第22話 静玖―深層Ⅰ

 *



 痛い。痛い。苦しい。嫌だ。誰か。暗い。やめて。怖い。どうせ。嫌だ。痛い。やめて。どうして。お願い。誰も。離して。怖い。冷たい。やめて。痛い。痛い。痛い。痛い。助けて。誰か。殺して――……。


――ありがとう。



……



「ああ、可愛いなぁ、静玖。ほら、お父さんだよ」



 この男の人はわたしの父らしい。父というものが何なのか、わたしにはまだよくわからない。でも、たくさんわたしのお世話をしてくれる。わたしを可愛いと言って、大事にしてくれる。


 でも、時々ちょっと怖い。


「どうして触れさせてくれない? 俺はお前のお父さんなんだぞ」


 わたしはどうやら、誰かに触られないようにすることができるらしい。お母さんがくれた力なんだって。怖い時は、これで自分を守りなさいって、お母さんが教えてくれた。


 だけどお父さんは、そんなわたしが少し怖いみたいだった。わたしはお父さんが嫌いじゃなかったけど、ちょっと怖い時は、触られないようにしていた。それが、たぶん、お父さんは嫌だったんだと思う。



……



「どうしてだ、静玖。こんなに愛しているのに」


 お父さんは、たまに泣いていた。怒ったり、泣いたり、笑ったり。


 でも、わたしは笑わなかった。どう思っていいか、わからなかったから。わたしは自分の気持ちがわからなかった。お父さんのことを本当はどう思っているのか、わからなかった。



……



「何が気に入らない? なんとか言ったらどうなんだ」


 それからお父さんは、わたしのことをよく殴るようになった。蹴ったりもした。でもお父さんは、わたしに触れられないから、わたしはケガをしたりはしない。でも、殴られれば突き飛ばされたように転んでしまう。転んでも、わたしはどこにもぶつからないから、ケガはしない。それが面白いのか、お父さんは笑っていた。


「父をそんな目で見るな! いい加減にしないか! この出来損ない!」


 お父さんをどんな目で見ていたのか、自分でもわからない。お父さんはわたしを殴るけど、わたしを可愛いと言ってくれた。でも突然怒って、やっぱりわたしを殴る。痛くないけど、痛い。やめてほしかったけど、わたしはお父さんにどうなってほしいのか、わからなかった。


 だから、何も言わなかった。何も言えなかった。



……



「お前なんか可愛いだけで、何の役にも立ちはしない! なんでそんなに可愛いんだ、お前は。こんなに可愛いのに……!」


 お父さんはそのうち、わたしが可愛いことにも怒るようになった。わたしはどうしていいのかわからなかった。たぶんお父さんは、わたしを愛してくれていたのだ。どうにかわたしを痛めつけようとするけれど、そんなお父さんは、きっと何よりもわたしが大事だった。


 だから地震があった時も――どんなに小さな揺れの時でも――お父さんは真っ先にわたしを心配してくれた。家が崩れてもわたしは大丈夫なのに、何もわたしに触れられないのに、わたしを抱きしめて、大丈夫、大丈夫、と言ってくれた。



……



「せめてその可愛さを、俺のために役立てろ」


 ある時、お父さんに言われた。服を脱げ、と。何のためなのかはわからなかったけど、言う通りにした。言う通りにしないと殴ると言われたけれど、わたしは別に、殴られても構わなかった。どうせわたしには触れられない。わたしは傷つかない。


 わたしが心配したのは、お父さん。お父さんは触れられないわたしを殴り続けて、その手はもうボロボロになっていた。これ以上、お父さんにわたしを殴らせたら、お父さんの手は壊れてしまう。そう思った。だから、言う通りにした。


 お父さんも服を脱いで、わたしに触れる。でもやっぱり、触れられない。触れられないけれど、わたしの身体の輪郭をなぞるように、お父さんが撫でる。と、お父さんはわたしを押し倒し、抱き着いてきた。


 何をされたのか、その後のことはよく覚えていないけれど、お父さんは満足そうにしていたのは覚えている。



……



 またある時、痛みで目が覚めた。本当に痛かった。お父さんに殴られたのだ。


 いつものわたしはずっと力を使いっぱなしにしていたけれど、オンオフがもっと細かくできるようになって、試していたせいで、力を使いそびれていた。


「なんだ、触れるようになったのか」


 お父さんは嬉しそうだった。殴られたところはすごい痛かった。いつも、本当はこんなに痛かったんだ。わたしはずっと、こんなことをされていたんだ。


 髪を引っ張られ、また殴られる。力を使おうとすると蹴られて、痛くて集中できない。痛みに蹲っていると、お父さんは無理やりわたしの服を脱がそうとした。


「嫌だ……やめて……!」


 本当に触られるのは嫌だったから、お父さんを引きはがそうと押し返しても、まるで歯が立たない。お父さんはこんなに力が強かったんだと、初めて知った。


 抗うことができないまま、わたしは裸にひん剥かれて、お父さんも服を脱いで裸になる。

 またあの時と同じことをされるんだと思ったら、怖くなった。前はどうせ触れないと思ったから、されるがままになっていただけ。触られるなら話は違う。


 お父さんは無理やりに、わたしの口に唇を押し付ける。きゅっと固く結んだわたしの唇を舐めて、吸いついてくる。


「シズクから離れなさい!」


 どこから現れたのか、部屋にやってきたのは、絢乃あやの。いとも簡単にわたしからお父さんを引きはがして、間に立ちふさがる。――絢乃、変身してるんだ。


「パパに言いつけたから。もう大丈夫」


「おいおい絢乃ちゃん、今いいとこなんだから、そこをどいてくれない? いい子だから」


 お父さんは、絢乃にゆっくりと歩み寄ってくる。嫌だ。絢乃までお父さんに何かされたら……。


「嫌だ。シズクは嫌がってる」


 なおも絢乃はわたしを背に隠して動こうとしない。


 大丈夫だから、やめて。そう言っても、絢乃は聞いてくれない。


「嫌がってない。そいつに自己主張などないんだからな。静玖は俺のものだ。返せ」


 絢乃が立ちはだかってくれている間に、わたしは力を使うことができた。

 お父さんに手をかざして、魔力の波を浴びせる。普通の人は、これで気を失うとお母さんから昔教わった。どうしても怖い時にだけ使うようにと、言われていた。


「わたしに、触らないで……!」


 お父さんは膝から崩れて、その場に倒れた。大丈夫、生きてはいる。

 わたしも、少し安心したら、足に力がはいらなくなって、その場にぺたんと座り込んでしまった。

 そして段々、意識が遠くなって……。

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