第28話 姉妹の部屋では
* * * *
各々が部屋に戻り、二階の一番階段に近い部屋に、可淑と絢乃も帰る。
「かすみんさ、せっかくリンは恋愛対象になり得るってアピールしたのにスルーされてたね。めっちゃ面白かった」
「……うるさい。別にわたしは、変な意味で言ったわけじゃない。事実を述べただけ」
可淑がこうして無理に論理的になろうとして固い言葉を使おうとする時は、決まって何かを誤魔化したい時なのだと、絢乃には見抜かれていた。
「まあいいけどね。あーあ、静玖なんかもう二回もチューしてるっていうのに」
「そんなの、わたしには関係ない。絢乃、勘違いしているようだけど、凛太郎はあくまで貴重で興味深い観察対象であって、これは恋し愛しという感情じゃない」
「でも、家族、でしょ?」
精一杯否定したつもりの可淑は、絢乃の一言に詰まらされた。
頭の固い可淑なら、家族愛や友愛も、確かに愛には違いないかもしれないと考えるはず。なら、凛太郎に愛を向けていることには変わりはない、と認めたところをからかおうというのが、絢乃の魂胆だった。
しかし、思いのほか可淑は真剣な顔つきで絢乃を窘めた。
「家族のことはあまり持ち出さないほうがいいわよ、絢乃。ただでさえうちの姉妹は複雑なんだし。凛太郎だって、ありふれた家族の形を失ってからもう何年も経っている。せめてわたしたちが、彼の家族になってあげようって、話し合って決めたでしょう?」
「わかってるよ。でもだったら何で、“
その話が本命か、と諦めたように可淑はため息を吐いた。
「……言うにしても、今じゃないわ。今はわたしたちにとっては重大な好機。ここを逃すわけにはいかない。だから凛太郎には、前向きでいてもらわないと困るのよ」
「わたしとしては、リンに事情を話して、戦力として育成した方がいいと思うけどねぇ。もし本当に“創芽”の能力が使えるなら、助かる場面は結構あると思うし」
「リスクが大きすぎるでしょうが。“
「まだそれで確定したわけじゃないでしょ? 何にせよ、リンの正体についてはもうちょっと探っていった方がいいと思うけど。後で肝心な時にしっぺ返しを食らう前に」
魔法少女の中には、単体でも充分世界の災厄となり得る力を持った者がいる。調子の<時間調律>もそうだし、一番は瑠璃子の<
だけれども、下手に刺激して、凛太郎の中に眠る力を呼び起こさなければ、彼は真っ当な人としての一生を過ごすことができるのではないか。そうも思っていた。
だから、可淑は自分一人では彼の処遇を決めかねていたにも関わらず、姉妹間の情報力の差、意識の差を考慮して、話し合えずにいた。これは感情で処理していい問題ではない。リスクを推しはかった上で、熟慮されなければならないからだ。
「まあ、そうこうしているうちに、シズやルリ姉あたりがリンに手を差し伸べちゃうだろうけど。あの二人は頼まれたら断れないからね」
「凛太郎自身が、自分を実験台にすると?」
「そりゃあそうでしょ。リンはああ見えても賢いよ。やっぱり魔法少女の血が流れてるのかね。わたしたちと同じ、根っからの科学者だよ」
真実の探求を渇望する、科学者の
悔しいが、可淑にも思い当たる節はあった。本当は自分だって——……。
「わたしは今のところどうこうするつもりはないけど、かすみんはそのこと、わかっておいた方がいいんじゃないかなと思ってね。じゃあ、おやすみ」
絢乃は一方的に話を切り上げて、二段ベッドの上へあがっていった。
* * * *
「ああぁ~、どうしようどうしよう……!」
瑠璃子は部屋に戻るなり、頭を抱えて右往左往していた。それには我関せずといった態度で、二段ベッドの上で傍観者を決め込む静玖と、その瑠璃子の様子を面白おかしそうに眺めている
「何をそんなに“どうしよう”してるの? ルリちゃん」
「だってぇ、口滑らせて処女だってバラしちゃったよぉ~。いい歳してまだ……、とか思われてないかな? それとも誘ってる淫乱女とか思われてないかな?」
