第15話 師弟水入らず

「お前、知らなかったのか? 静藍ラズライトのレンフィールド妹。昨年の聖夜杯ノエルにもクロードと一緒に出ていただろう?」


 逆に、フラン先輩でも知っていたことに俺は驚いているが。


「ああ……レンフィールドの妹か。クロ、あの子と付き合ってたの」


 一気に冷めたような表情になるアストさん。彼女もレンフィールドにはいい思い出はないのだろうか。


「正確には恋人のフリ、なんですけどね。恋人がいないと政略結婚させられるから、知恵をつけるまでは仮の恋人がほしかったらしいです」


 知恵のない子供に無理矢理許嫁を作って、そのまま結婚させようとする大人のやり口に、彼女が心底うんざりしていたのを覚えている。それに気付けている時点で充分知恵はついていたような気もしたが、それでもまだ足りなかったのだろう。


「そうだったのか。てっきり本当の恋人だと思っていたが」


「なるほど。その事情も知っているなら、レンフィールドは狙われないかもしれないってことね」


「そうです。だから、誰が狙われるのかもいまいちわからないんです」


「まあ、私たちは狙われたとしても自力で対処できるだろう。そうなると、レンフィールド妹が狙われた場合を考えておいた方がいいんじゃないか?」


 二人とも序列一桁だし、彼女らを襲っても返り討ちに遭わない相手とすれば……アンジェリカさんくらいだろうか。まさか、アンジェリカさんがこれの差出人ってことはないだろうな。一応、グレーテは彼女の妹だし、動機はある、か。だけど……まさか、ねぇ。


「念のため、この件は星虹会アルカンシェルに上げて、秘密裏に動くことにした方がいいかもしれないね。もしかしたら大事にして大会を潰すことが目的かもしれないし。調査はわたしたちだけで動いて、表向きは通常通りで回した方がいいと思う」


 序列の上から七人で構成される学園の最高機関、星虹会アルカンシェル。何をやっているのか具体的には知らないのだが、彼らが動いてくれるなら心強いことこの上ない。


「同感だな。星虹会アルカンシェルなら、新星杯ノヴァの期間中でも問題なく動ける」


 上位七人は全て後期生。それを考えると、あのルーツィアですら序列一桁にも入れないなんて、上には上がいるのだと改めて実感させられる。そして、その七人の中に入っているアストさんとフラン先輩は、やはり凄い人なんだということも再認識させられる。


「とりあえず、これは預かっておいていい?」


「はい。お願いします」


「それじゃあ、今日はこれでお開きだね」


「わざわざ時間を取っていただいて、ありがとうございました」


 立ち上がって二人に頭を下げると、隣のアストさんに腕を引かれ、またソファに腰を下ろしてしまった。


「まあまあ、話はこれで終わりだけど、まだ帰らなくていいでしょ?」


「おい、何を勝手なことを。ここが誰の部屋か、わかってるんだろうな」


「真面目なお話ばかりじゃなくて、少し楽しいお話をしていってもいいんじゃないの? せっかく師弟水入らずなんだから」


 アストさんにそう言われて、たしかにそれも一理ある、などと思わされてしまっているフラン先輩。いやいや、一理ないって。たぶん、また良くないことを考えてるよ、このお方は。その犠牲者がフラン先輩ならまだいいけど、俺に飛び火しないことを祈りたい。


「レンフィールドとは恋人のフリって言ってたけど、正直に言うと、あの子はクロのタイプなの?」


 唐突にそんな話を振ってくるアストさん。恋バナとは、年頃の乙女らしい。彼女がそんな話題に興味があったことは意外だが、それに興味津々といった様子で俺の言葉を待っているフラン先輩には、もはや驚かなくなってきた。彼女はこの部屋の様相と同じく、根は可憐な少女なんだろう。


「まったくタイプではない、とは言いませんけど、やはり恋人のフリですからね。好きとか嫌いとかってよりも、利害の一致という方が適切ですかね」


 俺の答えは彼女にとっては満足のいくものではなかったらしく、言葉を変えて、再度質問される。


「わたしとしては、クロがどんな女性が好みなのか、知りたいな」


「お前、そんなことに興味があるのか?」


 そんなこととは失礼な。


「男の子と遠慮なく話ができる機会って、そうそうないからね。どんなこと考えてるのか気になるじゃない? フランも、せっかくここに弟子の男の子がいるんだから、聞きたいことは聞いたらいいのに」


