第23話 事情聴取

 翌朝、昨日のことが表沙汰にならなかったことで、いつものように競技場前には屋台が並び、観客も大勢訪れていた。この客足が途絶えるようなことだけは、絶対にあってはならない。いかにして安定的に観客を動員できるかが、この大会を開催する意味に繋がるのだから。


 支度をして、俺も開会式の会場である金剛競技場ダイヤモンドスタジアムへと向かう。その途中、寮のエントランスでヘザーとばったり出くわした。同じ寮なのだし、珍しいことではない。


「おはよう、ヘザー」


「クロ……おはよう」


 思った通り、あまり気分は上向いていない様子。当然と言えば当然なのだが。それでもここにいるということは、大会に参加するという意思はあるのだろう。


「さあ、行こうぜ、ヘザーちゃん」


 そうからかうように言って、彼女の手を取って歩き出す。驚いたように引かれるまま歩を進める彼女は、ほんのり頬を染めながら、いつもの気怠そうな、機嫌が悪そうな言葉を投げてきた。


「ちょっとっ……変な呼び方しないでよ。私、お姉さんなんだけど?」


 言葉は機嫌が悪そうでも、その声色は心なしか弾んでいるように聞こえた。



 退屈な開会式が終わり、俺とヘザーは競技場のVIPルームに呼び出された。フィールドが一望できる、ガラス貼りの展望フロア。その一面の窓を脇に見ながら、重々しい長机と椅子が並べられている。


 座るよう促されると、俺の向かいにはアンジェリカさん、その隣にはコルネリウスさんとアストさんが座った。序列の順になっているのだろう。さらにその隣にエルンストさん、アンゼルムさん。両端には、フランさんとエルヴィスさんがそれぞれ座った。

 錚々そうそうたる顔ぶれだ。星虹会アルカンシェルが一堂に会するところなど、そう拝めるものではない。


 全員が揃ってもなかなか話が始まらないと思ったら、遅れてもう一人、この部屋にやってきた者がいた。長い黒髪に、大きな紅い瞳。本来ならこの場にいるはずだった、序列二位のアリーセ・クラウゼン・フォン・アイゼンシュタインさん。


 彼女が俺の隣に座ると、ようやくコルネリウスさんが口を開いた。


「まず今回の一件は、クロード・フォートリエの部屋に脅迫状が届いたことから始まる。これはその翌日に、クラルヴァインから星虹会アルカンシェルへ報告が上げられた。さらにその翌日、フロイデンベルクから、脅迫状が届いているとの報告を受けた。差出人はフォートリエになっていたが、本人に偽装である確認を取ったと言っていた」


「間違いありません。俺もルーツィアから話を聞きました」


「その日の晩、門限になってもクラゼヴィッツが戻らなかった。以前にも同様のことがあり、その際は寮長直々に野宿を言い渡されたそうだが、今回は朝まで寮に姿を見せなかった。それを不審に思った寮長から、姉であるアンジェリカに連絡があった」


 それ、寮長のジャンヌさんはずっとグレーテの帰りを待っていたのだろうか。帰ってきたら帰ってきたで、野宿を言い渡すつもりだったのかもしれないが、帰っているかどうかの確認を怠らないということなのだろう。厳しそうに見えて、案外 面倒見のいい人なのかもしれない。


「クラゼヴィッツの捜索に当たり、ル・ブランにフォートリエとレンフィールド両名の護衛、クラルヴァインに捜索への合流を命じていたが、合流前にフォートリエは失踪。レンフィールドは護衛のクラルヴァインを刺し、隙を見て逃走」


「これ、後の話を考えると、レンフィールドちゃんはフォートリエくんが失踪したのに気付いて、それを追いかけたってことだよね。なら、フォートリエくんはどうして失踪したの?」


 コルネリウスさんの話に、アンゼルムさんが口を挟んだ。


「先日グレーテが門限に間に合わなかった際、宿を提供したのですが、その際に言っていたことから心当たりがありました。グレーテが帰っていないと聞いて、もしかしたらと思いまして」


 壊心エクスエモーションのことを伏せるとしたらこの回答がベストだと、昨夜アンジェリカさんと相談して決めていた。


「でも、無断で行かなくてもいいんじゃないか? フランシーヌやアストリットに連絡を入れてもよかったはずだ」


 エルヴィスさんのこの質問も想定済み。回答は用意してある。


「それについては、申し訳ありません。その通りだと思います。ただ、グレーテが襲われるということはまったく予期しておらず、取り乱してしまった部分があったと思います」


 腑に落ちてはいないのだろうが、このことについて、これ以上追及する者はなかった。


「フォートリエは第二森林演習場にてクラゼヴィッツを発見。オルトヴィーン・ツー・アッヘンバッハ、アルダンテ・フォースター両名と交戦し、昏倒させてクラゼヴィッツの奪還に成功。その後、追ってきたレンフィールドの指示で、昏倒させた両名を連れて学園の敷地境界へ向かう。そこで、リリアナ・レンフィールドが塀を越えて学園に侵入」


