第18話 「さらに上の次元へ、魔法少女の無限の可能性」
リビングには
彼女らが来てから、二階に上がるのは初めてなのだ。自分の家の二階のはずなのに、なぜか緊張する。上の階は完全に乙女の空間になっていると思うと、余計に踏み入れ難かった。
しかし上がってみれば何のことはない。殺風景な狭い廊下に、三つの部屋の扉が見えるだけ。あと二階のトイレとクローゼットもあるが。いや、突き当りに姿見も置かれている。見回してみれば、知らない間に使いやすいように物が置かれているらしかった。
部屋にはネームプレートが提げられており、調子さんの部屋はすぐにわかった。真ん中の一番狭い部屋で、
ノックすると、霧摘さんが部屋のドアを開けてくれた。が、警戒したように少しだけ開けて、こちらの様子を窺ってくる。
「あら、
他の姉妹は部屋の出入りの際にノックをしないのだろうか。思い浮かべてみて……二人の他には
「一応女の子の部屋に入るのに、ノックした方がいいと思って」
「いい心がけですわね。ですが、“一応”は余計ですのよ」
“一応”は“女の子”を修飾したつもりはないんだけど、怒られてしまったものは仕方がない。すみません、と謝罪すると、霧摘さんはドアを開いて中へ通してくれた。
部屋の中はダークブラウンの木製の家具が色調の中心になり、全体的に暗い色でインテリアが構成されていた。落ち着いた雰囲気の彼女らに似つかわしい様相と言えるだろう。
「おはよう、なのかな。もう昼だけど」
「すみません、遅くなって」
「いいよ。昨日は流石に疲れた? 新宿に行ってきたんだろ? できればその時の話も聞きながら、わたしの話もしたいと思ってね」
昨日の話、
とりあえずカーペットの上に座っていると、調子さんが壁に立てかけてある折り畳みの小さな座卓を持ってきた。そこに、霧摘さんも一緒に並んで座る。
調子さんは座卓の上にオレのノートを広げ、机からノートパソコンを持ってきて、一緒に見せてくれた。
「まずは預かってたこれ、とてもよくまとめられてると思うよ。正直、色々話すのはやめとこうと思ってたんだけど、これを見て気が変わったくらい。自覚がないかもしれないけど、おまえはわたしたちと出会う前から、もう戻れないところまで踏み込んでいたみたいだ。これを見る限りね」
オレも、多少無茶をした自覚はある。でも、引き返せないところまで来ていたとは思わなかった。今のところオレの命が無事だったのは、奇跡的な偶然だったのかもしれない。
「具体的にはまず、この件」
そう言って、ノートのとあるページを指差した調子さん。中身を読み直して、段々と当時のことを思い出してきた。
まだ小学生だった頃のことだ。黒い影を夢中で追いかけて、迷子になって帰れなくなるところだった時だ。たまたま線路沿いを歩いていたら知っている駅に着いたので、そこから無事に帰ることができたんだったか。
「おまえがこの時見たのは、黒い影がとある家の中に入っていき、少しして出ていった。そんな光景だが、実際には、この時この家では一家四人が死亡している。それも、原因不明の突然死だ」
そう言って、ノートパソコンの画面を見せてくれる。そこに表示されていたのは、当時のニュース記事。たしかに、調子さんが言ったようなことが書かれている。
原因不明の突然死とはいっても、何者かに殺害された可能性が高いということ。しかし警察の調べでは家に何者かが侵入した形跡がなく、殺害されたと断定するには証拠が不十分過ぎること。また、全員に他殺と思われる傷——それもほとんど即死に近い——があることから、無理心中の可能性は低いということ。
だが、その全てを解決できる答えが、
「他にもいくつかの殺人の疑いのある事件現場、それから誘拐事件など、多くの未解決事件の真相が心象虚像が関与しているものだと、おまえは知らず知らずのうちに知ってしまっている」
「心象虚像が見えるということは、人の悪意が見えるということ。なら、それを辿っていたら、多くの事件現場に居合わせてしまうのも無理ないですわ」
しかしここで一つの問題がある、と調子さんは言う。
「心象虚像は基本、こちらの世界の物質に直接的に作用できない。つまりは、心象虚像が直接人を殺したり、人を誘拐したりはできないんだ。人の精神に作用して、人の意識を染めて、行動を支配する。だから、事件の犯人はちゃんと人間が存在することになる」
「でも、警察はその犯人を突き止められない。人間がやっている以上、証拠は残るはずです。なのにどうして……?」
「そう、そこだ。問題は。心象虚像の件を抜きにして、証拠を残さずに事件を起こせる方法がある。おまえも、その存在を身近に知っているはずだ」
