第30話 次女の戦い

 観客にも伝わるほどの、衝撃と振動。それが、槍を中心として一気に競技場全体に響き、伝わった。この衝撃と共に、グレーテの情操ホロウが剝がれ、彼女はその場に膝をついてうずくまった。


 一体、今の一瞬に何が起きたというんだ……?


 グレーテは槍に縋るようにして蹲ったが、まだ意識はある。試合は終わっていない。

 槍を支えに立ち上がろうとするグレーテを、情操ホロウを纏ったヘザーは、槍で払いのけるようにして転がした。支えを失ったグレーテは、起き上がることはできても、立ち上がることはできそうにない。


「何が起きたの……?」


「恐らくだけど、今のは共鳴砲レゾナンサーだ。逃げながら設置してたんだろう」


 さっきの衝撃から考えると、その仮説が一番しっくりくる。


共鳴砲レゾナンサーってたしか、複数のユニットの間で音を増幅させて、振動波を作り出すものでしたよね?」


「さすがロレッタ。お前がいると話が早くて助かるな」


 俺の言葉に、ロレッタは少し得意そうにしている。


「ただの音波攻撃だけど、感覚の優れたグレーテにあれは堪えるだろう。平衡感覚なんか、めちゃくちゃになっているんじゃないか?」


「なるほど。それであんなにフラついてるんだね」


「俺だったら、そこに散瞳弾ブラインダーで視界も奪うけどな」


「悪魔め……」


 レイはそう言うが、ヘザーも俺に負けず劣らず悪魔だったようで、容赦なく散瞳弾ブラインダーを放ったらしかった。よろよろとしながらも、これまでヘザーの方を捉えられていたグレーテは、両目を押さえて再び蹲ってしまったのだ。


 そんな彼女へ向けて、ヘザーは心素エモのエネルギー弾を浴びせる。まるで彼女の溜まっているものを吐き出すように。自分のコンプレックスを体現したようなグレーテを、殴りつけるように。見ているこちらも言葉を失うほど、一方的な“暴力”だった。

 心素エモは感情のエネルギー。どんな感情であれ、強い感情であればあるほどその出力は増す。彼女は今、一体どんな感情でいるのだろうか。


 ところがその猛攻は、かえってグレーテの眠れる力を呼び覚ましてしまったらしかった。

 ほんのわずかな間、グレーテの情操ホロウがフィールド一体に広がって、すぐに霧散した。少しして、もう一度同じことが起こる。


「今度はグレーテか……一体何なんだ?」


 これは、グレーテが自分の意思で行っていることなのか? それとも、防衛本能が引き起こしたものなのか。


 すると次の瞬間、巨大な情操ホロウの拳がヘザーを殴りつけた。不意の一撃に、ヘザーは受け身も取れずに勢いよくフィールドの端まで吹っ飛んだ。そしてもう一度、水面の波紋のような情操ホロウの波が、フィールドに広がる。


「まさか……情操ホロウで探知してるのか?」


 そんなことまで可能なのか……? この場に情操ホロウ使いが一人もいないのが悔やまれる。


 グレーテは蹲ったままで、ヘザーの方を向いてもいない。神経を研ぎ澄ませて、感素だけでヘザーの位置を捉えようとしている。


 吹っ飛ばされたヘザーに起き上がる暇も与えず、巨大な情操ホロウの拳が振り下ろされる。エネルギーの塊に打ち付けられたヘザーは、かろうじて意識を保ってはいるが、もはや全身に力も入らない様子だ。起き上がれても、立ち上がるまでは至らない。

 既にヘザーのタッチカウンターも二つ点灯している。さっきの猛攻でグレーテのタッチカウンターは三つになったとはいえ、あと一発を命中させるより先に、ヘザーのタッチカウンターが溜まる方が早いかもしれない。


 ヘザーも情操ホロウを纏うが、グレーテと違い、全身を覆う程度のもの。彼女のいるところからグレーテまで、とても届きはしない。

 絶対に負けたくないという、意地。ヘザーの意識を繋ぎとめるのは、ただそれだけなのだろう。勝つことよりも、負けないことを考えている。それが、情操ホロウで耐え凌ぐという苦肉の策に表れているのだろう。


