第16話 静玖の見解

 * * * *



 左肩に圧し掛かる重みに気付いて、静玖しずくは大きく身体を揺り動かさないように、視線だけ向ける。耳元では、安らかな寝息が一定のリズムを刻んで聞こえてくる。


「……寝ちゃったね。今日は疲れたと思うよ。よく頑張った」


 彼の左隣に座る絢乃あやのが声を抑えて微笑み、凛太郎りんたろうの頭を優しく撫でてやっていた。


「絢乃は、どう思う?」


 相変わらず少ない言葉で絢乃に意見を求める静玖。

 絢乃の頭脳なら、何がどうとはっきり言わなくてもわかってもらえる。その甘えが高じてのもので、他の姉妹には通用せずに、わかりにくい子だと思われていたりする。


「普通に考えるなら、なんらかの理由でリンにも魔法の適性があるってことだよね。心象虚像が見えるのも、実は魔法的な能力によるもの。そう考えるのが自然だけど、シズはそうは思わないってこと?」


 絢乃が今回もしっかり言わんとしていることを理解してくれているのを確認して、静玖は無言で一度頷く。いつもなら、そこでさらに絢乃自身の見解を求めるのだが、今日は自分から口を開いた。


「体感では、リンに魔法の適性はない。でも、魔力を拒絶されなかった。それどころか、わたしの魔力を受容して、自ら魔法を使ってみせた」


「わたしたちは魂レベルで術式が刻み込まれてるから当たり前に使えるけど、何も知らないはずのリンは使えないはずってことね。シズが教えたのかと思ったけど、違うんだ」


 凛太郎の手がそっと静玖の手に重ねられ、軽く握られる。起こしてしまったかと思って耳を澄ませても、寝息のリズムは変わっていない。電車の揺れで手が動いてしまったのだろうと思い、静玖は優しく握り返してやった。


「絢乃が言った、魔力に蝕まれる危険は少ないと思う。でも、確かにちょっとずつ慣らした方がいいかも。万が一、リンの中に魔力が残って、無意識に魔法が使えたりしたら困るし」


「そもそも魔女でも魔法少女でもないのに心象虚像ゴーストが見えるこの存在自体が、特例中の特例極まりないんだから。色々試したくはあるけど、うっかり世界を滅ぼしちゃうようなことにならないよう、用心はしないとね」


「うん。しばらくは、“虚界アニマ”への干渉と、テレパシーくらいしかできないように調整してみる」


 いつも他人に意見を求めることの多い静玖にしては珍しく、自ら行動に出るような物言いに、絢乃は思わず聞き返してしまう。


「シズがやるの? リンの教育」


 うん、そのつもり、と真顔で言われて、絢乃は思わず静かに吹き出してしまった。絢乃は静玖から、凛太郎へ魔力供給を行った方法を聞いている。それを定期的に行うと、静玖は言っているのだ。静玖本人が、その行為についてどういう認識を持っているか――恐らくは深く考えていないだろうことがわかって、それを意識させたらどういう反応をするだろうと可笑しくなってしまったのだ。


「定期的にリンとチュッチュするってことでしょ? よくやるねぇ、シズも。あ、もしかして……実はリンのこと好きになっちゃった?」


 絢乃がわざわざからかうように言うと、静玖はみるみるうちに頬を赤らめていく。すぐに絢乃のちょっとした意地悪だと気付いて、静玖はじとっとした眼を向け、口を尖らせた。


「……絢乃のバカ。別に、そういうんじゃない」


「またまたぁ。じゃあ何であげたの? イチゴ」


「……いいじゃん、別に」


「わたしにもくれたことないのにー」


 いつもならそろそろ諦めそうなものなのに、意外にも絢乃が食い下がると見て、静玖はため息を吐いた。そして観念したように、ぼそぼそと呟き始める。


「……弟みたいで、可愛いと思って。それだけ」


「いや、年頃の弟とチュッチュするのは正常ノーマルじゃないと思うよ……?」


「知ってる。わたし常人ノーマルじゃないし。魔法少女だし」


 屁理屈たっぷりの言い訳に、絢乃は少し納得もしてしまう。

 確かに魔法少女ってだけで異常だし、魔法少女には正常でない人も多い。その因果関係は不明だが、魔法少女なんだし異常でもいいんじゃない? 絢乃にはそんな考えが既に出来上がっていたから、静玖の答えは絢乃を黙らせるのにはむしろ効果的だった。


「本当はこの件、ルリ姉とかにも話して協力してもらった方がいいと、あやのんは思うんですよね。でも静玖はそれだと嫌?」


「……リンもそうした方がいいと思うなら、わたしは口出ししない」


「あーあ、せっかく静玖にも自己主張ができたと思ったのに、ここで引っ込んじゃうかぁ」


 どうやら絢乃も単に意地悪がしたかっただけではなく、普段から自分の意見を主張しない静玖が、自分の意見を突き通そうとするんじゃないかと期待していたらしい。結果的に、最後の最後で投げてしまったとはいえ、絢乃は静玖の確かな成長を感じていた。


「まぁいいや。わたしからは何も言わないから、静玖の口からリンに説明して、お姉さま方に言うかどうか決めたらいいよ」


「ありがとう、絢乃」


 そろそろ起こさなきゃね、と絢乃が凛太郎を揺り起こす。まだ寝ぼけているのか、静玖と手を繋いだままの凛太郎を連れて、何事もなかったように帰宅した。



 * * * *



 湯に浸かりながら、ぼんやりと、今日あったことを反芻してみる。


 なぜか静玖さんからは、今日のことは誰にも言わないようにと釘を刺された。本当はやってはいけないことだったんだろうか。絢乃さんもオレの身体に異常がないのか心配してたし、瑠璃子るりこさんたちにバレたら怒られたりするのかもしれない。


 静玖さんに力をもらってから、世界の見え方が変わった。いつもより心象虚像がはっきり見えて、そして逆に普段はっきり見えている人や物質の方がぼやけて見えるような、そんな感覚。ピントが変わったと言うべきだろうか。


 それにしても、あれが魔法少女の戦いなんだ。今日の相手は大物だと絢乃さんは言っていた。昨日駐車場で相手にした心象虚像は、さすがにあれよりは弱かったとはいえ、結構手こずっていた。


 そういえば、可淑かすみさんが瑠璃子さんは魔法少女としては天才的って言ってたっけ。あれはどういう意味なんだろう。もし見せることができたなら——そうも言っていた。静玖さんには黙っているよう言われたが、もしできるなら、瑠璃子さんの戦いも見てみたい。オレの知らない世界のことを、もっともっと知りたい。そう思ってしまう。



 風呂からあがって、少し考えようと部屋に籠っていたが、今日はどうもダメだ。考えが纏まらない。まだ二十時過ぎだっていうのに、眠くて仕方がない。

 帰りの電車の中でも眠ってしまったし、やはり絢乃さんの言う通り、身体に負担がかかっていたのかもしれない。


 変なところで寝たら、身体を痛めるかもしれない。せめて、ちゃんとベッドで寝よう。そう思って、ベッドに倒れるように横になる。目を閉じれば、朝まで起きられない気がする。それほどまでに、身体が重い。怠い。


 明日起きたら、絢乃さんと静玖さんに、今日のことをちゃんと聞こう。


 それにきっと、この間の風呂でのことも、今日のことも、静玖さんは気にしてないんだろう。だから、オレも気にしないようにしなきゃ。忘れてしまった方がいい。もうどんな感触だったかさえ思い出せないのだから。


 ……もったいない。

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