第36話 長女の想い

 そう言われれば、断れない。もっと話を聞きたいのは事実だからだ。それに、彼女の言う通り、背中越しにバスリリーで洗うというのならば、オレにも抵抗が少ないように思えた。


 オレは瑠璃子さんの背中に覆いかぶさるようにして、でも不用意に背中には触れないように、胴回りへ手を伸ばす。手にはもちろんバスリリーを持ったままだ。


 たしかに身長はオレより低いけれど、そこまで体格が違うというわけでもない。そう思っていた。でもこうして肌が触れそうなほど近くに寄ると、オレと彼女では明らかに違うのだと思い知らされる。


「凛太郎くん、一個聞きたいんだけどさ……今日は、誰に魔力もらったの?」


 思わず裏返った声が出てしまった。その様子で、瑠璃子さんには悟られてしまったらしい。


「ふーん、可淑かぁ。ってことは、可淑の記憶、見たんだね」


「えっと、……はい。結構、強烈な記憶でした」


 だよね、と瑠璃子さんは特段感情を込めずに言った。瑠璃子さんも知っているのか、あの出来事を。そうか、あのすぐ後くらいなのか。瑠璃子さんが可淑さんと出会ったのは。


「可淑は強いよ。だって、全然わからないでしょ? あんなことがあったなんて」


「そう、ですね。静玖さんのも相当強烈でしたし……みんな、あんな過去があったりするんですか?」


 まさか、と瑠璃子さんは笑う。表情は見えないけど、どこかいつもの瑠璃子さんの笑い声とは違う気がした。浴室に反響しているせいだろうか。


「わたしは今だってパパと仲良しだよ? でもまぁ、それぞれに色々事情はあるんだよ。だけど、みんな辛そうになんてしてない。わたしたちは、互いの痛みが多少なりともわかるから。凛太郎くんは、シズの過去を見て、可淑の過去を見て……どう思った?」


「オレは……」


 言いかけて、言葉に詰まった。何で詰まったんだろう。オレの気持ちに嘘偽りはないはずなのに。


「むしろ、どうして静玖さんが静玖さんなのか、どうして可淑さんが可淑さんなのか、わかった気がします。あんな過去があったから、今の二人があるんだと思って。二人が今の二人じゃなくても、オレは別に嫌ったりはしなかったと思いますけど、でも、今の二人で良かったって思うから。あ、でも二人に辛い過去があって良かったってわけじゃなくて、とにかく、オレは今の二人が好きだなってことです」


 自分で言っていて訳がわからなくなって、最後は強引に締めた。そんなオレに、瑠璃子さんは微笑ましそうに笑った。


「そっかそっか。そうだよね。今の二人がいいって思えれば、過去に何があったって関係ないよね」


「そう、それです。オレが言いたかったの」


 やっぱり瑠璃子さんも頭がいい。オレが言いたくて、でも纏められなかったことを上手く言葉にしてくれた。いや、オレと比べればみんな年上なんだし、そう考えるとみんな頭がいいのは当たり前なのかな。


 流石に際どいところを洗うのは遠慮して、彼女もそれには同意してくれて、最後はシャワーで泡を洗い流す。

 そうしてようやく、二人で湯船の中へ入る。


「……凛太郎くんって、意外と女の子に興味ないんだね。もしかして……女の子、好きじゃない? 男の子の方が好きなタイプ? ああ、だ、大丈夫だよっ、わたし、そういうのにも理解あるから!」


 何をもって彼女にそう思われたのかはわからないけど、瑠璃子さんは少し不貞腐れているように、わざとお道化てみせたように思った。


「興味なくはないですよ。……この状況で、意地悪なこと聞きますね」


「だって、こんなに近くに裸の女の子がいるっていうのに、全然意識してくれてるっぽくないし……何のために一緒に入ってると思ってるの?」


 いや、何のために一緒に入ってるの? それはオレが聞きたい。あれ、でも一緒に入ると言い出したのはオレか。何を考えていたんだろうな、当時のオレは。


「つまりはその……瑠璃子さんはオレにえっちな目で見てほしいってことですか?」


「う、ちょっ、直接的に言うねぇ、随分と……。でもまぁ、そうだよ。だって自分に自信ないし。思春期の男の子にすら意識してもらえないなんて悲しすぎない? どうせ、わざわざ年下の男の子に裸晒してえっちな目で見てもらおうとしてる卑しい女だよ! わたしは! 悪いっ?!」


