第34話 激闘の果てに

 男は辛うじて意識があるらしく、可淑さんがオレを連れて、静玖さんがお父さんを連れて、男の元に集まった。


「貴方の使っている力は“新饗メスィドール”の魔法少女のもの。でも貴方は魔法少女じゃない。貴方たちのボスが魔法少女を捕まえていて、貴方はそのおこぼれをもらっているに過ぎない。……違う?」


「そこまで、わかっているなら、俺に、聞くことなんか、ないんじゃ、ないか?」


 男は苦しそうに、息も絶え絶えに、声を絞り出した。


「わたしたちが知りたいのはね、そのボスのことなんだよ。名前は? 居場所は? 何が目的なの?」


「俺たちも、知らないさ。……燻っていた俺たちに、力をくれたんだ。好きに暴れて、いいってな。何のため? そんなの、どうでもいい」


「じゃあ、何でわたしたちを襲ったの? 指示があったんじゃないの?」


 男がその質問に答えようとした時、男の髪はどんどんと白くなっていき、抜け落ちていく。身体もガリガリに痩せ細って、骨と皮だけのシワシワな老人みたいになっていった。

 瑠璃子さんは咄嗟に男の両肩を掴んで、男の身体を揺する。


「ちょっとっ、しっかりしなさい! 生きるの! 諦めちゃダメ!」


 しかし瑠璃子さんの必死な呼びかけも虚しく、男はやがて事切れたように動かなくなった。少し離れたところで倒れていた仲間の男と女も、同じように老体化していた。瑠璃子さんによれば、彼らは気を失っているだけで死んではいなかったはずだが、あの様子ではこの男と同じだろう。


「……パスを切られたわね」


 可淑さんが残念そうに呟いた。どういうこと、と聞く前に、改めて可淑さんが説明してくれた。


「彼らが使っていた力は魔法少女のもの。遠隔的にその魔法少女とパスを繋いで、使えるようにしてたのね。それが今、切断された。そうしたら、魔法少女の力の代償を受けることになってしまったってわけ」


 力の代償……。確か前にもそんなことを言っていた。彼女たちも、いずれはこうなってしまうのだろうか。だとしたら、できれば力は使ってほしくない。


「力の代償は生きたまま魔法少女の力を失うと起きるんだよ。だから、わたしたちは大丈夫」


 顔に出ていただろうか。瑠璃子さんが寂しそうに微笑んで、そう教えてくれた。

 そして静玖さんの方を振り返って、笑顔なのに、獲物を狙う猛獣のような鋭い視線をある一点に向けた。


「さてそれじゃあ、事情を聞ける人は一人しかいなくなっちゃったね」


 皆の注目が、静玖さんのお父さんへ向いた。彼が無事だということは、彼は魔法少女の力を借りてはいなかったのだろう。普通の人間だったのだ。なら、この状況で逃げられはしない。


「静玖のためにも、力になれるならなってやりたいが……俺もあまり情報を持っていなくてな。さっきの男と同じさ。魔法少女に関する情報をくれれば、静玖を探し出して会わせてくれるって言うから、話に乗った。結果的に、本当に会わせてくれたしな」


「お父さんに声を掛けたのは、誰なの?」


 静玖さんの話が一番素直に答えるだろうと静玖さん自身が思ったらしく、率先してお父さんに質問を投げかけた。


「ほとんどやり取りはこの男を介していたから、直接会ったこともないんだ。でも一回だけ、最初の時か。電話が掛かってきて、話をした。さっき言った、取引の話だ」


「どんな人だった? 番号は?」


「通知されてたと思ったんだけど、後で見たら非通知になってたよ。声は加工されてるようだったから、相手が男か女かもわからない。でも確か……“アリス”と名乗っていた」


 黒幕かどうかはわからない。でも、敵のうちの一人のコードネームでも明らかになったのは大きい。

 奴らは犯罪者や犯罪者予備軍のような人に力を与えると接触し、駒にしていること。そして魔法少女の関係者を調べ上げ、情報を集めようとしていること。この二点も大きな成果と言えるだろう。