「そうだな……お前くらいの歳の男からすると、私たちくらいはどう見えるんだ? おばさんに見えていたりするのか?」


 年上と言っても、アストさんは俺よりも三つ、フラン先輩は四つ上なだけだ。それほど大きく違うというわけでもない。


「いや、普通にお姉さんに見えますよ。俺と同じくらいの年の子と比べると、やっぱり大人だなぁって思いますね。中身も見た目も」


「クロ、さっきからフランの胸ばっか見てるもんね」


 隣にいたはずのアストさんにはバレていた。何故だ。


「お前……私をそんな目で見ていたのか」


 逆に、フラン先輩は気付いてなかったのか。何故だ。


「クロは悪くないよ。その下品な脂肪がいけないんだから。惑わされちゃダメだよ、クロ。あれはただの肉の塊。あんなのが女の価値だと思ってるなら、思い直した方がいいよ」


 それは僻みも入っていないだろうか。そう思えるほど突然の辛辣な物言いだった。


「それで、わたしの質問には答えてもらってないんだけど?」


「俺の女性の好み、でしたよね。そうですね……」


 ここで胸の大きな人って言ったら殺されるんだろうな、なんて思ってしまう。


「優しくて、包容力のある人、ですかね。賢くて、頼りになる人、愛嬌のある人なんかもいいと思います」


「見た目の好みはどうなんだ?」


 フラン先輩も乗っかってくる。さっきそんなこととか言ってたくせに、やっぱり気になるんじゃないか。


「見た目の好みだと……これ、あんまり言いたくないんですけど……」


「大丈夫、何言っても怒ったりしないよ。巨乳が好きならそう言ってくれてもいいから」


「いや、その、恥ずかしいっていうか……」


 俺は何を言わされようとしてるんだろう。何の辱めを受けているんだ? だが、二人はどうにも乗り気で、今更引き下がってくれそうにはなかった。


「…………脚のきれいな人、です」


 思い切った俺の答えに、二人は想像もしていなかったというように、言葉を失ってしまった。


「……脚って、脚?」


 これはもはや性癖と呼ばれる領域だ。脚が好きな男の心理など、女の人には理解できないだろう。


「脚のどの辺がいいの? わたしの触っていいから教えて?」


 隣のアストさんがそう言いながら、俺にその美しく白い脚を差し出してくれる。触っていいって言われたから、触っていいんだよな……? では、失礼して……。


 俺は差し出された脚を受け取るように、太ももとふくらはぎにそっと手を触れた。きめ細かく柔らかい感触。まるでシルクに触れているような手触り。それでいて、充分なハリと弾力を備えている。ずっと触っていたくなるほどの触り心地だ。


「この、太ももから足首にかけて段々細くなっていくのが、いいと思います。アストさんの脚は、個人的にですが、手触りが物凄く良いです。あと、全体的に肉の付き方が好みです」


「あ、ありがとう……」


 少し複雑そうに、お礼を言われてしまう。やっぱり言わない方が良かったか。


 ところが、向かいのベッドに座っていたフラン先輩も俺の方へ脚を伸ばしてきた。


「……私の脚は、どうだ?」


 彼女も俺に自分の脚を批評してほしくなったらしい。太ももから足首へ、撫でるように手を滑らせる。アストさんに比べると、柔らかさは勝る。筋肉が多めのアストさんよりも、脂肪の割合が高いのだろう。だが肌のきめ細かさは、アストさんと互角か、わずかにアストさんに軍配が上がるかというところ。


「この太ももの裏の柔らかさがとても良いです。あとは、膝裏の手触りですね。良いと思います」


「そ、そうか……ありがとう」


 何だろう、この感じ。なんだかこそばゆい。恥ずかしさで一杯で、今すぐこの場から逃げ出したい気分だ。


「クロード、こっちへ来てくれないか?」


 フラン先輩に呼ばれて、無警戒に彼女の隣に座る。と、突然フラン先輩が俺の肩に力を加えて、そのままベッドに押し倒してきた。薄胡桃色の髪が、はらりと俺の顔に垂れてくる。くすぐったい。


「何を……?」


 フラン先輩は何も言わず、こちらをじっと見つめてくる。何だか色っぽい。胸元には視線を移さないようにして、なんとか彼女の驚くほど整った顔を見つめ返し続けた。

 すると、フラン先輩は情操ホロウを纏い、それが俺の方へも伝ってくる。何をするつもりなんだろう。さすがに調子に乗り過ぎただろうか。怒らせてしまっただろうか。アストさんの方をちらと見ると、彼女は俺の方を呆然と見ているだけだった。止めてくれるつもりはなさそうだ。


