第24話 無限回廊

「…‥それで、レンフィールドさん。よかったら、友達になってくれない?」


「ええ、よろこんで」


 そんなおかしなやり取りに、俺たちは顔を見合わせて、ほとんど同時に綻ばせた。


「いきなり恋人にはしてくれないの?」


 彼女が冗談っぽく寂しげな表情を作るので、わざと真面目に返してやる。


「次にお前と付き合う時は、本気の付き合いだ。だから、そう簡単には決められないよ。それに、俺たちまだ知り合ったばかりだし、まずはお友達からじゃないかな」


「ふふっ、それもそうね」


 新しくできた友達のヘザーさんと少しの間談笑して、買ってきた昼食を平らげると、俺たちは自分の寮へ向かって歩き出した。


「グレーテには勝てそう?」


「グレーテに勝ったとしても、ストレイスさんが厳しいかな。だからせめて、グレーテには全力でぶつかってみるよ」


 良かった。気持ちの面で、上向いてきたようだ。俺との関係をリセットできたことで、少し気持ちが軽くなった部分はあったのだろう。


双葉杯リブラの相手、考えなきゃなぁ。今までは何も考えずヘザーと組んでたし」


「そうね。たまには、敵同士になってみてもいいかもね」


 ヘザー以外のペア、か。考えたことなかったな。まあ、またヘザーと組んでもいいわけだけど、せっかくだし、違う経験もしてみたい。アストさんと……は、ちょっとズルい気がするな。


「じゃあ、また、ね」


「ああ。会えるなら、準決勝で会おうぜ」


「それは、あんまり期待しないで」


 そんなことを言い合いながら、俺たちは別れ、それぞれの部屋へと戻った。



 部屋に入ると、思わずその光景に目を疑った。恐る恐る一度部屋を出て、部屋番号を確かめる。……合っている。俺の部屋だ。

 もう一度部屋に入ってみても、その光景は変わらない。なぜだ。一体どういうことだろう。俺のベッドでは、アストさんが眠っていたのだ。


「ああ……おかえり、クロ。ごめんね、勝手に使わせてもらっちゃって」


 起き上がったアストさんは、一つ大きく伸びをする。


「いや、それより……どうやって入ったんですか」


「まあ、権力ってやつかな。わたしくらいにもなると、誰の部屋でも入り放題なんだよ」


 その権限はもっと緊急時とかに使うものだと思うけど。これはいわゆる、権力の乱用というやつじゃないか。


「もう身体の方は大丈夫なんですか?」


「まだ万全とはいかないけどね。それで、話があるんだけど、いいかな。なんだかこんなことばっかりだと思うけど、ごめんね。どうしても話しておきたくて」


「気にしないでください」


 アストさんが無事だっただけで俺には充分なのだから。話くらい、いくらでも聞きたい。


「レンフィールドに取られたピアスのことなんだけど、あれはわたしの母の家に代々伝わるものなの。大事なものというより、貴重なものだから、できれば取り返したいんだ」


 思いのほか、とんでもない話だった。たしかに、あのリリアナさんがアストさんを殺すのを諦めるほどの代物だ。アストさんにとっても価値のあるものだったに違いない。


「あれは、何なんですか?」


「“無限回廊”って、聞いたことある?」


「たしか、エネルギーの循環装置、でしたよね。エネルギーのロスが限りなく少なく、常に安定した出力のエネルギーが得られるものだと」


「それは表向きの話ね。実際のところは、あれはエネルギー増幅装置なんだよ。エネルギーを循環させることで、その循環によってさらにエネルギーが生まれる。原理はよくわからないんだけど。エネルギーからエネルギーを生む装置、といったところかな」


 そんなことが現実的に可能なのか? そんなことができてしまうなら、この世界のエネルギー事情はひっくり返る。


「あれはその試作品のようなものなの。とは言っても、危険なものに変わりはないから、特にレンフィールドなんかが持ってちゃいけないんだよ」


「次にリリアナさんが来るのは、アリーセさんを狙う時。その時、リリアナさんを撃退するのではなく、捕らえるか、こちらの有利な状況で交渉に持ち込むか、ということですか」


「呑み込みが早いね。さすがはエッフェンベルクの刺客」


 そう言われて、嫌な汗をかいてしまう。あの状況で知られてしまうのは仕方がない。アストさんは、何を、どれくらい知っているのか。それは、知っておいた方が良い気がする。


「……アストさんは、気付いてたんですか?」


「全然気付かなかったよ。だから、フランにも黙っててあげる。レンフィールドとクロが使ってたのって、壊心エクスエモーションでしょ? エッフェンベルクの刺客だったら、扱えても不思議はないと思って」


 壊心エクスエモーションのことも知っていたのか。そもそも壊心エクスエモーションは知っている者すら限られている秘匿性の高いエネルギーだ。貴族だからって知り得るようなことでもない。“無限回廊”のこともあるし、何者なんだ、クラルヴァイン家は。


「アストさんも、扱えるんですか?」


「いいえ、わたしは話に聞いたことがあるだけだから」


 知ってはいても、扱えるかは別問題、ということか。


「それでね、クロ。次にレンフィールドが現れた時、わたしに力を貸してほしいの。危険なのはわかってる。それでも、わたしはあなたの力を借りたい。今すぐに決めてくれなくてもいいよ。よく考えて、お返事くれる?」


「……わかりました。少し、考えます」


 これは、俺一人で決められることじゃない。リリアナさんと対峙するということは、すなわち命を懸けるということだ。アストさん一人で行かせたら、たぶん殺されてしまう。俺なんかが協力したとしても、あまり変わるとは思えない。だけど、アストさんを見捨てるわけにもいかない。アンジェリカさんは、何と言うだろう。


「クロは三日目からだったね、試合。大丈夫? 今回のこと、影響はなさそう?」


「はい、大丈夫です。一応、明日も休めますし」


「応援はしてるけど、無理はしないようにね」


「ありがとうございます」


 負けたからって、この件を言い訳にはしない。したくないからこそ、絶対に勝つ。

 応援券の事前投票の結果、俺は六番人気。観客の評価は六番目ってことだ。それを覆してやりたい。


「あの、アストさん。一つ、お願いがあるんですけど……」


 俺は思い切って、一つ希望を言ってみることにした。やっぱり、何か目標があった方がいい。そして、それにはご褒美があった方が頑張れるというものだ。


 何? と小首を傾げるアストさん。可愛らしい。


「もし俺が新星杯ノヴァで優勝したら、来月の双葉杯リブラ、一緒に出てもらえませんか?」


「あれ、レンフィールドちゃんと出るんじゃないんだ」


「ヘザーとは、偽装恋人関係を解消しました。また友達からやり直すつもりです。だから今回の双葉杯リブラは、ヘザー以外の人と組んでみようと思ってまして」


 アストさんはそれだけで事情を察してくれたらしく、そっか、と短く言うだけで、深くは追及してこなかった。


「いいよ。わたしと組むなら、新星杯ノヴァ優勝くらいの肩書がないと、釣り合わないよね」


 それはそうだ。序列四位のアストさんと四十一位程度の俺と、どうして釣り合うだろう。何かしらの結果が残せなければ、彼女の隣には立てない。


「ありがとうございます! 絶対ですからね。頑張ります」


「わたしの横に立てるように、頑張ってね。わたしも楽しみにしてるよ」

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