第25話 ハンネス・テニッセン

 ◆◇ ― ハンネス・テニッセン ―



 もう一回戦の日になってしまった。この時がやってくると、いつも思う。

 エントリーなんて、するんじゃなかった――。



 もっとできると思っていた。


 平民階級に生まれた僕は、数少ない観覧枠を勝ち取った父に連れられて、星嶺心技学園アストレリアの試合を観に行ったことがあった。たった一回のことだったけど、ずっと忘れられなくて、自分もあんな風になれたらって、夢見ていた。


 入学の抽選に通り、この学園への入学が決まった時は、両親は大喜びで、涙を流して喜んでいた。お前は一族の誇りだと、気負わず自分の思うようにやりなさいと、送り出してくれた。


 もともと図書館で本を読み漁るのが日課だった僕は、座学は得意だった。入学してからも、座学の成績は悪くなかった。だけど、実技がついていかない。こればっかりは、どうしても才能という言葉がちらついてしまう。

 才能だなんて言葉で片付けちゃいけないってわかってるけど、でも、そうでも思わないと、自分の努力を認められなくて。頑張っている自分を否定したくなかった。


 大会だって出てみた。憧れだった、大競技場の舞台。でも、結果は一回戦負け。近い等級クラスの人とだけ競う条件戦レギュレーションチャレンジだって、思うように結果は出ない。


 同じ学年でも歳は同じじゃないし、年下の子に負ければへこむし、年上の人は怖いし。僕みたいな臆病者は、この学園に来るべきじゃなかったんだ。何度もそう思った。


 そう思うたびに、両親が背中を押してくれた。両親の顔が頭に浮かんで、倒れても何度も立ち上がってきたんだ。

 手紙だって送られてきた。なかなか観覧枠が勝ち取れないけど、いつか僕の試合を観に行きたいって、言ってくれていた。楽しみにしてくれている。だから、頑張らなきゃ。そう、思えていたんだ。


 だけど、もう三年生。上級生と戦わなくていい新星杯ノヴァも、今年で終わり。


 今となっては両親の手紙が、言葉が、顔が、僕の心を締め付けてくる。期待は裏切りたくない。がっかりさせたくない。頑張らなきゃ。

 そう思うのが、今は苦しい。



 最後の新星杯ノヴァ。一回戦の相手は序列四十一位のクロード君。百七十一位の僕じゃ、到底勝てるような相手じゃない。優勝候補とすら言われているような人だ。いきなりそんな人と当たるなんて、僕は運にまで見放されたみたいだ。


 観客だって、僕のことなんか応援してない。彼が鮮やかに勝つところが見たいはずだ。僕は負けることを期待されてるんだ。どうせ見世物みたいに負けるんなら、いっそ……棄権しようかな。

 これ以上、惨めな思いはしたくない。


 もう、頑張りたくない。

 どっちにしろ負けるなら、自分から負けを認めよう。


 そう思って、僕は大競技場の運営本部へと足を向けた。すると、後ろから肩を掴まれる。

 驚いて振り向くと、クロード君だった。


「おい危ねえぞ、ちゃんと前見て歩きな」


 言われて、はっと前に目を向けると、長い行列ができていた。僕はその最後尾にぶつかるところだったのだ。

 下ばかり見ていたから、気付かなかったんだ。


「って、あれ、ハンネス?」


「ああ、うん。……どうも」


「これから試合だろ? 一緒に行くか?」


「いや、僕は……」


 棄権するんだ。彼と戦っても勝てないから。


「お前、諦めてるだろ。そんな顔してる。違ったらごめんだけど」


 不意にそう言われて、思わず頷いてしまった。


「お前の気持ちがわかるとは言わないけどさ、俺だって諦めたくなる時もある。だから何となく、今のお前はそんな時と同じような気持ちなのかなって思ってさ」


「クロード君でも、諦めたくなる時があるの? 棄権しようって思う時、ある?」


 負けるかもしれない、そんな気持ちで臨むことはあるだろう。でも、最初から勝ちを諦めて臨むことが、彼でもあるのだろうか。


「そりゃあ、あるよ。たとえばルーツィアと当たる時とかな。格上だし、隙なさすぎだし、どうやったら勝てるんだよって思うよ。そうじゃなくてもさ、この前グレーテと模擬戦したんだけど」


