第29話 新星杯三回戦 グレーテ VS ヘザー

 大会六日目の三回戦。ここを勝てば準々決勝に進めるこの一戦。残った十六人は、今日一日で八人になる。


 俺は自分の試合の前に、見ておきたい試合があった。Bブロック第二試合。対戦カードは、グレーテとヘザー。エッフェンベルクの妹と、レンフィールドの妹。事情を知っている者にとっては、思うところのある組み合わせだ。


 Aブロックでは、格上のアレクシアを下したハリエット、そしてクルトが準々決勝行きを決めた。この二人の組み合わせなら、どちらが勝ってもおかしくなさそうだ。

 そしてこの前の試合では、ルーツィアがロレッタに勝利。この試合に勝った者が、準々決勝でルーツィアと当たることになっている。


 午後一番の試合となるこの一戦。午前中に試合を終えたロレッタと今日の最終戦であるレイが俺の隣に並んで座り、フィールドを見守る。


「どっちが勝つと思う? やっぱり元カノを応援してるの?」


「わからないから見に来てんだろ」


 俺とヘザーが別れたことは、いち早く知れ渡っていた。フリティラリア姉妹の手にかかればこの程度、あっという間である。


等級クラスだけを見れば、ヘザーちゃんの方が上だけど……」


「でもグレーテちゃんにはそう簡単に見切れない何かがあるよねー。二番人気だし」


 この人気の高さが過大評価かどうか、この三回戦、そしてここで勝てれば次の準々決勝でわかることになる。


 時間になり、二人の入場が始まる。先に、グレーテの入場アナウンスが流れ始める。


『エントリーナンバー26、雪花スノウリリィ寮所属の一年生、グレーテ・クラウゼヴィッツ・フォン・エッフェンベルク! 二番人気に推されたその実力が本物だと証明できるか! 上級生を打ち破り、一年生での優勝を狙います!』


 爽やかな初夏の風に暗い茶色の髪をなびかせて、彼女がゲートから出てきた。雪花スノウリリィ寮の白を基調に黄色のラインをアクセントにしたユニフォームを身に纏い、愛用の機巧槍剣オートエクスパンダーを引っ提げている。


『エントリーナンバー31、静藍ラズライト寮所属の三年生、ヘザー・レンフィールド! 一年次には新星杯ノヴァベスト4という好成績を残しております! かつての栄光を取り戻すことはできるか!』


 対するヘザーも静藍ラズライト寮の青と白のユニフォームに、ところどころ改造を加えたものを着用し、所定の位置についた。


 相変わらず耳をつんざくような煩い音で、試合開始の合図が告げられる。


 先に仕掛けたのはグレーテ。機巧槍剣オートエクスパンダーの柄を伸ばし、槍状にして突っ込んでくる。


「やっぱフローターでの速攻か」


 予想はしていたが、恐らくグレーテは、俺と戦った時と同じような戦法でいくつもりなのだろう。ヘザーはそれに気付いているだろうか。


「まあ、フローターを使わないヘザーちゃん相手なら、当然の選択だよねー」


「でも槍の間合いなら、ヘザーちゃんの銃の間合いとも重なるし、まだ不利ではないですよ」


 ロレッタの言う通り、ここで剣ではなく槍を選択したグレーテの意図は何だろう。


 グレーテが突っ込んでくると予期していたのか、ヘザーは迷いなく両手に自在砲バリアブルアサルトを抜いて、グレーテの足元を狙い撃つ。と、グレーテは銃弾をかわしながらも、強引に距離を詰めようとはしない。

 俺との戦いで足元への銃撃を気にするようになった彼女には、効果的な足止めだった。特にヘザーは、俺と同じ遊撃手トリックスターの戦術を得意としている。グレーテの警戒心を逆手に取った、嫌がらせの得意な遊撃手トリックスターらしい攻撃と言えるだろう。