 怒っているのか悲しんでいるのかわからない剣幕で捲し立て、開き直ったようにぐいぐいとオレの方へ身体を寄せてくる瑠璃子さん。オレは、どうするのが正解なんだろうか。


「……ご、ごめん。はしたないことしちゃった。あーあ、どうしてこうなんだろう、わたし。自分でもこんな自分が嫌になっちゃうんだよ。……ねえ、凛太郎くん、わたしのこと……ああほら、またダメだ。めんどくさいこと聞こうとしちゃった。ごめんなさい、こんな、迷惑な女で……」


 オレが何も言わなかったから、瑠璃子さんはそうやって自分を卑下したように言う。いや、でもこれがきっと、彼女の本心なんだ。彼女の本音なんだ。

 自分に自信がない。認められたい。嫌われたくない。好きになられたい。そのために必死になる自分。そんな自分が醜い。だから、自分が嫌い。きっとそれが、彼女の本音なんだ。だからオレは、彼女のそんなところから目を逸らしたらいけない。そう思った。


「迷惑じゃないですよ。ちょっとびっくりしただけです。オレはそんな瑠璃子さんも、大好きですよ。だから、大丈夫です。瑠璃子さんは、みんなに認められたいですか? 誰でもいいからたくさんの人に、好かれたいですか?」


「いや、そういうわけじゃ……ない。わたしは……わたしを見て、認めて、好きになってくれる人が一人でもいてくれれば……それでいい」


「瑠璃子さんの妹さんたちは、充分瑠璃子さんのことを見て、認めて、好きだと思いますよ。でも、もしそれでも足りないなら、オレが瑠璃子さんのことをちゃんと見るし、認めます。そして、もちろんオレも妹さんたちに負けないくらい、瑠璃子さんのことを好きでいますよ」


 オレと彼女たちは、今はもう家族みたいなものだ。オレだって、他の姉妹と同じように彼女を好きになりたい。互いを思いやれるような関係になりたい。もちろんそれは、瑠璃子さんに限った話じゃないけれど。でも言葉でちゃんと伝えてほしいと瑠璃子さんが望むなら、オレはいくらでも言葉をかけてあげたい。


「……本当? 凛太郎くん、わたしのこと好き?」


「好きですよ。誰にも頼まれてないのにみんなのことを思いやって気を回してくれるところ。優しくて、他人の痛みや苦しみをわかってくれるところも。頼りにならないだなんて、本気で思ってなんかいませんよ。みんな、本当は瑠璃子さんを頼りにしてる。お姉ちゃんのことを尊敬してるし、本当の本当に困った時には瑠璃子さんが助けてくれるって、みんな信じてる。瑠璃子さんのことえっちな目で見てないって本当に思ってるんですか? 瑠璃子さん、いつもいい匂いして、近くにいるだけで変な気分になっちゃいますよ。肌も白くて、手足も細くて、身長が低いのだって、可愛くていいじゃないですか。顔だって整ってて可愛いし、胸が小さいのも、逆に男にはえっちなんだって女の瑠璃子さんにはわからないでしょう? そんな不用意に項だって晒しちゃって、本気でオレがその気になったらどうしてたんですか? むしろ精一杯耐えてるオレに感謝してくださいよ。それくらい、瑠璃子さんは魅力的で最高にえっちなのに、これでもまだ自分に自信がないとか言うんですか?」


「ちょっ、待って待って! やめてよ、そんな……。それ以上されたら、わたし、死んじゃう……」


 ありったけの思いをぶちまけてみたら、瑠璃子さんは顔から火が出そうなほど真っ赤に染まって、両手で顔を覆い隠してしまった。


「……自信ないなんて、言いません。……ありがとう。あの……月イチくらいでまた言って? たぶんそのうちまた自信なくなっちゃうから」


 こんな恥ずかしい思いを月イチでやらなくちゃならないのか。オレも相当恥ずかしかったんだぞ、これ。でも、他ならぬお姉ちゃんの頼みだから、仕方ないか。


「わかりました。言わなかったら催促してくださいね」


「えー、できれば自主的にお願いしたいなぁ」


 すっかり元気を取り戻した瑠璃子さんは、そろそろあがるね、と言って、湯船を出た。と、湯船の外でしゃがみ込んで、オレと目線を合わせる。のぼせて立ちくらみでもしたのかと思って、大丈夫かと聞こうとしたら、頬にそっとキスをされた。


「のぼせないようにね」


 これで可愛くないなんて、思うわけがないのに。

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