第30話 味方の到着
「お前、静玖さんまで呼んで……どういうつもりだ?」
口を解放されるや否や、オレは男に食ってかかる。
「あー違う違う。用があるのは俺たちじゃない。どうしても会いたいって人がいてね。だから彼女は特別ゲストだ。大丈夫、殺しはしないよ」
何故だか不思議と、その言葉に嘘偽りはないのだと感じられた。
静玖さんに会いたい人って誰だ? 考えて、一番嫌な可能性に思い至った。もしそうなら、なおさら静玖さんをここに来させるわけにはいかない。でも、オレにはどうしようもできない。
可淑さん……どうか、静玖さんに気付いて、止めてあげてくれ。
少しして、オレの願いもむなしく、一人の少女がやってきた。静玖さんだった。まさか可淑さんよりも先に、彼女が到着するなんて。
彼女は工事灯が眩しく照らす廃工場の扉を開け放ち、つかつかと乗り込んでくる。オレの姿を見つけるなり駆け寄ろうとするが、男が立ちふさがった。
「リン……! さあ、リンを放して」
「んん~? 君、本当に一人で来たのかい?」
「一人で来たって。だから……」
静玖さんが言い終わらないうちに、もう一人、女の人が現れる。
「静玖……? どうして……?」
可淑さんだ。何が何でも急いで来た静玖さんと、しっかり準備してからやってきた可淑さんで差が出たのだろう。それにしても、本当に二人とも一人で来たのか。
「あれあれ~? ダメじゃないか、ちゃんと一人で来なきゃあ」
「可淑!? 何で来たの!!」
静玖さんが悲鳴にも似た叫び声を上げた。静玖さんのこんな大きな声は初めて聞いた。可淑さんも初めてだったらしく、驚きのあまり、一、二歩後退ってしまっていた。
そんな二人に思考する暇を与えまいとするように、男はわざとらしく大きな声で、さも落胆したかのように言い放つ。
「あ~あ、静玖ちゃんのこと、信じてたのになァ」
「ち、違うっ! これは、あいつが勝手に!」
錯乱しているのか、涙ぐみながら可淑さんのことをあいつ呼ばわりする静玖さん。
「でも約束は約束だからねェ。でもそんな静玖ちゃんに一つだけ、とっておきのチャンスをあげよう。静玖ちゃんは約束を破っちゃったけど、大人しく言うことを聞いてくれれば、凛太郎君は助けてあげるよ」
「わたし、何をすれば……」
その答えは、工場の奥、錆びた事務室の扉から出てきた一人の男の姿が嫌というほど物語っていた。
「ああ、
現れた男は、くたびれたジャケットを羽織り、猫背になりながら、ふらついた足取りで歩み寄ってくる。オレの横を通り過ぎて、向かっていくのは静玖さんの元だ。年月が経って変わってしまってはいるが、オレは彼の顔に覚えがあった。
「お父、さん……」
思いもよらない人物の登場に、静玖さんは目を見開いて立ち尽くしてしまっていた。それどころか、彼が一歩ずつ彼女に近づくたび、彼女は苦しそうに呼吸を速め、過呼吸になっていく。
「可愛くなったなぁ、静玖。いや、お前は昔から可愛かったよ。だけど、以前にも増して、可愛くなった」
言葉だけを聞けば感動の親子の再会だが、そうではないことは、彼女の記憶を見たオレにはわかる。
静玖さんのお父さんは、固まってしまっている彼女を抱きしめようとするが、彼女に触れることは叶わない。静玖さんは今、変身しているのだ。当然、受け入れたくない者は拒む。しかしそんな静玖さんを、お父さんは手馴れたように殴りつけた。
「またそれか。お友達を殺しても構わないんだぞ!」
お父さんに殴られて倒れた静玖さんの髪を、乱暴に掴んで持ち上げるお父さん。お父さんに言われて、能力を解除してしまったのか、静玖さん。
彼女に触れられたことで、お父さんは満足そうな笑みを浮かべ、再び静玖さんを抱きしめた。
「やめろっ! 静玖さんから離れろ!!」
「感動の再会を邪魔するなよ。せっかく静玖ちゃんが身体を張って守ってくれた命なんだ、大事にしろ」
そうおどけたように言って、男は椅子に縛り付けられたままのオレを椅子ごと蹴り転がした。
「お父さん……リンを、放してあげて。約束……」
「リン? ああ、
静玖さんは、今度は男の方をキッと睨みつけるように見つめるが、男は意地悪く笑うだけだった。