 だが、ヘザーの意地の悪さはこの程度ではないことを、俺はわかっていた。

 足元の無事を確認したグレーテが改めて突っ込もうとしたその時、彼女の背に数発の弾丸が直撃した。


「上手いですね……。かわされる前提で、最初からグレーテちゃんを狙っていない弾丸を混ぜていた。フィールドの凹凸を利用して、跳弾させたんですね」


「だとしても、フローターで動かれたらどのみち当たらないからねー。足元を警戒させることも含めて、このコンボが成り立ってるんだよ」


 二人は感心しているが、先を読んだいつものヘザーらしい攻撃だ。これでグレーテのタッチカウンターが一つ点灯した。まだこれでは決まらないだろうが、いいダメージも入ったはずだ。


 しかし、グレーテは直撃の反動で膝をついたものの、すぐに立ち上がった。ダメージにはなっていないようだ。よく見ると、とっさに情操ホロウで防いでいたらしい。


「あれに反応できるなんて……読まれていたんでしょうか」


 いや、読まれていたんじゃない。あれは彼女の反応速度の高さの賜物だ。


 優れたフローター使いは感覚能力に秀でていることが多いとアストさんに聞いたことがあるが、わずかな空気の揺れから、背後からの奇襲に気付いたんだ。思い返せば、その片鱗は模擬戦の時にも見せていた。視覚を潰しても、彼女は俺の位置を把握できていた。


 グレーテが体勢を立て直そうとする前に、ヘザーはすかさず快速弾ラピッドでそれを阻む。が、快速弾ラピッドの速さをもってしても、グレーテの反応速度を上回れない。槍を短く持って、銃弾をいなされてしまった。


快速弾ラピッドに反応できるって、速度で翻弄するのは無理ってことじゃない?!」


 悔しいが、レイの言う通り。高速戦闘に慣れているグレーテに対して今の攻撃は悪手だった。


 今度は追尾弾ホーミングに切り替えて、ヘザーがグレーテを牽制する。しかし、その間に何か仕掛けをされることを嫌ったのか、グレーテは情操ホロウを纏い、ある程度のダメージは覚悟のうえで突っ込んでくる。あくまで近距離クロスレンジ戦、完全優位に持ち込む気だ。


 フローターの機動力、そしてグレーテの反応速度。この二つをもってすれば、普段中距離ミドルレンジで戦い慣れているヘザーでは、その速度に追いつけない。完封と言っていい。だからヘザーは、是が非でも中距離ミドル以内に距離を縮めさせないよう立ち回らなきゃいけない。

 恐らくは彼女もそれをわかっているだろう。だが、わかっていても対処できるかは別の問題だ。


 タッチ判定を一つもらいながらも突っ込んでくるグレーテに対して、ギリギリまで引き付けて、何とかかわすヘザー。


「距離、詰められちゃったね……。大丈夫かな、ヘザーちゃん」


「いや、何か考えがあるのさ。攻める気が見えない」


「さすが元カレ。手に取るようにわかるぜ、ってことかー」


「茶化さないでちゃんと見てろ」


 こんな息をするのも忘れそうなほど緊迫した場面でもへらへらと茶化すレイを𠮟りつけて、俺も目の前のフィールドにくぎ付けになる。周りの観客たちも同じように見入ってしまっているのか、静かになってしまっている。


 最高速になった際の操作性のなさを突いた回避。一歩出遅れれば直撃を食らうリスクを負ってでも、ヘザーは回避に専念していた。


 すると、ここで回避一辺倒だったヘザーが攻勢に出た。情操ホロウを纏い、突っ込んできたグレーテを受け止める。槍の刺突をかわしてから、その瞬間に脇から槍を掴み、グレーテを捕らえた。


「捕らえたっ! って、どうするつもりなんだろ」


近距離クロスレンジじゃグレーテの土俵だろ。何か策があるのか?」


 ヘザーの行動に疑問を呈する俺たちを尻目に、ロレッタは何かに気付いたらしく、俺の隣で息を呑んだ。


「どうした? ロレッタ」


「……たぶん、すぐにわかります。ヘザーちゃんの狙いが」


 ロレッタは心素エモの流れが見える特異体質だと聞く。その流れを見て、ヘザーの試みに気付いたのだろう。


 捕らえられたグレーテは、情操ホロウを使ってヘザーを引き剝がそうとする。しかし、ヘザーも譲ろうとしない。掴んだ槍を強引に立てて、その柄の先を地面に打ち立てた。それが合図だった。

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