第25話 秘密のひと時

 ちょうど身体を洗っていた静玖さんに呼び止められて、オレも彼女の隣で頭を洗い始める。


「身体、洗ってあげようか?」


 そんなことを言われたので、流石に断った。しかし、彼女は簡単には引き下がらなかった。


「でももう手にボディソープ出しちゃった。もったいないから、洗ってあげる」


 ズルい。恐ろしく狡い。わかっていてやっているだろう。

 そんなツッコミを入れている余裕はなく、彼女の生温かい手が、オレの肌に触れる。少し力を込められて、ごしごしと泡立った手で擦られる。人に触れられるというのは、こんなにもむず痒いものなのか。


「魔力をあげたの、二回目だったけど、何か変わったことはあった? 普通は、二回目だと拒絶反応がさらに強くなるか、魔力に順応しやすくなるかのどっちかなんだけど」


 二回目だったからなのだろうか。彼女の記憶を見てしまったこと、話した方がいいだろうか。ずっと黙っているわけにもいかないし、勝手に見てしまったことを隠すのも、申し訳ない。そう思って、思い切って話してみることにした。


「実は……たぶん静玖さんの記憶、を見ました」


「ああ……それで、ね」


 オレの言動に合点がいったらしい。それで、彼女のどんな記憶をオレが見たのかも、大体は察しがついたのかもしれない。

 静玖さんの手は一度止まったが、やがてまた動き出した。さっきよりも、込められている力が弱い気がした。


「わたしのこと、嫌にならなかった? ……汚いって、思わなかった?」


「そんなこと、思うわけない」


 少し大声が出そうになって、意識してちょっと抑えた。他の姉妹に聞かれるわけにはいかない。こんな状況を見られたら、オレが軽蔑されるし、静玖さんだって本意ではないはずだ。それでも少し大きな声になってしまったかもしれない。


 不意に、背中に感じる重み、柔らかさ、温もり。


「ありがとう」


 静玖さんが、背中から抱き着いてきたのだ。たしかにいい話をしているところなのだが、オレは背中に押し当てられた感触に意識が向いてしまい、思考が止まりかけていた。柔らかい中に、硬い二つの感触。生はヤバい。生はヤバいって。


 身体を放してくれた静玖さんには、これ以上は遠慮してもらって、残りは自分で洗うことにした。さすがに、これ以上彼女に触れられていたら、どうかしてしまいそうな気がしたから。彼女は少し不満そうだったが、必死に頼み込むオレに、大人しく引いてくれた。


 改めて身体を洗い終えて、湯船の中、静玖さんの隣に座る。


「でも、記憶かぁ。この前は、見なかったんでしょ?」


「はい。今日だけです」


 この前と今日で違うことと言ったら、一度魔力摂取の経験があることと、今回は舌先を触れ合わせてしまったこと。


「他人に魔力を与える時って、粘膜を通して供給するのが最も効率がいいんだ。だから口を選んだの。もしかしたら、粘膜の接触がより多くなれば、魔力回路の接続が強くなって、他人の記憶に触れることができるのかもしれない。といっても、どちらにしろそれは、リンの固有の力だと思うけどね。普通はそんなこと、起きないから」


「粘膜、ですか……」


 口以外に粘膜って、どんな選択肢があったのだろう。鼻水とか? さすがにそれは嫌かもしれない。


「もう一回、やってみようか」


「今?! でも、今日はもう既に魔力をもらってるし……」


「だから、魔力なしで。魔力に関係なく、粘膜を介して他人の記憶を見られる力があるなら、それでも発動するはずだよ。そうなのかどうか、確かめるだけ」


 嫌だなぁ、そんな能力。静玖さんとかが相手じゃなきゃ、使いたくない。たとえば今日相手にした男とか、情報収集のために記憶見て、と言われても、正直やりたくない。


 静玖さんと向かい合うように座り、彼女がオレの上に跨るようにして、身体を寄せ合う。今まではこんな雰囲気でしていなかったから、まだ緊張も少なかった。でもこれは、それとはわけが違う。一言で言えば今の雰囲気は、最高にえっちなのだ。そんな中で、これから裸の美少女とキスをするんだ。絵面だけで言っても、最高にえっちなのは否定しようがなかった。

 でもこれは、あくまでオレの能力を確かめるため。そう言い聞かせるようにして、逸る鼓動を落ち着けようとする。


「ねぇ、リン」


「な、なんでしょう」


 彼女もどこか緊張しているようで、表情は少し硬い。


「目、閉じて。……さすがに、恥ずかしい」


「ご、ごめん」


 慌てて目を閉じると、すぐに唇に柔らかいものが押し当てられた。これではまだ、一回目の時と同じ。記憶を見るには至らない。


 少し口を開いて、彼女を受け入れる体勢を取る。彼女も同じようにして、入り口と入り口とが繋がった。そこをすれ違った互いの舌が、不器用に触れ合い、絡む。互いの舌を味わうように、互いの粘液、粘膜の味を嗜むように、絡み合う。まだ、記憶を見るには至らない。


 身体の奥から熱くなって、頭の中が真っ白に溶けていく。少しずつ、彼女の身体がオレの方に寄っていく。体勢がキツいのだろうか。思い切ってオレは、彼女の身体を抱きしめる。オレと同じくらいの身長なのに、オレよりも細く、脆く感じた。

 お風呂のお湯がぬるく感じるくらい、彼女の身体が温かく感じる。触れれば溶け入るような、新雪のような柔らかい肌。オレに預けられる、彼女の体重。全身で彼女を感じる。


 彼女が口を放したところを、逃がさないようにふたたび唇に吸い付いた。まだ、もっと。このままでいたい。彼女もオレを拒まず、受け入れてくれた。愛おしそうに、オレの頭を抱え、すりすりと撫でてくれる。そのままオレの肩へと手が移り、滑るように、胸元へ触れる。

 オレの肩に掴まるようにしていた手が、オレの首に回され、彼女の方からもぎゅっと抱きしめてくれる。


 幸福な密着感。身体ごと彼女と一つになったような。彼女と触れ合っている面積が増えれば増えるほど、鼓動の高鳴りと幸福感は増していく。こんな感覚、今までに味わったことがあっただろうか。


 幾ばくかの時間が過ぎて、どちらともなく唇を放した。蕩けたような艶っぽい眼差しでオレを見つめ、小さく、バカ、と吐き捨てる静玖さん。


「……何か見えた?」


「……いえ、何も」


 残念ながら、魔力の接続なしでは記憶を見れないことがわかった。それだけでも充分だと思えるほどに、このひと時には価値があったように思えた。


「そっか。……魔力供給のこと、記憶のことは調子たちにも話していいからね。魔力供給のことはもうばれちゃったし。でも、このことは……内緒にしてね」


 話せるわけがない。こんな秘密の時間を。オレが力強く頷くと、静玖さんは少し怒ったように言う。


「それと……あんなに激しく、したらダメだよ。絶対にダメ」


 思い返せば、自分でも不思議なくらい、強引だったと思う。いくら静玖さんが嫌がらなかったとしても、オレと彼女の関係ですることじゃなかったはずだ。理性が働いていなかった。あれでは、彼女の父と同じではないか。


「もうあんな風にはしないで。……わたし以外には・・・・・・・


「え……?」


「わかった?」


 有無を言わさず返事を要求されたので、わかったと返すしかなかった。

 そして、先に上がるね、と彼女はオレに何も言わさずに、さっさと一人でお風呂場から出ていってしまった。

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