第15話 経口摂取
やがて、頭上の黒い繭に異変があった。表面がズタズタに引き裂かれ、中から悍ましいものが姿を見せる。イモムシのようなうねうねとした肉片のようなものから、無数に人間の腕が生えている。
その腕は無造作に伸びたり縮んだりして、空を薙ぐように振り回されている。しかしそれを見ていると、その腕が次々と切り落とされたように鋭利な切り口で消えていく。もしかしなくてもこれは、
それと同時に、切り落とされた腕の一部が消えないまま地上に落ちていく。あれだけの濃密な
二人とも、オレがいなくても完璧な連携で、巨大なイモムシを徐々に追い詰めていっていた。このペースでいけば、もう数分もしないうちに片付くだろう。最初は見ているだけで足が
するとその時、巨大なイモムシが破裂したように辺りに飛び散る。その中から、人型の心象虚像が出てきて、どうやら絢乃さんと交戦しているようだった。動きは素早くて、目で完全には追いきれない。
そうだ、飛び散った破片は……。見てみると、一つずつ消えていってはいるが、いくつかは地上に落ちてしまっている。あれだけの数が一斉に飛び散ったんだ。さすがの静玖さんでも捌き切れなかったのだろう。
「静玖さん! こっち、小さいけどまだいます!」
あらかた片付いたが、まだ残っているのが見える。静玖さんには見えていないのかと思って、声を張り上げる。彼女はどこにいるだろう。聞こえるだろうか。
「静玖さん! 聞こえますか!」
「聞こえてるよ。ああもう、いちいち面倒くさいな……」
彼女はオレの目の前に現れ、上半身だけ姿を見せたかと思ったら、唐突にオレに両頬を掴み、ぐっと引き寄せる。そして、彼女の唇がオレの唇に押し当てられた。
力任せに押し当てられた唇が、やがて、力任せに放される。その感触を味わっている暇などなく、オレはパニックに陥りかけていた。やけに顔が熱い気がする。いや、顔だけじゃない。身体中が熱い。
『聞こえる?』
脳に直接響くようで、どんな雑音もかき分けて耳へ直接入ってくるようでもあるように、静玖さんの声が聞こえた。耳元でささやかれているみたいで、なんだかくすぐったい。
聞こえる——そう口に出そうとして、静玖さんが自分の頭をとんとんと、人差し指で叩いているのが見えた。
『聞こえます』
頭の中で、静玖さんに届くようにイメージしながら、念じてみた。たぶんこれは、テレパシーみたいなものなんだろう。どうしてこんなことができるのかはわからないけど。オレのやり方は合っていたようで、静玖さんは静かに頷いた。
『これでわたしに指示をくれればいいから。たぶん少しの間、わたしのことも見えるはず』
そう言うと、静玖さんはさっきオレが指示した心象虚像の元へ向かった。幸い、あの心象虚像はまだ近くの人に被害を与えていなかった。静玖さんが豪快に蹴りを食らわせると、心象虚像は粉々になって、消滅した。
確かに静玖さんの言った通り、彼女が心象虚像と戦っているところが見えた。普段だったら彼女らの姿は見えず、やられる心象虚像だけが見えたはず。
『次は?』
静玖さんからテレパシーが飛んできたことで、オレは一気に冷静さを取り戻し、辺りへ視線を向ける。
『二つ先の信号を右折した先に一体、そこの右手の建物の影に、一体逃げ込みました』
静玖さんは風のように駆けて、あっという間に目標のポイントに到着し、まず一体を蹴りで撃破。今度はその位置から手のひらを建物の影に向けて、一筋の光線のようなものを射出した。
魔法少女ってマジなんだ、とこの瞬間に思った。それっぽいビームを出す前は、結構物理で戦ってるんだなとか思ったけど、一気に自分がフィクションの世界に迷い込んでしまったような現実離れした感覚に陥った。
『今ので最後だったみたいです。感覚的にも、大きな反応は感じません』
『わかった。絢乃の援護に行くから、可能なら手伝って』
『手伝うって、何を……?』
彼女らが見えるようになったり、テレパシーができるようになったとはいえ、オレにできることなんてあるのだろうか。
『あいつは強い。何か、弱点みたいなの、あれば教えて。一番見えてるのは、リンだから』
そうだ。考えるまでもない。オレにはそれしかできないんだから。見ることに徹するしかないんだ。
『わかりました』
人型の心象虚像に視線を移す。絢乃さんの姿も見えた。なにやら透き通った刀のようなものを持って斬り付けているが、すぐに再生されてしまい、致命傷にならないようだ。人影の方は絢乃さんに掴みかかろうとするが、彼女の方が動きが素早く、触れることもできずにいる。
