第23話 時間の檻

 *



 何だ、今の……。映像……? いや、思念、みたいなものか。今のは、静玖さんの記憶、なのか……?


「……ん? どうかした?」


 彼女から口を離して、まじまじと見つめてしまっていた。だからか、彼女は不思議そうにこちらを見つめ返して、きょとんと小首を傾げた。


「いや、何でもない……」


「……そう。わたしは絢乃のところに行くね。危ない時は、すぐに呼んで。絶対守るから」


 彼女の記憶を見たせいか、その言葉の重みが違って感じた。

 あの記憶が実際に起きたことなら、静玖さんは……どんな気持ちでオレと一緒に風呂に入って、どんな気持ちでオレと口づけを交わしたのだろう。


「悪いねー、静玖。わたしだけじゃ押し切られるわ、これ」


 絢乃さんの珍しく弱気な発言が聞こえて、はっと我に返る。

 ここは戦場だぞ。余計なことに気を取られていたら、自分の命も仲間の命も危険に晒すことになる。オレが見た記憶のことはあとで調子さんにでも聞けばいい。今は目の前のことに集中しろ。


 あの影がいたところを見ると、やはりそこにいたのは生身の人間。どこにでもいそうな、長髪で長身の、痩せた男。ただ目つきだけはギラついていて、とてもまともとは思えなかった。


 絢乃さんがその手に作り出した刀で男の腕を斬り付け、斬り落とした。目を覆いたくなる光景ではあるが、むしろ興味深い光景でもあった。切り口から、血が出ないのだ。それどころか、斬り落とされた腕はすぐに塵となって消滅した代わりに、傷口から新しい腕が生えてきたのだ。


「再生……!?」


「切っても切っても生えてくるんだから、消耗戦になったら不利だよなァ、燃費の悪い<一騎当千アブソリュートアリア>はなァ」


 魔法少女ごとの特性を理解しているのか、こいつ。オレもまだよくわかっていないのに。とりあえず、絢乃さんとは相性が悪いということはわかった。でも、無尽蔵に再生する相手をどうやって退ける? 静玖さんが援護に入ったとして、結局決定打がなければジリ貧になってしまう。


「まあ、そういうこと。だから静玖、力を貸して」


「へェ、お隣のお嬢ちゃんは何かな、何かなァ?」


 舐るようにしながら男は身体から黒い影を放出して、鋭い一本の槍のように、静玖さんへ向けて突き出した。

 あいつ、自分の心象虚像をコントロールして武器にしてるのか。黒い心象虚像は悪意の塊。それがエネルギーなのかどうかはわからないが、人間に当たれば廃人化は避けられない。魔法少女といえど、ぶつけられればたまったものではないだろう。

 しかし、突き出された槍は静玖さんに当たる前に、何かに弾かれたようにひしゃげて飛び散った。


「ひュ~、<金剛絶壁インビジブルイージス>か。“繚花フロレアール”だね、お嬢ちゃん? ……そうかそうか君が」


 何が可笑しいのか、男は耳障りな乾いた笑い声を響かせる。と、目を細めて、獲物を見定めるように、静玖さんを認めた。


「フフフ……たしかになァ、奴の言う通りだ。可愛いなァ。触りたいなァ。お持ち帰りしたくなっちゃうなァ」


 男は下卑た視線を静玖さんに浴びせ、それを一身に受ける静玖さんは呆然と立ち尽くしてしまっていた。オレに流れてきた静玖さんの記憶が思い起こされる。間違いない。この男は、静玖さんの過去を知っている。一体どこまで、何を知っているんだ。一体、何者なんだ、この男は。


「えェ? どうした、静玖ちゃん。震えてるのか? 怖いのかァ? 可愛いなァ」


「静玖、耳を貸すな」


 音もなく気配もなく、静玖さんの隣に現れたのは、調子さんだった。少し遅れて、霧摘さんも視界に入る。


「“火苑”はそろそろ限界だろうが、それでも三人相手はちとキツいな……。まぁ収穫もあったからなァ。手ぶらってわけでもないし、いいだろ」


 息を切らして膝を立てている絢乃さんと、彼女を庇うように寄り添う静玖さん。そして後からやってきた調子さんと霧摘さんを一通り眺めた男は、少し思案したように独り言ちた。


「随分と余裕だな。……逃がすとでも?」


 男が逃走を図ろうと足元に力を込めたその一瞬、調子さんがパチンと指を鳴らす。すると、男の動きが止まった。瞬きをすることもなく、ぴくりとも動かない。これが調子さんの能力なのだろうか。……さすがに、死んだわけではないだろうな。


「凛太郎、おまえ、わたしたちが見えているな? どうやって……というのは後で聞くとしよう。おまえも手を貸してくれ」


 この状況では隠し通せるわけもない、か。静玖さんには申し訳ないが、この場は調子さんがいなければ無事に切り抜けられたかもわからない。バレてしまったくらいで済んだなら、安いものだろう。


 手を貸してくれ、というのは、この男を運ぶことだった。静玖さんに魔力をもらったことで、今のオレは虚界に足を踏み入れているらしく、魔法少女と同じく一般人からは見えないのだという。変身する前の調子さんたちには、感知はできても見えはしなかったそうだ。