「大丈夫だよ~。うちどうせみんな処女なんだし~」
柊菜が瑠璃子を宥めようとするが、逆効果だったらしく、余計にメンタルにダメージを受ける瑠璃子。
「若い子はいいんだって。わたしなんてもう21なのよ? しかもこんなあざとい恰好しちゃって、それなのに処女! 絶対痛いと思われたよぉ……」
「そういうギャップがいいってこともあるって。それに、リンちゃんはそういうの、気にしないよ。たぶん」
「そうかなぁ……。でもわたし、こんなにチビでぺったんこだし。男の子ってやっぱり、大きい方がいいんでしょ? 小さいのもいいって人もいるけど、それって小さいのでもいいけど、大きいに越したことはないよねってことじゃん?! やっぱ結局巨乳がいいんじゃん! なんでよぉ……」
勝手に結論を急いで自滅している瑠璃子の言葉を聞いて、静玖は密かに自分の胸を手の中に収めてみる。姉妹の中でもまぁまぁな大きさである自分の胸の価値を再確認して、静玖は一人ほくそ笑んでいた。
「胸だけが女の価値じゃないよ~?」
「あんたに言われてもムカつくだけなんだって、このトランジスタグラマーがぁ!」
そう理不尽に怒りながら、瑠璃子は柊菜の豊かな胸を鷲掴みにする。
「そうやってルリちゃんが揉むから大きくなっちゃうんだってぇ。それはそうと、ルリちゃんは何でそんなに気にしてるの? もしかして、リンちゃんのこと好きなの~?」
気になる話題だったのか、静玖は横になってスマホをいじりながらも、耳だけは瑠璃子の話に集中していた。
「いやぁ……好きってわけじゃないんだけど。恋愛対象とは、ちょっと違うかなぁ、みたいな。でも、可愛い弟みたいな感じだし、まぁ色々と興味はあるし。あと、たぶんわたし……本気でさせてってお願いされたら……許しちゃうと思うから」
「まぁ、ルリちゃんって押しに押したら弱そうだもんね」
自分でもわかってはいたことだが、否定してもらえず、瑠璃子はがっくりきてしまう。そして、聞き耳を立てていることに気付いていた彼女は、静玖も逃がさず話に参加させようとした。
「シズはどうなの~? もう二回もき……キスしたんでしょ? 好きになっちゃったとか、ないの?」
そう聞かれて、静玖は考える。
彼女らは二回だと思っているが、実はキスは三回だということ。その三回目のキスの甘美な味。さらには肌と肌とを直接触れ合わせたこと。今更好きだとか何だと騒いでいる彼女たちに比べて、圧倒的なアドバンテージを得ている。それを話して悦に浸るのもいい。でも、話さずに自分だけのものにしておくのもいい。
そんな思いから、らしくもなく口元は油断しきってだらしなく緩んでいた。
「何ニヤニヤしてるの、シズ。何か隠してるでしょ! お姉ちゃんにちゃんと話なさ~い!」
「嫌。絶対教えない」
そしてもう一つ、凛太郎は静玖の顔でも胸でもなく、髪を好きだと言ってくれたこと。それは静玖の中でも自信になっていた。
可愛いと褒められることは幾度もあった。顔を見てのことだろうと思っていた。父が自分の裸体に劣情を抱いていたことも、今となってはわかる。小さいころから発育がよかったからだと思っていた。周りの異性は、彼女の顔か身体しか見ていないのだと思っていた。だけど凛太郎は、髪が好きだと言ってくれた。
「わたし、もう寝ます。おやすみなさい」
静玖は自分で自分の髪を撫でながら、布団に入る。もし瑠璃子が本気で凛太郎を好きになったとしても、今のところは自分が凛太郎を振り向かせる自信があった。だから、彼女のことなど気にも留めずに眠りについたのだった。
「ちょっと、逃げるの? シズぅー!」
「わたしたちも寝よっか、ルリちゃん」
柊菜にもそう言われて、瑠璃子は渋々布団を敷いて、大人しく眠るのだった。
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