第21話 襲撃者

 翌朝、今日から週が明け、いつも通り学校がある。いつもの平日通りに早く起きて、ついでにみんなの朝食を用意しておいた。頼まれればお弁当も作ることはできるが、生憎あいにく頼まれていない。各自でどうにか調達するのだろう。


 彼女たちも一部は今日から学校があるらしく、制服に着替えてリビングに降りてきた。調子つきこさん以下の姉妹は高校があり、可淑かすみさんと瑠璃子るりこさんは大学があり、柊菜ひいなさんだけが、学校に通っていないそうだ。彼女一人を家に残していくのは不安だが、何も起きないことを祈るしかない。


「行ってきまーす」


 家から学校までオレが一番近いため、家を出るのも後の方になり、講義の開始時間が遅い瑠璃子さんと可淑さんに見送られて、家を出た。


 今日からいつも通りの日常に戻ると思っていたけれど、既にいつもとは違う。こうして誰かに見送られるだけで、一日のやる気がこんなにも違うとは。


 学校があるときでも、オレには変わらず心象虚像ゴーストが見える。こっそり携帯を持っていって、本当にヤバそうな状況だったら連絡してくれれば誰かしらが向かうと言ってくれた。とは言え、オレもできればそんな状況には遭遇したくないし、彼女らを無理に呼び出したくはない。以前のように、できるだけ心象虚像を意識しないで生活するようにしよう。


 そうは思ったのに、学校で友達のいないオレは、誰かと話をするわけでもなく、退屈な時間はぼうっと心象虚像に目を向けてしまう。


 彼女たちと過ごした三日間は、時間が過ぎるのもあっという間だったのに、今日はやけに一日が長い。早く退屈な授業が終わって、家に帰りたい。彼女たちのいる家に、帰りたい。

 こうして改めて学校生活を送ってみても、気持ちが変わることはない。変わるはずがないのだ。考えるまでもなかった。オレは元より普通と違うんだから、オレのいるべき日常は、ここじゃない。



 ようやく長い一日が終わって、放課後になった。オレは心なしか早足になって、帰り路を急ぐ。

 家に残してきた柊菜さんが心配だ。何もないといいけど。他の姉妹はもう誰か帰ってきているだろうか。そんなことを考えながら、いつも通りの道を行く。そのはずだった。


 ふと見えた、黒い影。いつも見えているものとは明らかに異質で、目的を持ってある場所へ向かっているように見えた。

 いや、そういう影が見える時もある。でもそれは、もっと煙のように、ゆっくりと、ゆらぁっと流れていくんだ。これは違う。生き物のように、駆けるように動く。強い悪意を感じないのに、ただただ目的意識が感じられる。


 初めて目にするものに、オレは思わず後を追いかけていた。時折動きを緩めて、辺りを警戒しているようだったので、見つからないように咄嗟に隠れた。明らかにおかしかった。だって心象虚像は、“見られてる”と思って動くことなんてない。


 そこで、昨日の調子さんの話を思い出した。あれは残留思念なんかじゃない。人間そのものだ。心象虚像の皮を被った人間に違いない。

 調子さんの話を聞いていたから気付けたが、今までも見過ごしていただけで、オレの前に現れていたのかもしれない。ただそれと認識していなかっただけで。だから昨日の今日で現れたんじゃなく、実はもっと身近に潜んでいたのかもしれない。


 悪い癖で、夢中になり過ぎて連絡を忘れていた。調子さんのことを思い出して、気が付いた。オレはもう一人じゃない。何かあれば、助けてくれる。手が届くのに見過ごすだけなんて、もう嫌だ。

 連絡によると、学校帰りの絢乃あやのさんと静玖しずくさんが近くにいるらしい。すぐにこっちに向かってくれるそうだ。オレが異質な影の様子を報告すると、調子さんと霧摘さんもすぐに向かうとのこと。

 後で聞いた話だが、彼女ら四人は同じ高校に通っているらしい。学力には差がありそうなのに、不思議なものだ。


 すると怪しい影は、不意にこちらへ翻って、鋭い棘のようなものを伸ばしてきた。間一髪のところで避けたものの、バランスを崩して尻餅をついてしまった。もう一発やられたら、次は避けられない。


『お前、見えてる・・・・な?』


 どこからともなく、そんな声が聞こえた。男のようでも女のようでもある、ノイズがかかったようなぼやけた声。

 向こうが攻撃してこないうちにオレは立ち上がって、目の前の影に意識を集中する。今の声は、こいつが発したのだろうか。いや厳密には、こいつの中身、というべきか。今オレが避けたのを見て声を発したということは、それを認識することができるということ。やはり、中に人が入っているのだろう。


「お前こそ何なんだ。何が目的なんだ?」


『何か知ってるな? 報告……いや、処分・・しておくべきか』


 嫌な予感がして、一気に背筋が凍えた。気を抜いたら、腰から下の力が抜けて、その場に座り込んでしまう。


――殺される。


 本物の殺意を向けられるというのが、これほどまでに恐ろしいものだとは思ってもいなかった。


変身スタイルチェンジ! “火苑テルミドール”――起動アクティベート!」


 少し遠くからそんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬きの後には、オレの前に絢乃さんが立ちはだかっていた。


「絢乃さん……変身するところ、見られちゃって良かったの?」


「いいんだよ。どうせ顔出ししてるんだから」


 敵に正体を明かせば狙われるかもしれないと思いはしたが、よく考えればわかることだった。冷静でいるつもりだったけど、自分で思っているより頭は働いていないらしい。


『火苑の魔法少女……“新世代ウィッシャルト”か』


「なぁに、そんなカッコいい呼び方されてるの? わたしたち」


見える・・・少年に、“新世代”……思わぬ収穫だ。あいつらもさぞ喜ぶだろうよ』


 絢乃さんの言葉には耳を貸さないらしく、もやもやとした黒い影は徐々に黒さを増していっていた。


「人の話、聞けっ!」


 ふっと絢乃さんの姿が消えたかと思いきや、影の形が歪む。絢乃さんと影の主は、オレには見えない世界・虚界アニマで戦っているのだろう。


「大丈夫。絢乃は強いから」


 気付けばオレの背後には、いつの間にか変身していたらしい静玖さんがいた。絢乃さんの凄まじい強さは、オレもこの間新宿で見た。だから大丈夫だと、オレも思いたい。でも相手が人間だったら……? 心象虚像相手とは勝手が違うだろう。たぶん絢乃さんは、相手を殺せない。だから、トドメを刺せずに苦戦するかもしれない。

 ちらと静玖さんの方を見てみる。彼女も気が気でないのか、額には汗が滲みつつあった。


「あの……」

「ねえ……」


 声が重なった。たぶん言いたいことは同じだろう。だから、もう言葉はいらない。互いに視線を交わらせて、小さく一度頷く。そして、どちらからともなく、唇を寄せた。


 今のオレは完全な足手まといだ。静玖さんだって、絢乃さんの援護に行きたいだろう。オレが相手の姿を見えていたら、まだ立ち回りは変わる。それにこの間みたいに、何か弱点が見えるかもしれない。だから、副作用なんて気にしている余裕はなかった。


 静玖さんの唇は柔らかくて、少しだけ、舌先が触れ合った。触れ合ったその一瞬に、何かがオレに流れ込んでくる。何だろう、これは——記憶?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る