第14話 二人の師匠

 早速二人へ連絡を取ると、フラン先輩の部屋に集まることになった。案の定、アストさんが強引に推し進めたのを、フラン先輩が渋々折れる形になったのだが。それでも二人とも、類を見ない事態に多少なりとも危機感を感じているようだった。



 フラン先輩の部屋は、同じ静藍ラズライト寮の五階、その一番奥の十二号室。

 部屋の呼び鈴を鳴らすと、中から扉を開けてくれたのはアストさんだった。いつもの私服姿とはまた違う、部屋着姿。大きめの薄手の緩いシャツに、足元はショートパンツにスリッパを履いているだけ。いつもタイツでその素肌を露出しないアストさんの素脚を、こんな思わぬ機会に拝めるとは。


「こんばんは。さ、どうぞ」


 さも自分の部屋かのように俺を通すアストさん。普段なら心の中でツッコミを入れたいところだが、今は生憎そんな余裕はなく、平常心を保つのに必死だった。


「お、お邪魔します……」


 フラン先輩の部屋は思ったよりもファンシーで、女の子らしい部屋だった。色はピンクに白、赤、オレンジ、黄色などの淡い暖色を基調としており、寝具やカーペット、ソファなどの布地もふわふわと柔らかいものばかり。


「おい、じろじろ見るんじゃない」


「すみません……」


 普段はあんな・・・なのに、意外にも乙女チックな趣味だ、と顔に出ていたらしく、フラン先輩は恥ずかしそうに口を尖らせた。

 フラン先輩も、この部屋にふさわしい、ふわふわもこもこでファンシーなカーディガンを羽織っている。彼女も足元はショートパンツだ。二人して素脚を晒しているだなんて、これは目の遣り場に困る……。


 フラン先輩に促されて、俺は人ひとりが寝転べるかという広さのソファに座る。と、アストさんが何の気なしにその隣に座った。気持ち、わずかに距離を空けようと座り直すと、彼女に怪訝そうな顔をされてしまう。


「……わたしの隣、嫌だった?」


「そ、そんなことないです! なんか、落ち着かなくて……」


「まあ、気持ちはちょっとわかるよ。こんな趣味の悪い部屋、落ち着かないよね」


 そういう意味じゃなかったんだけど、アストさんはそう思ってたのか。これにはベッドに腰掛けていたフラン先輩も、悪かったな、と不貞腐れてしまう。


「クロ、今日の模擬戦、手を抜いてたでしょ。一応勝ったとはいえ、本気を出せばもっと圧勝できたんじゃない?」


 本題に入る前に、今日の模擬戦のことを突っつかれてしまう。さすがアストさん。見抜かれていた。というか、アストさんも見に来てくれていたのか。


「だがエッフェンベルクの方も、本気を出していればあんなものではないだろう?」


 フラン先輩も見てくれていたらしい。師匠として、弟子の模擬戦を気にかけてくれたのだろうか。


「いや、エッフェンベルクちゃんはあれで充分本気だったよ。全力ではないだろうけどね」


「どういうことですか?」


 本気だけど、全力じゃない。つまり、手は抜いていなかったけど、実力のすべてを出せていたわけじゃない。そう言いたいのだろうか。


「あの子、負けていいと思えるタイプじゃないでしょ? だから負けそうになった場面でも、こっそり全力を出せば手を抜いたクロには勝ててたよ。でも、負けた。まだ全力の出し方を知らないんじゃないかな」


 たとえ全力を出さないと決めていたんだとしても、負けたくないという気持ちからセーブしていた力を一瞬でも解放して、勝ちの目を掬えただろうということか。俺も結局、使わないと決めていたスティンガーを使ってしまったし、そういうことなのだろう。


「なら、エッフェンベルクが全力を出せるようになったら、クロードはあいつに勝てなくなるか?」


「それはないね。全力のエッフェンベルクちゃんと全力のクロだったら、クロが勝つよ」


 アストさんはこの間も俺がグレーテに負けないと言っていたが、そんなにも俺を評価してくれるのは何故なんだろう。あるいは、俺が思っている以上にグレーテを低く評価しているのか。どちらにせよ、アストさんの見る目は信頼しているから、彼女がそう言うならそうなのだと思う。


「随分と自分の弟子を買っているんだな」


 弟子だから贔屓しているんじゃないか、そんな風にも取れるフラン先輩の物言いに、アストさんは珍しくむっとしたように返した。


「じゃあフランは、クロが新星杯ノヴァでグレーテと当たったら負けると思う?」


「いいや、負けないだろうな。私の弟子だ。一年に負けるようじゃ困る」


 そんなことを自慢げに語るフラン先輩。彼女も大概、師匠バカじゃないか。


「あの……なんか、ありがとうございます」


 俺が照れくさそうにお礼を言うと、なぜか二人はばつが悪くなったように押し黙ってしまった。


 やがて、アストさんが小さく咳払いをして、仕切り直す。


「……それで、クロの部屋に届いたっていう脅迫状を見せてくれる?」


 ようやく本題に触れてきた。俺はポケットから折りたたんだ例の紙を取り出し、テーブルに広げる。と、それを覗き込んだフランさんの胸元につい視線が向いてしまった。アストさんとは対極に、大きく開いた胸元から覗く豊かな二つの膨らみ。それが生み出す谷間に視線が吸い寄せられ、ついつい考えてしまう。――この人、カーディガンの下って何着てるんだろう。


