第33話 試合の感想

 医務室に運ばれていくミアを見送りながら、俺も緊張の糸が切れたようにその場に崩れてしまう。試合が終わって気が抜けたのだろうか、疲労が一気に襲い掛かってきた。意識はあるものの、俺も担架に乗せられて、医務室へと運ばれることになった。


 この観衆のどこかに、アストさんがいるのだろうか。浴びるような喝采に応えるよう手を振って、俺はフィールドを後にした。



 医務室では、簡単に心身の治療をされて、ベッドまで案内される。少し気持ちを落ち着けて安静にしていれば、心素エモはまたすぐに回復する。今は気持ちが疲れている状態。仮に心素エモの核が破壊されても、意識を失うだけで、また核は再生される。心素エモを失わせるには、やはり心素エモを吸い尽くすしかない。


 案内されたベッドに横たわり、カーテンを閉め切られる。が、突然隣のベッドとを隔てるカーテンが開けられ、隣のベッドに横たわる人物と目が合った。


「……お疲れ。結構ギリギリだったじゃん。らしくない」


 隣のベッドから声を掛けてきたのは、ヘザーだった。彼女はここで試合の傷を癒しつつ、端末で俺の試合を観戦していたらしい。

 だが、彼女の瞳にはしっかり光が宿っていた。もっとぐったりしているかと思っただけに、普段と変わらない調子の彼女に、俺は思わず安堵のため息が出た。


「いや、結構強かったって。近距離クロスレンジも対応できるようになったら、序列も一気に上がるだろうよ」


「さすがはアストさんの従妹、ってこと?」


「タイプは全然違うけどな。ヘザーの方はどうなんだ?」


 ここで彼女のことを聞かないのも不自然だ。かといって、どう聞いていいかもわからない。苦し紛れに、ぼんやりとした言葉で聞いてみることにした。


「どうって、何が?」


「試合の感想」


 彼女は少し考えこんでから、やがて口を開いた。


「やっぱりグレーテは強かったよ。元々、あまり勝てる自信はなかったけどね。それでも、勝てそうだと思ってた」


「傍からだと、勝ててもおかしくなさそうに見えたよ。凄い試合だった。もう決勝戦かっていうくらい」


 この新星杯ノヴァで、あれだけの試合はもうないかもしれない。それほどまでに壮絶で、目を覆いたくなるような試合だった。当のヘザーはそれに気付いているのだろうか。


「私自身も、この一試合で負けたとは思ってないよ。もちろん負けは負けだけど、完敗したわけじゃない。勝てる試合を落とした。だから、そういう意味で悔しいよ」


 そう語る彼女は、顔を曇らせることはない。これが強がりでなければいいが、彼女の様子からはそれが判別できなかった。


「後は俺が、ヘザーの分まで優勝を目指すとするか」


「そんなこと言って、アストさんと組みたいから、でしょ?」


 相変わらず情報が早い。というか、数えるほどにしか言ってないはずだけど。レイ達にも言ってないし。この情報収集能力は、リリアナさんに仕込まれた副産物なのだろうか。


「それもある、ってことで」



 ヘザーと俺は、本日の最終試合が終わる頃までベッドで休み、自室へ戻る許可を得た。


 駐在医師と一部の生徒からなる星療会メディクは、試合後の治療、療養に携わり、選手に対する権限も強い。試合では死者を出す可能性もあるとはいえ、積極的に出したいわけではない。心身の状態が整わない者は試合に出場させないなどの措置を取ることもあり、その決定権が、星療会メディクにはある。


 試合後の選手も、星療会メディクの許可なく医務室を出ることは許されない。すべては選手を守るためなのだ。



 部屋に戻って、倒れるようにベッドに寝転がる。帰宅の許可は出たが、まだ身体に怠さは残っている。今日は早めに寝ることにしよう。


 そんなことを思っていると、例の通信機に連絡が入った。アンジェリカさんとの秘密の通信だ。定期連絡には早い。何かあったのだろうか。


『彼女の瞳は』


「夕焼けを映す」


 いつもの合言葉で、お互いの確認を取ると、アンジェリカさんは早速切り出した。


『レンフィールドの様子はどうだった? グレーテと戦って、何か変わったことはあった?』


 どうやらアンジェリカさんは、ヘザーの動向を気にしているらしかった。エッフェンベルクを陥れようとしたレンフィールド。その次女同士の対決だったのだ。グレーテはそのことを知らないとはいえ、ヘザーはリリアナさんの手足のようなもの。しかもあんな事件の直後だ。警戒しない方がおかしいというものか。


