第22話 主人
しばらくして、フラン先輩やアンジェリカさん、
「そこの二人が、今回の脅迫状騒動の犯人か?」
アンジェリカさんに連れだってやってきたコルネリウスさんに聞かれ、俺は森林演習場であったこと、ここであったことを手短に説明した。
「……そうか。とにかく今日はゆっくり休め。明日から大会が始まるという時に申し訳ないが、こちらとしても早急に状況を把握して、次の手を打っておかなきゃならない。明日の開会式の後、詳しい話を聞かせてもらえないか?」
俺はCブロックだから、一回戦は大会三日目だ。開会式が終われば特に用事はない。
「わかりました」
ということは、今夜中にもアンジェリカさんとは話をしておかなければいけないな。
案の定、その夜にアンジェリカさんが俺の部屋へやってきた。
表向きは念のための護衛ということらしい。同じように、ヘザーにはフラン先輩が、グレーテにはアンゼルムさんがついているそうだ。
アンジェリカさんとテーブルを挟んで向かい合う。座布団も何も用意できず、直に床に座ってもらうのは少し心苦しい。こういう時のために、今度何か買いそろえておいた方がいいかもしれない。
「申し訳ありません。このような失態を……」
リリアナさんを退けたとはいえ、結局“主人”であるアンジェリカさんの手を煩わせてしまう羽目になった。そばに置いてもらっている身として、情けない。
「いいのよ。あなたもグレーテも無事だったわけだし。あの女を相手にこちら側に死人が出なかったのは、充分な功績だわ」
死亡した二人の学生は、リリアナさん側だという認識なのだろう。彼らも学生というより、レンフィールドの送り込んだスパイ、いや、工作員だったのだろうか。
「グレーテ様とアストさんの容態はいかがですか?」
「グレーテは心も身体も問題ないわ。一連のことは何も覚えてないみたい。アストリットの方は、あなたのおかげで命に別状はないそうよ」
それを聞いて、心底安堵した。二人に何かあれば、それこそ俺の失態だ。アストさんの方はエッフェンベルクの名に傷は付かなくとも、俺が個人的に死なせたくなかった。だから、二人とも助かって本当によかった。
「まさか、あの女が直接出向いてくるとは思わなかったわ。次に現れたら、迷わず私を呼びなさい。余計な死人が出る前に」
「……わかりました」
リリアナさんはアンジェリカさんとの対面を望んでいた。あの人は失敗する可能性のあることには手を出さない。なら、必勝の策があったということだ。今回退いたのも、何らかの理由でそれが揺らいだからかもしれない。そんなところにみすみすアンジェリカさんを呼ぶというのは、できれば避けたい。
そんな思いが顔に出てしまっていたらしく、アンジェリカさんに苦笑される。
「私のことを心配してくれるのは嬉しいけれど、そんなに主人が信じられない?」
「いえ、そんなことは。ただ、あの人は卑怯ですから、何が起きてもおかしくはないかと。今回も、グレーテ様を人質に取るつもりだったのかもしれません。……過敏すぎますかね」
「いいえ。でも、あなたの主人も狡猾な人でしょう?」
「そう、でしたね」
ここは否定した方が良かったのかもしれないが、今回ばかりは褒め言葉として受け取ってほしいものだ。
「今回の計画も、ヘザーを利用して入念に仕込んでいたようでした。ですから、早々に再び仕掛けてくることはないと思います。ただ、次はアリーセさんを狙うようなことを言ってましたから、また何かしらのちょっかいは掛けてきそうです」
エッフェンベルクに直接手出しはしてこないかもしれないが、学園には現れるだろう。今度は名家の一つ、アイゼンシュタインを潰しに。
「あいつを見かけたら、確実に殺さないとダメね。生かして逃がしたら、また余計なことを抱えて戻ってくる」
「まるで害虫扱いですね」
「その通りじゃない」
冗談はさておき、とアンジェリカさんは続ける。
「次はアイゼンシュタインを狙いに来るとしても、あいつが生きていることはエッフェンベルクにとって害でしかないわ。次は、何としてでもあいつを殺すわよ」
「この話は、グレーテ様には……」
「もちろん内密にね。私があいつを殺したら、当主の座はあの子に譲るわ。まだ小さいうちは、伸び伸び過ごしてほしいの。あんな巨悪は滅多にいるわけじゃないし、できればあの子の目に触れさせたくないわ」
「わかりました」
俺としてもその意見には賛成だ。今の彼女にはまだ荷が重いだろう。いずれは背負わなくちゃならないとしても、今じゃないはずだ。
「……あの、ヘザーの処遇はどうなりますか?」
リリアナさんに逆らえなかったとはいえ、彼女の共犯者には違いない。彼女を手引きし、学生を危険に晒した。さらにはアストさんを刺したことも見過ごせないだろう。
「本来なら、学園への反逆に加担したと処罰されるだろうけれど、相手が相手だしね。私から注意だけで済むように言い含めておくわ。あなたの大事な恋人だもんね。アストリットもそこまで大事にはしないだろうし」
「ありがとうございます。その表向きの恋人すら、仕組まれたものだったそうですが……。それでも、俺にとっては友人以上の存在には違いありません」
「だから言ったじゃない。レンフィールドには気を付けなって」
あれはそういう意味だったのか。それに、レンフィールドとエッフェンベルクとの間に確執があったことも、俺は今回初めて知った。リリアナさんの悪名はかねがね聞いていたけれど、エッフェンベルクにちょっかいをかけたとは聞いたことがなかったからだ。
だが、逆に在学中はちょっかいをかけられなかったからこそ、今になって目の敵にしているのかもしれない。アンジェリカさんはあの人に一体何をしたんだ……?
こっちにくるよう手招きされて、アンジェリカさんの隣に座る。と、優しく抱きしめられる。
「改めて言っておくわね。私はあなたの考えは尊重するけれど、あなたの死を前提とした命令はしない。それがどういう意味か、よく考えておいて。あなただけのあなたじゃないのよ」
「はい、重々承知しています」
その後は明日の
いくら相手が
なんだかんだあったが、明日はようやく
グレーテとヘザーは大丈夫だろうか。グレーテの方は何も覚えていないらしいし、今のところは様子見か。もしかしたら、洗脳されたことで何らかの影響がなくはないかもしれないが、すぐにはわからないだろう。
ヘザーの方は、試合に影響はないだろうか。今回の一件でレンフィールドという重い枷をより強く実感しただろう彼女が、勝ち進んでグレーテと当たったら、きちんと全力でぶつかれるだろうか。そもそも一回戦ですら、彼女の気持ちは向くだろうか。変に責任を感じて棄権しなければいいのだが。
そんなことを悶々と思いながら、俺は眠りについた。結局、今回の大会はいつものように入念に過去の試合映像のチェックはできなかった。準備不足は否めない。これが悪く働かなければいいのだが。
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