「フラン、これ、誰の筆跡かわかる?」


「いや、わかるわけないだろう……」


「だよね。一応聞いただけ」


 ……よかった、フラン先輩には気付かれなかったらしい。できるだけ視界に入れないようにしよう。健全な青少年には有害すぎる。


「でも、どうしてクロのところに……。誰でも良かったとしても、わざわざクロにするかな?」


「クロードが狙いというのは考えづらいと思っているのか? まあ、まだ対戦表も出ていない段階で一回戦を棄権しろっていうのは、たしかに参加者の仕業とは思えないが」


 なるほど、たしかに。犯人が大会参加者だとしたら、当たるかもわからない俺を棄権させることに意味があるとは思えない。もしそうだとしたら、俺が棄権すると得をすることが他にあるということだ。


「俺の序列が上がるのを阻止したい、とか。それかもっと単純に、俺のことが嫌い、とかですかね」


「エッフェンベルクちゃんとの模擬戦の直後っていうのが気になるね。意図があるとしたら、それが決定的だったってことかな。参加させたくないならエントリーの締切前にすると思うし」


 締切前ならエントリーの取り消しができる。この締切のタイミングに意味があるとすれば、何だろう。


「だがしかし……この文言的には怨恨のような感じもするがな。心当りはないのか?」


「あったらとっくに言ってますよ……。あ、俺がグレーテに勝ったから、だったりしますかね?」


 彼女は一年生首席。一年生の期待の星であり、人気者でもある。さらにはエッフェンベルクの次女。貴族様たちからも一目置かれる存在。そんな彼女を、大人気なく負かしてしまった俺。これは恨まれる理由になり得るだろうか。


「エッフェンベルク派か……。嫌だねぇ、貴族様のいざこざは」


 そう言うアストさんだって、“フォン”の名を冠する貴族じゃないか。だからこそ逆に、貴族の醜さをよく知っているということかもしれない。


「棄権しなかったとしても、心理的な負荷はかけられる。これを悪戯だと割り切って一回戦に出たとして、お前は少しの心配もなく戦えるか?」


「……いや、無理でしょうね」


 結局のところ、この文書自体が、俺を揺さぶる一つの策ってことだ。実際に大切な人を襲うかどうかは別として。


「一応もう一つ考えておきたい可能性があるんだけど、これが届いてるのがクロだけじゃないってことはあるかな。今のところ、わたしたちが報告を受けてるのはクロだけだけど。もし他にも届いてるとすれば、今の仮定はすべて覆る」


「他にも届いていそうなところだと……やはり上位になりそうなあたりですかね。俺と同程度の序列で言うと、下にはレイチェルやシャルロッテ、上にはアレクシアやロレッタですかね。二年首席のアンナでも、序列的にはシャルロッテより下ですからね」


「その辺りって、連絡取れる?」


「レイとロレッタならこういうことがあれば既に連絡をくれているでしょうし、他の二人は……連絡先を知らないです」


 結局のところ、アストさんの挙げた可能性については今すぐには確認が取れないのだった。これは明日以降で俺の方で確認することになった。


「ちなみになんだけど、この大切な人って誰のことだと思う?」


「それは俺も考えました。これって、俺のことをどれだけ知っているかによって変わると思うんです」


「どういうことだ?」


 疑問を呈するフラン先輩に、相変わらず淡々とアストさんが説明してくれた。


「わたしとフランが師匠だって知っていればわたしたちが狙われるかもしれないけど、知らなければわたしたちは候補にならないでしょ? もっとも、クロがわたしたちを大切な人だと思っているかはわからないけどね」


 彼女らが脚を組み替える時に、ついつい視線が向いてしまうのを何とかしたいのだが、どうにも抑えがきかない。こんな真面目に話しているのに、もっと言えば、俺のために真剣に話し合ってくれているのに、俺は何でこうなんだ。自分自身が嫌になる。


「二人とも大切に決まってるじゃないですか。危ない時は俺が命に代えても守りますから、絶対に死なせませんよ」


「そういうカッコいいことは、私たちより強くなってから言うんだな」


「でもそういうところ、わたしは好きだよ」


 今の最後のところ、あと十回くらい聞きたい。人としてって意味だと思うけども。


「他に可能性があるとすれば、お前の恋人か。真っ先に候補になるとすれば、彼女だろうな」


「え、ちょっと待って……クロって彼女いたの?」


 珍しく動揺したように俺の肩を掴んで激しく揺するアストさん。最近わかってきたが、彼女があまり感情を見せないのって俺にだけだったりしないだろうか。フラン先輩と居る時は、アストさんもいつもよりは感情を表に出しているように感じる。

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