺が完敗するくらいなのだから、レイだって勝つのは難しいだろうと思っていた。


「あ、そろそろ始まりますわよ」


 ミアに言われて時計を見ると、もう入場の時間だった。いよいよか。


『エントリーナンバー17、紅灯ノブルトーチ寮所属の三年生、ルーツィア・ストレイス・フォン・フロイデンベルク! 圧巻の快進撃でここまで来ました一番人気! 期待に応えて見事優勝となるか!』


 ゲートから競技場内にやってきた彼女は、相変わらず笑顔は見せず、観客へ応えることはしない。所定位置について、ふぅっと小さく息を吐いた。いつでも冷静でいるように見える彼女でも、緊張することがあるのだろうか。


『エントリーナンバー64、紫苑タタリクス寮所属の三年生、レイチェル・フリティラリア! 三回戦で双子の姉、ロレッタを下した相手との決戦! 姉の仇を取ることはできるか!』


 対してレイは、観客の声援に大きく手を振って笑顔を振りまいている。この律儀なサービス精神は、彼女のファンを増やしている一因でもあるだろう。


 二人が所定の位置についてまもなく、ブザーが鳴り響く。いよいよ決勝戦、試合開始だ。


 二人とも浮走靴エアフローターの使い手。初手はどう攻めるのかと思っていたら、意外にも先手を打って出たのはルーツィアだった。

 浮走靴エアフローターでの突貫斬り込み。瞬きもつかせぬ速攻に、普通なら反応すらできない。反応できたとしても、フローターなしではかわすことはほぼ不可能という、彼女の必殺技。これを、レイは右腕を差し出して受けた。

 彼女の両腕は頑拳ブロードナックルという、篭手とグローブが一体になったような武具で覆われており、刃とも打ち合えるどころか、叩き折ることすらできる代物だ。打ち合いになったらレイの方がわずかに有利を取れるか。いや、しかし相手はルーツィアだ。有利とか不利とか、そんなものはあまり関係ないかもしれない。


「今の、どうしてフローターを使わなかったんだろうね。ミアはどう思う?」


「使っていたらかわせたのに、ということですか?」


「わたしだったらかわすだけじゃなくて、ルーツィアの軌道から少し逸れて、横から一発叩き込むけどね」


「あれだけスピードを出すと、簡単には軌道修正も止まることもできないですものね。ある意味、狙いどころでもある、ということですわね」


 ミアが言わんとしていることを理解したと見ると、アストさんは満足そうに彼女の頭を撫でた。ミアも褒めてもらったような気がしているのか、嬉しそうだ。


「クロは今の、どう見る?」


「使わなかったんじゃなくて、使えなかった。ということですかね。フローターの扱いで言えば、ルーツィアの方が上。レイが浮走靴エアフローターだけじゃなくて噴流扇エアロターボも併用しているのが、自信の無さの表れとも取れます」


「うん、わたしもそう思う。だとすれば、速さとその制御能力でどれだけ翻弄できるかで、決着のタイムが決まる。そうだなぁ……わたしの予想は五、六分ってところかな」


 そんなに早いのか。決勝戦だっていうのに。だけどアストさんだ。彼女の見立てはほとんど外れない。色んな情報を総合的に分析して出した結論なのだ。俺の感覚的な推論より、遥かにその精度は高いと思う。


 実際、主に足元の機動力を補う浮走靴エアフローターと、主に上半身の機動力を補う噴流扇エアロターボの両方を駆使しているのに、レイの拳は一発もルーツィアに届くことはない。その割に、レイは浅い傷を何か所か負っている。いつの間にかタッチカウンターも二つ点灯していた。ルーツィアの剣撃をかわしきれていないのだ。レイの体捌きよりも、ルーツィアの足捌きが上回っている。


「ルーツィアのような見極める力の高い相手には、噴流扇エアロターボは逆効果かもね。振りが大きくなっちゃうし」


 噴流扇エアロターボ浮走靴エアフローターと違い、腕に装着するものだ。肘からのエネルギー放射で、フローターのように身体に推進力を得たり、腕の振りに勢いをつけるために用いられる。

 確かに動きも速くなれば一撃の威力は高くなるが、振りに勢いがあるということは、それだけ隙もできやすいということ。レイはこれまでの相手には、身体の回転を利用して、流れるような連撃で隙を隙としなかった。だけど、ルーツィア相手にはその連撃も上手くいっていないらしい。


「……位置か! 右の拳を振ったら、その反動で身体は右から左へ捻られる。その反動を利用して、今までは蹴りに繋げられていた。それは相手が後ろか、繰り出された腕の反対側に避けていたから」


「まあ、普通はそうするよね。わざわざ繰り出された拳と同じ軌道上に避けるなんて、普通は考えない。同じ軌道上といっても、腕は伸びるわけじゃないから一定の距離を保ち続ければたしかに当たりはしないけど」


 そうなれば、反動はそのまま反動になり、次の攻撃へは繋げられない。その隙に、ルーツィアは一太刀ずつ斬り込んでいる。レイも浮走靴エアフローターで強引に避けてはいるが、避けきれずに手傷を増やしている。それが今の戦況か。たしかにこれでは、時間の問題と言わざるを得ない。


 そして、ルーツィアの攻撃に変化があった。


 レイの攻撃に対して今まで回避を続けてきたルーツィアが、剣で一度受けたのだ。勢いを削がれたレイの拳は、やはり次につなげる勢いも失い、隙になってしまう。

 するとルーツィアは、レイの首を思いっきり鷲掴みにして、フローターの勢いを使って投げる。レイの身体はルーツィアを起点に半円を描くように、彼女の頭上を通って地面に叩き付けられた。


 予想もしていないだろう攻撃は、通常の何倍もの効果を発揮する。呆気にとられたようなレイは、そのままルーツィアに剣で心素エモコアを貫かれ、彼女の意識消失フェインテッドが宣告された。


 試合が始まってから、わずか五分十二秒後の出来事だった。

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