そうして、一昨日の駐車場の一件を思い出す。あの時、霧摘さんはどこからともなく、駐車場に現れた。あれは、魔法少女に変身して、オレに見えない世界を移動して、そしてこの世界に戻ってきた。そこで初めてオレが彼女を認識できたから、そう見えたのだと思っていた。
それは裏返せば、心象虚像のいる上の次元——魔法少女の姿が見えなくなる次元とこの次元とを行き来すれば、少なくとも移動に関する証拠は残らない。凶器の持ち去りも容易だ。
だとすれば、犯人は————。
「気付いたみたいだな。でも言っておくが、わたしたちは犯人じゃないぞ?」
「……魔法少女って、他にもいるんですか?」
「魔法少女は全部で十二人。だから、わたしたちの他に、あと五人いることになる」
思っていたより多いな。いや、うちの二階に十二人のうち七人がいるという方が、よっぽど多い。
「心象虚像のいる次元をわたしたち魔法少女は“
「魔法少女からも、心象虚像が出るんですか?」
「鋭いですわね。わたくしたちからは出ませんわ。厳密に言えば、無意識的に出ないように制御しているんですの。ですから、魔法少女の力を使って虚界に出入りしている何者かの犯行。もしくは、魔法少女自身が犯人を手引きして、犯行の手助けをしている。などが考えられると思いますわ」
霧摘さんはそうは言っているが、ほぼ確信なのだと思う。調子さんも、恐らくそういった存在がいたことには気付いていたんだ。そしてオレのこの記録を見たことで、ほぼ確信へと変えた。
「二人は、犯人に心当りはあるんですか?」
オレのこの問いに、二人は揃って顔を見合わせる。この問いの答えを聞けば、引き返せないのだろうか。オレはとうに戻れないところまで踏み入れていると言っていた。それでも、できる限り深く関わらせないようにと気を遣ってくれているんだろう。でも、オレにそんな気遣いは無用だ。ここまで知ってしまって、ここで退くなんてことはできない。この先まで、真実を知りたくて仕方ないのだから。
「聞かせてください。オレはここで退くほど男を捨てているつもりはありません」
小さくため息を吐いて、調子さんはノートパソコンを操作して、とある画像を表示させた。何かの雑誌の切り抜きのようだ。
「当時は頭のおかしな戯言だと言われて、世間に相手にされていなかった。でも今、実際には科学者界隈で研究が盛んになっている分野がある。それが、“魔法少女”と“虚界”、そして“心象虚像”」
「科学者が、研究……? でもどうやって? 普通の人間には虚界へは行けないし、心象虚像を見ることだって……」
「では、実際に行ける者や見える者の
霧摘さんの言葉を聞いて、雑誌の記事が真実味を帯びて見えてくる。
『さらに上の次元へ、魔法少女の無限の可能性』――そんな記事が書かれている。
実際、昨日オレも静玖さんに魔力を与えられて、見えないはずの魔法少女が見えるようになったり、テレパシーが使えたりした。力を与えられれば、誰でも魔法が使えるのかもしれない。だとすれば、誰もが魔法少女の力を使えるようになれば――そう考える者がいても不思議ではない。
「魔法少女は不死身ではないけれど、ある程度は頑丈にできているし、何より個人からエネルギーが得られる。実験できるなら、これほど面白い素材もないだろうね。加えて、未知の領域・虚界と、未知の現象・心象虚像ときたもんだ。魔法少女が人である以上、それを利用しているなんて公にはできない。でも、研究仲間にはわかる形で同志を集めたい。それがこれだよ」
とんとん、と指先で記事が表示された画面を叩く調子さん。その目に宿る感情はどういうものなのか、オレにはよく理解できなかったが、とても強い意志を感じた。
「わたしたちが魔法少女だと奴らに知れれば、実験材料として生け捕りにしようと接触してくるだろう。わたしたちは変身しても姿は変わらないからね。もしある程度自由に虚界へ出入りできるなら、わざと心象虚像を発生させてわたしたちをおびき出そうとするかもしれない。まだ彼らにどこまでの技術があるかはわからないけれど、そういった可能性を踏まえて活動しなきゃいけないんだ」
「それは、皆さん知ってることなんですか?」
「もちろんですわ。そのために、わたくしたちはここに集められたのですから」
それを言ったすぐ後で、しまったと慌てて口を押える霧摘さん。絢乃さんが同じことをするとわざとらしいのに、霧摘さんだとうっかりしていたのだと思わされるのはどうしてだろう。というか、その仕草がほとんど同じだったから、血のつながりは薄くても、本当に姉妹なんだなと一人感慨に
ごめんなさい、
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