墨の塊のように真っ黒な人影は、どこを切られてもすぐに再生していく。でも昨日の奴のように、どこかに供給源があるわけではなさそうだ。だとすれば、奴の再生のエネルギー源は、奴自身。
戦闘には静玖さんも参加し、人影の背後から、さっきみたいに光線を撃って牽制する。そのうちの数発が命中しても、やはりすぐに再生した。すると人影は標的を絢乃さんから静玖さんに変えて、一心に彼女へ向かってくる。
絢乃さんの動きが特段速すぎただけで、あの人影の動きもかなり速い。静玖さんでは捕まってしまう。そう思ったが、掴みかかろうとした人影は、静玖さんとある一定の距離を保ったまま、それ以上先に進めないでいる。見えない何かに阻まれて、彼女に触れられないようにも見える。
そうして人影を押し留めている間に、絢乃さんが人影の背後から刀を突き立て、その身体を貫いた。
その時、異変があった。脈を打つように、色が薄くなったり濃くなったりを繰り返しているのだ。たぶん、この攻撃は効いている。理由はわからない。でも、これで倒せるかも。そう思って、オレは二人にテレパシーを飛ばす。
『そのままを維持してください! それ、かなり効いてます』
『えっ?! リン、何で!? まあ、いいや。了解! じゃあ、本気出しちゃうよ……!』
静玖さんはそのまま人影の両腕を掴んで取り押さえる。そこへ、絢乃さんがどこからか取り出した透明な刀をもう一本、人影に突き刺す。そしてもう一本、もう一本と、次々と突き刺していく。
見れば、絢乃さんの手元で透明な刀が生み出されていた。あれは彼女の能力なのだろうか。
次々と突き刺されたことで、人影の脈が速くなり、どんどんと色が薄くなっていっていた。そしてついには、崩れるように砕けて消滅した。それと同時に、絢乃さんが突き刺した透明な刀も消滅する。
『どう? まだいる?』
絢乃さんからテレパシーが届く。意識を集中させてみるが、視認もできないし、気配も感じない。完全に消滅させたと思っていいはずだ。
『大丈夫です。倒したと思います』
それを聞いて安堵したように、二人はオレのいるビルの屋上に戻ってくる。
「え、リン、わたしたちが見えるようになったの? しかもテレパシー使ってなかった? どうやったの?」
矢継ぎ早に質問を重ねてくる絢乃さん。どう答えたものか。原理はわからないが、原因らしきものはわかる。あの時 静玖さんにされた、キス……のせいだろう。
「わたしの魔力の一部をリンに流し込んだの。それで、一時的にできるようになっただけ。心象虚像が見えるってことは、たぶん魔法の適性もなくはないと思って」
というと、あのキスの時にオレは静玖さんから魔力をもらって、その魔力で彼女らが見えるようになって、テレパシーもできた、と。ということは、もらった魔力がなくなれば、必然的に今までの状態に戻ってしまうわけか。
「流し込んだって、どうやって?」
それを聞かれて、静玖さんは珍しく言葉に詰まった。本当に手法がわからない絢乃さんは、どうしても方法を知りたいらしく、静玖さんに白状するようせっつく。と、観念したように静玖さんはぼそりと呟いた。
「……経口摂取」
上手い言い換えだと思ったが、絢乃さんが、口移しかぁ、と言い直したことで、一気に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「シズも思い切ったことするね~。っていうか、本当に身体は大丈夫なの? わたしたち魔法少女や心象虚像のいる次元は、常人が長くいられるような場所じゃないんだよ?」
絢乃さんは、その行為について深くは追及しなかった。ただ、魔力は常人には有害で、あまりおすすめできた方法じゃないと心配してくれた。
「まあ何にせよ、当初の予定は無事に全部果たしたわけだし、万々歳ってわけだね」
人目に付かないようにビルの屋上から降ろしてくれて、二人も静かに飛び降りてくる。少し早いけれど、オレに無理をさせないためにと、今日はもう帰ることになった。
その実、やはり慣れない体験で目や脳を酷使したこともあってか、帰りの電車では眠ってしまった。この歳にもなって疲れて電車で寝てしまうなんて、少し子供っぽくて恥ずかしかった。
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