 近くに取り壊されていない廃屋があり、男はそこへ連れていくことになった。霧摘さん曰く、その廃屋はこういった尋問をする時に連れ込む場所として利用しているそうだ。


「尋問って、そんな頻繁にあるんですか?」


「頻繁にはありませんが、この間のように洗脳が必要な時ですとか、ちょーっと事情を聞きたい時とかに利用している程度ですわ」


 言い方に含みがある感じからして、あまり良い使い方はしていないのかもしれない。


 廃屋に着いて、物理的に縄で縛り上げた後、霧摘さんが結界魔法とやらで閉じ込めたらしい。らしいと言うのも、オレにはその結界自体は見えなかったのだ。静玖さんからもらった魔力では、そこまでは感知できないのかもしれない。

 そういえば、今回はどれくらいつだろうか。できれば最後まで見届けたいが。


「じゃあ、“時間の檻”を解くぞ? 警戒は怠るなよ?」


 調子さんの言葉に、皆が一様に固唾を飲みながら、うなずいた。彼女がもう一度指を鳴らすと、男は息を吹き返したように目を見開いて、大袈裟に息を吸っては吐いてを繰り返した。


「こんな感じなのか、時間を止められるってのは。なかなか面白い体験だったぜ。ありがとう、“劫雨プリュヴィオーズ”」


「こいつ、わたしたちのこと……いや、魔法少女のことを知ってるのか」


「随分と乱暴な扱いじゃないか。お嬢ちゃんたち、こういうのが趣味なのかい?」


 男の戯言を無視して、調子さんが男に問う。


「お前のその力は何だ? 魔法少女のものか?」


「何を言うかと思えば……俺が少女に見えンのかい? 面白いことを言うねェ」


「お前が魔法少女かどうかは聞いていない。その力は、魔法少女から奪ったものかと聞いている」


 やはり調子さんが昨日話してくれた、魔法少女の研究。魔法少女は既に捕らえられていて、実験材料にされているという仮説。それはもしかしたら、仮説ではなく、現実なのかもしれない。調子さんも、目の前の男を見てそう思ったのだろう。


 しかし当の男は、調子さんの問いを軽く笑い飛ばすだけだった。


「使いモンにならない“火苑”と、守るしか能のない“繚花”に、戦闘要員でもない“劫雨”、“天恵フリュクティドール”。四人いるったって、冷静に考えれば怖くはねェんだよなァ。逃げるには厄介だが……殺すなら、訳ねェんだわ」


 男はいとも簡単に縛を解き、張られているはずの結界を破ってこちらへ一歩、また一歩と歩み寄ってくる。なぜ、と思ったら、隣で霧摘さんが膝から崩れた。何かを言う前に、大丈夫、と制されてしまう。だが、明らかに苦しそうに息を切らしていて、発汗もひどい。

 何が、何が起きているんだ……?


「静玖、三人守れる?」


 調子さんの問いに無言で頷いた静玖さんに促され、オレは霧摘さんを連れて、静玖さんの背に隠れる。絢乃さんは既に彼女の背にしゃがみ込んでいる。


「いくら燃費が悪いってもね、こんなに早く限界になるわけないんだよ……」


「……わたくしもそうですわ。結界を破られたというより、弱体化させられた……ような」


 二人とも共通して、最初は通用していたのに弱体化させられて、看破された。その二人の情報から導き出される奴の能力の特徴は、相手の力を奪うことなんじゃないか?

 静玖さんの能力は守ることに特化しているようだけど、力を奪われたらそれもいつまでつか……。何より、調子さんだって、あいつを一人で相手できるわけない。


 瑠璃子さんか、可淑さんがいれば……また違うだろうか。

 これだけ魔法少女が揃っても、敵わない相手もいるのか。魔法少女は異次元の存在だから、一般人のオレからすれば万能の超越者のように思っていた。でも、彼女たちも最初に言っていたはずだ。魔法が使えるといっても使い放題というわけではないし、万能ではないと。


 とにかく、何か打開策を考えないと。それくらいしか、オレがここにいる意味はないんだから。


「……調子さん、まだ力使えますか?」


「“時間の檻”のことか? そうだな……持たせられて、もう一回、三十分程度といったところか。何か考えがあるのか?」


「考えというほどのものじゃないですけど……ここは撤退しませんか?」


 オレの提案に、調子さんは珍しく狼狽え、声を荒げた。バカ言うな、と。

 調子さんの考えもわかる。みすみすこいつを取り逃がすのは惜しい。特に調子さんたちにとっては、ずっと追ってきた存在に近付く大きな手掛かりになるはずだから。


「相手の底が知れない上に、こっちは手負いを二人抱えていて、そのうえ……オレも足手まといです。状況的にはどう見てもこちらが不利。調子さんが消耗してからは、撤退するのも難しいかもしれない。だから、選ぶなら今なんです」


 調子さんの中でも恐らく迷いはあったはずだ。ここで退くべきか、限界まで戦うべきか。でも調子さんは頭がいい。リスクリターンの計算を誤るような人ではない。だから、彼女はオレの言葉を聞いて、幾分も悩まずに答えを決めた。


「……わかった。三人もいいな?」


 調子さんの問いに、静玖さんたちも頷く。

 男が何かごちゃごちゃ言う前に、調子さんはさっさと指を鳴らして再び男の動きを止めた。その隙に、静玖さんが絢乃さんを、調子さんが霧摘さんを支えながら、廃屋を出る。


 オレは男をじっと見据えて、それから皆の後に続いて廃屋を出た。奴の心象虚像は少し色が違う。一般的な黒や灰色などのモノトーンな影とは違う。青黒い色だった。たぶん、またどこかで見かけてもすぐにわかるだろう。

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