第36話 お嬢様との昼食
アストさんたちはお昼を作ってきているそうで、俺の分もあるからと、どこか座れる場所を探すことになった。
すると、アストさんが
「さ、遠慮しないで」
「では、失礼します」
アストさんが提げていたバスケットを広げると、中にはたくさんのサンドイッチが詰まっていた。
「残ったら夜食にでもしようと思ってたくさん作ってあったから。遠慮しないで食べていいからね」
「ありがとうございます。これ、アストさんが作ったんですか?」
今までアストさんが料理するなんて話、一度も聞いたことがなかった。だから失礼ながら、アストさんは料理が苦手そうだと勝手に思い込んでいた。
「そうだよ。お口に合わなかったら、無理しないでね」
「美味しくないなんて言ったら、ミアが殺しますのよ」
ミアのその調子には、何故だか妙に安心感と親近感を覚える。俺も同じ立場なら、そう思っただろうから。
「では、いただきます」
早速、バスケットから一つを取り、口へ運ぶ。その様子を、二人がじいっと見つめてくるので、なんだか気恥ずかしくなってくる。
「ん……美味しいです!」
「ふふん、美味しいのは当たり前ですの。なんたって、お姉様が作っているんですもの」
なぜかミアが得意そうにしていると、アストさんはほっと一つ息を吐いて、自分も一つを頬張った。
「ミアも食べないと、なくなっちゃうよ?」
「あ、いただきます!」
しかし……見れば見るほど不思議な感じだ。黒髪のアストさんと、淡い金髪のミアは従姉妹同士。瞳の色は共に碧だが、顔立ちはあまり似ていない。従姉妹とはそういうものなのだろうか。
「あ、クロもお茶飲む?」
ぼんやりして話を聞いていなかった。俺は思わず、お願いしますと言ってしまったが、その後で気付いても遅い。
「お姉様――っ!」
ミアが悲鳴に近い声を上げる。それもそのはず、アストさんは水筒から、自分が飲んでいたカップにお茶を注いで差し出したのだ。
「どうしたの? ミア」
「いえ、あの……」
ミアはどうするべきか迷っているらしい。アストさんのカップを使わせたくないと思いつつ、自分のカップを差し出す気にもなれない。しかし、やはりアストさんのカップは……という繰り返しのようだ。行ったり来たりの視線がそれを物語っていた。
俺の方から遠慮した方がいいのだろうか。しかし、お茶を注いでくれたアストさんに申し訳ないし、これではアストさんの使ったカップだから嫌みたいじゃないか。
するとアストさんも、俺たちが何で悩んでいるかに気付いたらしく、呆れたようにため息を吐いた。
「……二人とも、気にしすぎ。そんなに気になる?」
「いや、俺は……アストさんが気にしないなら、いいですけど」
ちらとミアの方へ視線をやると、きっと睨み返されてしまった。
「わたしは気にしないから、クロさえ嫌じゃなければ、飲んで?」
「ありがとうございます」
アストさんは気にしないのか。それはそれで、悲しいような……。やはり俺は、彼女の中では異性として見られていないのだろう。
「あ、準決勝の組み合わせが出たみたいだよ」
言われて端末を見ると、大会運営組織である
俺の試合は第一試合。この後すぐの試合だ。そして相手は……ルーツィア・ストレイス・フォン・フロイデンベルク。
「いきなり決勝のようなものですわね。残っているのがレイチェルさんとハリエットさんならなおのこと。この第一試合に勝った方が、優勝するのでしょうね」
ミアの見立てにはアストさんも同意のようで、うんうんと頷いている。
「俺としては、準決勝で当たりたくはなかったですね。できれば休養を挟んだ決勝で。そうだったらよかったんですけど」
「ぐだぐだ言っていてもしょうがありませんのよ? ミアを負かした責任を取って、優勝してもらわなくては。あ、でも優勝したら、お姉様と組んで
応援してくれているのかいないのか、よくわからないな。ミアとしては、自分を負かした相手が優勝すれば、自分の力量が決して低くはないことを証明できると考えているのだろう。
「クロ。厳しい戦いになりそうだね。頑張って、とは言わないよ。代わりに、一ついいことを教えてあげる」
「お姉様、クロードにばかりズルいです! ミアにも欲しかったです!」
「準決勝まで行っていたら、ミアにもアドバイスしてあげてたよ」
痛い正論で返されて、ミアは沈黙してしまう。どうやらアストさんは、ミアも俺と対等に扱おうと考えているようだった。
「汎用性が高くて万能に見える
試合開始までは、もう二十分を切った。指先が冷えて、少し震えてしまう。どうやら緊張しているらしい。あまり試合前に緊張することはないのだが、背負っている期待の分、そしてこの試合に賭ける思いの分、プレッシャーを感じてしまっているのだろう。
これまでルーツィアには一度も勝てたことはない。
ここですべてを出し切ってでも、彼女に勝つ。ルーツィアに勝つということは、それだけの価値があることだ。
やがて入場の時間になり、ゲート前で準備する。
『エントリーナンバー17、
先にルーツィアのアナウンスがあり、彼女の登場に、会場の興奮も一気に高まる。歓声に気圧されてしまいそうになるなんて、思いもしなかった。
『エントリーナンバー46、
俺のアナウンスがあっても、会場の熱気は冷めることを知らない。事前に“〈当日〉勝利券”の投票結果を見たが、ややルーツィアに寄ってはいたが、大きな差はなかった。ここにいる観衆も、どちらが勝つかはきれいに割れているのだろうか。
そう思うと、少し気が楽になった。自分だけが勝てる、勝ちたいと思っているより、周りの同じように思ってくれている人たちの後押しがあると、幾分かプレッシャーは軽くなるのだった。
『
アナウンスと共に、合図のブザーが会場いっぱいに響いた。
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