 その試合は僕も観に行っていた。観戦自体は好きだし、一年生首席が模擬戦を受けたと聞いて、ミーハーな僕はすぐに食いついてしまったのだ。


「あの競技場の雰囲気、立っているのもきつかったよ。みんな、グレーテを応援しに来てるんだ。俺が勝ったらブーイングされるんじゃないかってくらい、誰も俺の勝利なんて望んでない。一年生首席が上級生をスカッと倒すところを見に来てるんだって思っちゃってさ。きっと、お前もそんな経験してるんだろうなって思ったら、またこうしてエントリーしようってだけでも強いじゃんか」


 そうか。たしかにあの時、僕だってグレーテさんが勝つと思ってた。勝ってほしいと思ってた。グレーテさんの方がクロード君より格下だったのに、だ。クロード君は実力にそぐわない不当な評価を受けていたことになる。あの場の競技場の空気は、悔しかったに違いない。


「でも模擬戦と違って大会はさ、ちゃんと票が公開されてるだろ?」


 彼が指さしたモニターには、今日の試合の投票結果が表示されていた。勝利券は、この試合の勝者がどちらになるかを予想する応援券チケット。その数は僕の方が圧倒的に少ないけれど、それでも僕が勝つと思ってくれている人の人数が、そこには示されている。これは間違いない数字なんだ。

 この場にいるかはわからない。でも、どこかで見てくれている。僕が勝つと、信じてくれている。何の根拠があるのかは知らないけど。

 親族のように、僕に肩入れして応援しているわけじゃない。見ず知らずの人が、僕が勝つと思ってくれているんだ。それなのに、棄権をするなんて……なんだか申し訳ない。


「そっか、そうだよね。今まで気にしたことなかったよ。僕を応援してくれる人も、こんなにいるんだね」


「あともう一つ、俺からアドバイスをするとしたら、良い師匠が見つかれば、強くなれるぞ」


 いい師匠、か。僕は今までずっと、学園の授業や訓練だけを信じてやってきた。それだけじゃダメなんだ。僕が才能だと思っていたものは、これだったんだ。


「クロード君には、良い師匠、いるの?」


「ああ。もし新星杯ノヴァで優勝したら、来月の双葉杯リブラでペアを組んでくださいってお願いしたんだ。師匠の前じゃそう言ったけど、正直今年は無理かなと思ってるよ。でもそれぐらいできなきゃ師匠の隣に立つなんてできない。そういう人なんだ。お前にも、そう思えるような師匠ができたら強くなれるんじゃないか?」


双葉杯リブラって、今年はヘザーさんと出ないの?」


 たしか、彼は毎年ヘザーさんと出ていたはず。噂では、付き合ってるんじゃないかって聞いたけど。


「ああ、ヘザーとはもう別れたんだ。まあ、色々あってな」


 やっぱり付き合ってたんだ。フラれた……のかな。少し寂しそうな目をしてる。今の傷心した彼なら、僕でも付け入る隙があるだろうか。そんなことを考え始めてる。棄権しようなんて考えていたのに。やっぱり僕は、自分を諦められない。負けたままでなんて、終われない。


「クロード君。僕、やっぱり君と戦うよ。勝てないかもしれないけど、諦めずに戦うよ」


「ああ。負けてやる気はないぞ? 全力でやるからな。俺だって、師匠とのペアが懸かってるんだから」


「あのさ、クロード君。師匠って、女の人?」


「そうだよ」


 ……なるほど。必死になる理由もわかる気がする。


 そんな話をしていたら、試合の時間は差し迫っていた。


 僕は彼と別れて、それぞれの控室に向かう。どんな結果になるとしても、後悔はしたくない。ならせめて、できる限りの全力でぶつかってみよう。

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