 何度打ち付けられても決して折れないその姿は、痛々しくて、とても見ていられない。ヘザーの思いを知っているから、余計に目を覆いたくなる。


 リリアナ・レンフィールドの妹として、姉に支配され、いいように利用されて、家にも期待されず、実績も残せていない自分の弱さを徹底的にわからされたヘザー。片や、アンジェリカ・フォン・エッフェンベルクの妹として、姉や周囲に期待され、既に一年生首席という実績を残し、これからもその実力を伸ばし続けていくであろうグレーテ。

 ヘザーがグレーテに屈するということは、理不尽に足掻いてきた彼女が、現実に負けることを意味する。自分にないものを全部持っている彼女に負けてしまえば、彼女の存在が否定されたみたいになってしまう。

 だから、彼女は折れないのだろう。



「……ヘザーちゃんも、往生際が悪いよ」


 ぼそっと呟いたレイに、俺は思わず手が出てしまいそうになる。

 ヘザーがどんな気持ちでグレーテと対峙していると思ってるんだ。彼女が負けを認めることがどういうことか、わかっていないくせに。そんな思いがこみ上げてくる。


 だが、俺が手を出す前にレイをたしなめたのはロレッタだった。


「そういう言い方は良くないよ。ちゃんと勝算のある立ち回りだよ。ここまで来たら、先に気持ちが切れた方が負ける。見ているのが辛くても、この試合の結末をちゃんと見届けようよ」


 そう言われても納得はできなかったらしく、レイは不貞腐れたように黙り込んでしまった。


 たしかに、見ているのが苦しいような試合なのは事実。観客の中にも、悲鳴のような声を上げている者もいる。最悪の場合、どちらかが死ぬまで続くかもしれない。

 だとしても、あの二人の戦いを止める権利は俺達にはない。二人の間で決着をつけるしかない。これは、そういう戦いだ。


 やがて、二人に動きがあった。耐える一方だったヘザーが、ついに攻勢に出たのだ。

 纏っていた情操ホロウをエネルギー源として、すべて銃に注ぎ込み、速く、鋭く、重い一撃を放つ。グレーテの情操ホロウは、相変わらずヘザーを殴りつけようとする。情操ホロウを解除したヘザーに当たれば、彼女は今度こそ意識を保ってはいられないだろう。その前に、ヘザーの一撃がグレーテに当たり、気絶させられれば。そんな一瞬の取り合いだった。

 既に二人とも気力だけで意識を繋いでいる状態。タッチカウンターも三つずつ。あと一撃、あと一撃が当たればこの試合は決まる。


 傍目には、ほぼ同時に見えた。グレーテに銃弾が直撃したのと、ヘザーに情操ホロウの拳が直撃したのが。二人はほぼ同時に仰け反って、そのまま倒れる。


 バイタル監視システムにより、意識消失フェインテッドのアナウンスが入る。ヘザーの意識消失フェインテッドのすぐ後に、グレーテの意識消失フェインテッドが宣告された。


「この場合、どうなるんでしょう……?」


「先にアナウンスされた方が、わずかに早かったってことだろう」


 ロレッタの疑問に対する俺の答えは、そのまま解答として、勝者がコールされた。


『勝者、グレーテ・クラウゼヴィッツ・フォン・エッフェンベルクーッ!!』


 そのコールに、これまで淀んでいた競技場の空気がどっと沸き立った。結果だけを見れば、順当な勝ち上がりだった。



 二人はすぐに医務室に担ぎ込まれていく。これが準々決勝でなくて良かった。

 準々決勝の日は、その日の午後に準決勝が行われる。グレーテの消耗具合がどの程度かはわからないが、少なくとも当日の午後にもう一試合こなせるような状態ではなかっただろう。


「じゃあ、そろそろ俺も準備してくるよ」


 俺の試合はこの次の次、第六試合。控室で最終調整をしておきたい。


「元カノのところには行ってあげないの?」


「行ってやりたいけど、あの様子じゃあ、しばらく起きられないだろうからな」


 一人にしておくのも心配だが、一人にしてやりたいというのもある。もう恋人でもないんだし、あまり過干渉になるのも考えものか。とにかく今は、少し休ませてやりたい。


「あたしに負けるまで、負けないでよね」


「俺は優勝する気だぞ? 誰にも負けるつもりなんてねぇよ」


 ヘザーのことばかりを気にしてもいられない。俺は俺の戦いに集中しなければ。

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