 フラン先輩は何をするでもなく、ただ俺と彼女との間で情操ホロウを伝わせるだけ。その流れをコントロールしているらしく、ただ纏っているというわけではなさそうだ。

 彼女の顔を見ていたはずが、だんだんと瞼が重くなってくる。……眠い。今、何時だろう。もうそんな時間だろうか。俺が眠そうだと見るや、フラン先輩は情操ホロウを解いて、俺を抱き上げてくれた。


「クロード、眠いのか?」


「はい、すみません……」


「その分だと、すぐにでも寝てしまいそうだな。部屋へ戻るのも危なっかしい。今日はここに泊まっていくといい」


 そんなわけには……。そう言おうとしたが、抱きしめてくれるフラン先輩の温もりが、柔らかさが、肺に入ってくる彼女の香りが心地よくて、睡魔に抗えない。


「すみません……」


「フランさん、わたしも泊めてくれません?」


 アストさんもそう仰々しく言いながら、ベッドに腰掛けてきた。


「私と二人にさせるのがそんなに心配か? 過保護が過ぎるんじゃないか?」


 あからさまに嫌そうな態度を見せるフラン先輩に、アストさんはもったいぶったように言い淀む。


「白々しい……。だって……これ、クロに言っていいの? 今の情操ホロウって……」


「……わかった。好きにしろ」


「ありがとう。フランちゃんは優しいね」


「性悪女め……」


 どうやらまたアストさんはフラン先輩を脅したらしい。眠気で頭が働かなくて、何が何だったのか、よくわからない。


 フラン先輩とアストさんに挟まれたような形で、俺は仰向けにフラン先輩のベッドに寝かされる。

 片方の手をアストさんに抱かれ、もう片方の手をフラン先輩に抱かれている。こうされていると、二人の胸のボリュームは圧倒的に違うのがよくわかる。そんなことは口が裂けても言えないが。


 布団の中は当たり前のようにフラン先輩の匂いが満ちていて、そこに混じるように、別の匂いがある。爽やかな石鹸のような、いや、これは……お湯? 湯気か? 湯けむりに包まれているかのような香りがほんのりと漂ってくる。

 これはもしかしなくても、アストさんの香りなんだろう。当たり前だが、アストさんの香りなんて、今まで嗅いだこともなかった。どうしようもなく、変な気分になってしまう。


「フランがバカみたいにキングサイズのベッド使っててよかった」


「バカみたいとはなんだ」


「転がって落ちちゃうから、こんな大きなベッドにしてるんでしょ?」


「変な憶測を立てるな。断じて違う」


 俺を間に挟んで、アストさんとフラン先輩がいつものように言い合っている。こんなにも近くに二人を感じたことはあっただろうか。もしかしたら、俺はもう眠っているのかもしれない。これは、俺が見ている夢なのかもしれない。


「クロ、眠る前に最後に一つ、聞いていい?」


「何、ですか……?」


「わたしとフランだったら、どっちの方が好み?」


 究極の二択だった。

 アストさんとフラン先輩。全くの対極的な二人だ。さらさらとしたセミロングの黒髪ストレートのアストさん。ふわふわとした薄胡桃色の長い巻髪のフラン先輩。すらりとして筋肉質で、あまり表情を変えないアストさん。豊満で柔らかくて、気分屋のフラン先輩。近距離ミドルレンジの高速戦では並ぶ者のないアストさん。情操ホロウを使った遠距離ロングレンジ戦では随一の実力を持つフラン先輩。

 どちらも魅力的な師匠だ。どちらかなど、選べない。


「……二人とも、じゃあ、ダメですか?」


「まあ、二人の前じゃどちらかなんて言えないよね。ごめんね、意地悪なこと聞いて」


「いえ……どちらも、魅力的ですよ」


「ありがとう」


 こんなにも眠いのに、心臓がばくばく言っているのが聞こえてきそうなほど、鼓動が逸っている。こんなんで寝られるのだろうか。


「クロ、今日はちょっと、性格悪いわたしをたくさん見せちゃったね。明日からはいつも通りにするから、嫌いにならないでね」


「お前が性格悪いのは元からだから気にするな。クロード、この部屋で見たことは、誰にも言うなよ? いいな?」


 もう目を開けていられない。二人の声だけが、それぞれの耳へ入ってくる。目を閉じると、一層変な感じだ。感覚がより鋭敏になって、彼女らの息遣いまでもが聞こえてくる。本当に、すぐ横に二人の美人なお姉さんがいるんだと思うと、なんだか身体中がくすぐったかった。


「もう寝ちゃった?」


「そろそろ私たちも寝るか」


「そうだね……おやすみ、クロ」


「おやすみなさい、クロード」


 その声を最後に、俺の意識は落ちていった。

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