「いえ。純粋に、試合に没頭していたようでしたよ。試合後にも会いましたが、もう少しで勝てたのに、と嘆いていました」


『そう。ならいいわ。それにしても、あなたの試合は見るに堪えないわね。

なしではあんな試合しかできないの? 遊撃手トリックスターにこだわらなくてもいいのに』


 なかなかに手厳しいお言葉だ。自分でも満足のいく試合だったとは思わないが、そこまでひどいとは思っていなかった。


「ローランさんほどの剣技があれば、俺もそうしてますよ。俺のアレ・・は、壊心エクスエモーションあってのものですから。それに遊撃手トリックスターなら、色々と誤魔化しも効きやすいですし」


『一応言っておくけれど、壊心エクスエモーションはともかく、あなたの実力を隠す必要はないわよ。言い訳はいくらでも考えてあげるから』


「隠してるつもりはないんですけどね。殺さないようにってやると、どうしても手を抜かなきゃいけないだけで」


 相手を死亡させても罪に問われないとはいえ、できれば殺すのは避けたい。もし万が一、俺がエッフェンベルクの者だと知られてしまった場合、エッフェンベルクの名前に傷が付くかもしれない。


『まあ、上手くやってよ。それで、ここからが本題なんだけど』


 と、アンジェリカさんは一度言葉を区切る。まだ本題ではなかったのか。


『クラルヴァイン家のことを調べてほしいの。私もある程度は知っているけれど、次期当主様から聞ける話もあるでしょう? それとなく情報を集めておいて、後で報告してくれないかしら』


 クラルヴァイン家のことは、俺も不思議に思っていた。ただ、アストさんには俺がエッフェンベルクの刺客だと知られてしまっている。そう簡単に大事な話はしてくれないだろう。あまり意識せずに、アストさんの話をよく聞いて覚えておくようにしよう。


「わかりました」


『あの家はたぶん、エッフェンベルクとも関係があるんじゃないかと思うわ。敵か味方かわからないけれど、随分昔に関わりがあったんじゃないかしら。“無限回廊”は、本来エッフェンベルク独自の技術だから』


 そうだったのか。アストさんはお母さんからもらったものだと言っていた。クラルヴァインの現当主はアストさんのお母さん。正統な継承で譲られたものだとすれば、クラルヴァイン家にとっても重要なものに違いない。

 エッフェンベルクとは、家系的な繋がりか、交友か、はたまた略奪か。


『敵だとは思いたくないけれど、用心はすることね。まあ、あなたがアストリットを口説き落として、クラルヴァインをエッフェンベルクに取り込んでしまってもいいのよ? リリアナ・レンフィールドがそうしようとしたように』


「それは……冗談の範疇を超えてませんか?」


 そんなことをすれば、俺がリリアナさんみたいになってしまうじゃないか。それに、あのアストさんを口説き落とせる自信もない。


『とにかく、あなたのわかる範囲で調べてみてちょうだい』


「わかりました。次の定期連絡までには一旦まとめておきます」


『じゃあ、よろしくね。おやすみなさい』


 俺がおやすみを返す前に、通信が切れた。そうせっかちにならなくてもいいのに。



 三回戦が終われば、明日は一日休みだ。明後日には準々決勝と準決勝がある。午前中に準々決勝四試合を行い、遅めの休憩を挟んで、午後は準決勝二試合が行われる。この休憩の間に組み合わせが抽選され、誰と当たるかは試合の一時間前にはわかるようになっている。


 この日が日程では最もハードな日だ。準々決勝、準決勝と、ただでさえ相手も強くなっているのに、一日で二戦。連日の試合はあれど、一日で二試合はこの日だけだ。この連戦を勝ち残った者だけが、その先の決勝へ進めるのだ。


 明後日までにどれだけ力を蓄えておけるかが何よりも肝心になる、ここからのスケジュール。今日、明日はゆっくり休むことにしよう。ミアとの試合は思ったより心身に堪えているようだから。


 気が付いたら、目を瞑った俺はそのまま眠りに落ちていた。

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