「助けてやるとも。殺しはしないさ。だけど、まだこのままね」
オレを解放するに足る状況ではないのだろう。お父さんという枷のある静玖さんは、いくらでも封じようがある。男たちの障害は、立ち竦んだまま身動きが取れずにいる可淑さんか。
目まぐるしく移り変わる状況に、可淑さんはきっと思考を巡らせているはずだ。彼女ならきっと、何か打開策を思いつく。それを期待して、彼女をこの場に呼んだのだから。
「それでェ? 凛太郎君が呼んでくれた静玖ちゃんのお姉さんは、お名前は? 俺は静玖ちゃんしか知らないんだよねェ」
男はさっきオレの背に銃口を当てていた手下の男にオレを任せ、可淑さんの方へ歩み寄る。下手なことをすれば、オレに危険が及ぶということは彼女なら考えなくてもわかるだろう。
男の口ぶりからすると、静玖さんのことは彼女の父から聞いたのだろう。もしかしたら、魔法少女の情報も彼女の父からなのか? 彼女らのお父さんというのは、魔法少女についてどれほどの知識があるのだろう。
「お前に名乗る名などない。まずは凛太郎を解放しろ」
「みんなそんなに凛太郎君が大事なんだ。ますます殺したくなっちゃうなァ」
「やめろ! リンを殺さないでっ!」
静玖さんの怒声と共に、お父さんが吹き飛んだ。今のオレには見えないが、魔法少女の力なのだろうか。オレと可淑さんの間に立ちはだかる男も、見えない暴風に抗うように身を庇っている。
その隙を突いて可淑さんが素早く駆け出し、オレの脇にいた拳銃を持った男に手のひらを向けて、突き飛ばす。これも魔法少女の力なんだろうか。そのままオレを抱えて一歩退き、男たちとわずかに距離を取った。
「ごめん、時間かかっちゃって」
「いえ、可淑さんなら何とかしてくれるって、思ってましたから」
オレを縛り付けている縄を解こうとしてくれるが、リーダー格の男が槍のように尖らせた
槍の形を保てなくなったのか、墨が水に広がっていくように、じわぁっと空気中に広がって、やがて消えていった。広がってからは、男の制御を受け付けていないように見えた。これが可淑さんの能力……。
「何だ、その力ァ……? “
「凛太郎、とりあえず椅子の分は解いたわ。手の方は、ちょっと解いている余裕なさそうだから、自力でどうにかできる?」
後ろ手に縛られたまま立ち上がるのは困難だったが、それでも立ち上がることさえできれば、自由に動き回れる。さっきに比べれば遥かに状況は良い。しかし、さすがに自分で手の縄を解くのは無理そうだった。
彼女は立ち上がったオレをその背に隠すようにして、リーダー格の男とさっき突き飛ばした男の二人を視界に捉えようと構える。
「可淑さん、奴らの仲間はもう一人います。どこに潜んでいるかはわかりませんが、気を付けてください」
「ありがとう。こっちはわたしがどうにかする。もしできたら、凛太郎は静玖を助けてあげて」
見れば、静玖さんがさっき吹き飛ばしたせいでどこかを痛めたのか、お父さんはよろめきながら、再び彼女に迫っていた。静玖さんも、お父さんが迫るにつれて、一歩ずつ後退っている。
やはりまだ、彼女のお父さんへの恐怖は消えていない。そしてオレを盾に取られれば、静玖さんはきっと、お父さんにいいようにされてしまうだろう。だからオレは、彼女の元へ行って彼女に守られるべきだ。それが彼女にとって、一番安心できる選択だと思う。
「わかりました。……死なないでくださいね」
「そんな簡単に死なないわよ。……ああ、そうだ」
可淑さんは思い出したようにオレの頬に手を伸ばし、強引にオレの顔を引き寄せる。そして無理やりに唇を奪い、舌を捻じ込んできた。あまりに暴力的な口づけに拒絶することなどできず、一方的に蹂躙される。
そしてまた味わう、あの不思議な感覚。
主観的な映像が頭の中に流れてくる。これは、可淑さんの記憶なのだろう。これで確信が持てた。オレが他人の記憶を見るトリガーは、魔力を得た状態で、他人と粘膜を介した接触をすることだ。
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