「ここまで、レンフィールドの計画通りだったというわけですか?」


 エルンストさんの問いにはヘザーが答えた。


「いえ、姉の指示では、グレーテも連れてくるよう言われていました。ただ、グレーテを姉に引き渡せば、姉の有利は揺るがなくなるでしょう。ですから、ささやかな抵抗を試みました」


「ここまで姉に従ってきたのに、どうしてこのタイミングで抵抗しようと考えたのですか?」


「これまでも、いくらか抵抗はしてきました。あまり成果が出たようには思いませんが。ですので、これが初めてというわけではありません」


 エルンストさんの追及にも、ヘザーは臆することなく返していた。


「その後は、レンフィールドを追いかけてきたアストリットと共に交戦。最終的には交渉を以ってリリアナ・レンフィールドを追い返した、と」


「その際に、次はわたしを狙うと言っていたわけね」


 コルネリウスさんが締めくくった後に、アリーセさんが付け加えた。


「レンフィールドは、次の計画は聞いていないのか?」


「はい。私が関わっていたのは、エッフェンベルクを潰す、というものでした。最終的には、アンジェリカさんを殺害し、グレーテさんを洗脳して傀儡にする、という計画だったようです。私や今回姉に殺害された二名の他にも、姉の手の者は学園内にいる可能性はありますが、そこまではわかりません」


「……わかった。二人はもう下がっていい。大会中に済まなかったな。健闘を祈る」


 思ったよりも早く済んでしまった。どちらかと言うと、アリーセさんが狙われるだろう次の計画への対策を考える方が重要なのだろう。俺とヘザーは一同に礼をして、退室した。



「ヘザーはこの後どうする?」


 開会式の後、すぐに引っ張ってこられたはいいが、終わったらそのまま放り出されてしまうとは。扱いが雑ではないだろうか。どれくらいかかるかもわからなかったので、特別この後の予定もない俺は、できるなら、もう少しヘザーと一緒にいたいと思ったのだった。


「どうって、特に決めてないけど」


「なら、少し歩かないか?」


「いいよ。せっかくだから、何か食べたいな」


 そういえば、昼食もまだだった。昼食というには少し遅いが、それならかえって客足も少ないだろう。


「出店、見てみようか」


 今度はヘザーが俺の手を引いて、競技場の入り口に立ち並ぶ屋台へと俺を引っ張っていった。


「クロ、私、少し考えたんだけどね……」


 競技場前のベンチに座って、買い漁ったジャンクフードをつまむ彼女は、唐突にそう切り出した。


「別れようか」


 そう告げる彼女は、俺の方へ視線を向けようとはしない。

 今回のこと、相当気にしているのだろう。それに、彼女にとってもはや俺の恋人でいる意味はあまりないのかもしれない。


「って言っても変な話だよね。元々付き合っていたわけでもないのに」


「リリアナさんのことは、大丈夫なのか?」


「ありがとう。あんなことがあったのに、まだ私を心配してくれるのね。でも、大丈夫。クロのことに関しては、私の役目は終わりだから」


 まだ使い道がある。リリアナさんに対して俺が言った言葉だ。あの時はヘザーを殺させないためとはいえ、ひどいことを言ったと思う。それが事実だとしたら、なおさらだ。


 改まって、ヘザーがこちらへ向き直る。その眼差しは強い思いに溢れていて、決意の固さを思わせた。思い留まらせるつもりはない。たぶん俺たちには、そうした方がいいのだから。


「このままなあなあにして、ずっとクロを縛り付けておくのも申し訳ないし。一度、リセットしよう。私たちの関係を。私はあなたを利用した。そのために作った関係なの。だから、一旦終わりにしよう? もしあなたが許してくれるなら、また最初から、あなたとの関係を築いていきたい」


 彼女なりのけじめということか。随分と考えたのだろう。今回のことが起きる前から、考えていたことなのだろう。あの夜にぼやいていた、俺との関係を終わりにするという話。今回のことがあって、決定的になったのだろう。


「わかった。俺たちの関係は、最初からやり直そう」


「今までありがとう。それと……ごめんなさい」


「こちらこそ、今までありがとう」


 つうっと一筋の雫が、彼女の頬を伝っていった。

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