「あとはこの男たちの素性ね」


「あ、それなら確か、オレが連れてこられた車がありますよ。中に何かあるかもしれません」


 でかしたわ、と言って、可淑さんはオレの教えた車の方へ小走りで向かっていった。瑠璃子さんも、何の躊躇もなく男たちの服を探っている。


 静玖さんはお父さんと向き合って、何かを言いたそうにしていたが、なかなか踏ん切りがつかないようだった。

 ここは見守るべきなのかもしれないと思ったけど、オレはそっと彼女の手を握ることにした。彼女が言おうとしていることは、きっと今言えた方がいいと思ったから。


 静玖さんはオレの方を一瞥して、それからまたお父さんの方へ向き直った。


「お父さん、あの……わたし、お父さんがわたしを愛してくれていたの、わかってるよ。でも、お父さんがわたしに酷いことをしたのも、わかってる。お父さんのこと怖いと思ってた、けど、嫌いじゃない」


「ごめんな、静玖……怖い思いさせて。でも、俺は本当にお前のことが……」


「うるさい、今わたしが話してるの」


「ご、ごめん……」


 静玖さん、お父さんには結構反抗的なんだな。

 なんて少し微笑ましくやり取りを眺めていると、不意にぐいと手を引かれ、静玖さんが腕に抱き着いてきた。


「わたし、今この人の家にお世話になってるの。だから、お父さんのところには帰らない。でも、また悪い人が襲ってきたら、呼んで。助けに行くから」


「その男のことが、大事なんだな?」


 お父さんの睨みつけるみたいな力強い眼差しがオレに向く。だがそこに、殺意のような強い憎しみはない。心象虚像が見えないから、間違いないはずだ。


 試すように言われた静玖さんは、迷いなく頷いた。


「うん。お母さんのお屋敷に行ってから、大事な人はたくさんできたけど、その中でもリンは特別なの。初めて、わたしの全部をさらけ出してもいいと思えた。だからお父さんは、わたしが幸せになれるように祈ってて」


 なんだかまるで、プロポーズされたみたいじゃないか。これ、オレが静玖さんを幸せにできないといけないのか? 静玖さんは言葉足らずなことがあるから、受け取り方によっては誤解されるようなことを言うことがある。


 でも、結婚か。静玖さんはもう数年で結婚できる歳になる。オレはまだまだ先のことだと思っていたが、彼女たちからすれば、もう現実的な話なのかもしれない。


「……わかった。お前ももう大人だもんな。でもたまにはお父さんと話をしてくれよ? 顔も見せてほしい。……ダメか?」


「電話とか、メッセージとかならいいよ。会うのは……一対一では嫌。誰かと一緒でよければ」


「わかった。それでいい。ありがとう、静玖。本当に優しいいい子に育ったな。可愛い自慢の娘だ。ありがとう」


 お父さんは静玖さんを撫でようと手を伸ばして、彼女の頭上でふと手を止めた。いつものように静玖さんに拒絶されて、触れられないのではないか。そう思ったのだろう。しかし静玖さんは不思議そうに小首を傾げたと思ったら、背伸びをして、お父さんの手に自分から頭を押し付けた。そんな静玖さんの頭を、お父さんは優しく撫でる。

 この親子の間では、触れること、触れられることは、もはや当たり前じゃない。まずはその信頼関係から築き直していかなければならないのだ。そしてそれは、今日この時から、リスタートする。


 遠くで可淑さんが呼ぶ声が聞こえて、静玖さんはお父さんとオレを両の手で引いて可淑さんの元へ駆けていった。


 結局のところ、男たちの身に付けていた服からは大した収穫は得られず、車の中にも武器や日用品のようなものしかなかった。ただ一つ、何かの鍵が見つかったことだけが収穫だった。大きくて、厚みもそこそこある。どこかの倉庫か何かの鍵ではないかと可淑さんは言っていた。

 鍵だけではどこのものか調べられないので、車についていたカーナビを無理やり引き抜いて、持ち去ることにする。完全に車上荒らしだが、今更魔法少女に法律など関係ないだろう。オレは見なかったことにする。

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