第14話 新宿

 今日は電車での行動になる。新宿まで乗り換え一回で行けるのは、うちもまあまあの立地と言えるだろう。

 新宿なんて久しぶりだ。東京に住んでいても、そうそう行く機会はない。大抵のことは近場で済んでしまうから、わざわざ新宿のような大都市に出向く必要もないのだ。最後に行ったのはいつだろう。思い出せないほど昔のことだ。


 だから久しぶりに見た新宿の姿に、思わず一歩後ずさってしまった。


「……大丈夫?」


 静玖しずくさんが背を支えてくれたので、何とか倒れずに済んだ。


 おぞましいほどの人の群れ。人が多いということは、それだけ人の意識も多いということ。そしてここは東京の大都市、新宿。見映えのいい部分の裏側には、それと対になる悪感情が渦巻いている。

 だから、オレの目には真っ黒な砂嵐が吹き荒ぶ荒野にしか見えなかった。これが、新宿……? 前来た時はこんなだったか? オレの認識能力が成長しているのだろうか。


 とりあえず、静玖さんに手を引かれて、建物の中へ避難する。それでも気持ち悪さは拭えないが、外よりはいくらかマシだった。


「そんなになるほどヤバいんだ、この街……。ごめんね、ここまでとは思ってなかったから」


 絢乃あやのさんも心配そうにこちらを覗き込んでくる。静玖さんは、カバンからペットボトルのお茶を差し出してくれた。ひとまずそれを受け取って、口に含む。少し落ち着いた。だから、調子に乗って強がってみる。


「大丈夫、です。それより、行くんでしょう? ケーキバイキング」


 でも外に出るとやっぱり気持ち悪くなってしまうから、静玖さんに手を引いてもらいながら、できるだけ心象虚像ゴーストを意識しないように歩いた。


 ケーキバイキングのお店は、高層ビルの二十五階。本来なら、街を見下ろせる絶好の展望が売りの場所だった。オレにとっては最悪のロケーションではあるが。でも、地上で直に見るよりはいくらかマシで、落ち着いて、冷静に、下を眺めるだけの余裕があった。


「時間制限、二時間なんだ。せっかくの食べ放題なんだから、後悔のないようにね」


 建物の中にいる時は大丈夫だと説明しても、静玖しずくさんは心配してくれているようで、立ち並ぶデザートを取りに行く時も、終始オレについてきてくれた。昨日の朝の時といい、オレはこの人にペットか何かだと思われているのだろうか。


「それで、実際どんな感じ? 昨日ルリ姉から聞いたけど、わたしたちが見る感じとは違うんでしょ?」


 絢乃さんが、チョコレートケーキを一口、上品にフォークで口へ運びながら何気なく聞いてくる。やはり、彼女の目的はオレに新宿を見せるためだったのだろう。


「もう、真っ黒ですね……。人の多さを鬱陶しく思って、ちょっとイラついたりするのって、このせいだったりするのかなって思うくらい」


「なるほどね……。あのね、わたしたちもたまにこういう大繁華街に行くんだけど、こういうとこって、リンが言ったように心象虚像が溜まりやすいんだ。ほっとくと、何年かに一度、大きな事件が起きる。小さな事件なら、日常茶飯事レベルで起きてる。だから、定期的に掃除・・しに来るんだよ」


 絢乃さんの言う、何年かに一度の大きな事件。心当りはいくつかあった。それも、心象虚像の影響が大きいって言うのか。たしかに、誰でもいいから人を殺したかったという人を駆り立てたのは、その背中を押したのは、心象虚像——誰かの悪意だったのかもしれない。


 鬱陶しさや、何となくイラつく程度ならまだいいが、それが相手への攻撃衝動や殺意に変わるようになるほどの心象虚像は、見つけ次第消し去っておいた方がいい。一度消し去っても、このような場所ではすぐ溜まる。だからこそ定期的な“掃除”が必要なのだろう。


「ああ、わたしの目的はたしかに新宿がどれくらい汚れてるか見てもらおうと思ってだけど、ケーキバイキングに来たいっていうのはシズの希望だからね。純粋に楽しんであげて」


 そうだったのか。ふと、隣に座る彼女に視線を移すと、ぐいっと強引にショートケーキのイチゴを口に突っ込まれた。そして彼女自身は、イチゴのなくなった小さなショートケーキの残りを一口に咀嚼する。


 そういえば、静玖さんはさっきから、ケーキに乗っているフルーツの一部をこっそり絢乃さんの皿へ乗せていた。絢乃さんも当たり前のようにそれを食べていたが、もしかして、静玖さんは好き嫌いがあるのだろうか。

 美味しそうなケーキだけど、上に乗っているフルーツは嫌いだからどかして食べるとか、そんなところだろうか。それにしても、イチゴが嫌いな女子なんているのか。


「静玖さん、好き嫌い激しい方ですか? もし何だったら、今後は夕食の予定を伝えておいた方がいいですか?」


「ううん。いい。嫌だったら絢乃に食べてもらうから」


「好きなものは絶対譲らないくせにね。嫌いなものばっかり押し付けるんだから困っちゃうお姉ちゃんですよ、まったく」


 そういえばこの二人は双子で、静玖さんの方が姉なんだったか。しっかりしている度合いで言えば絢乃さんの方がしっかりしているから、あまりそんな感じはしないけれども。

 何にせよ、好き嫌いせずに何でも食べてもらえるのが一番いいんだけどな。栄養的にも。



 時間になって、相も変わらず静玖さんに手を引かれて、ビルの外に出る。今度は絢乃さんの目的を果たす番だ。

 大通りから外れて、少し寂れた裏路地に出る。


「ここら辺でいいかな。どう? 見え方は変わった?」


「さっきより、影も薄くなったように見える。でも、今気付いたけど、上……すごいのある」


 もう語彙力を失ってしまうほど黒々とした球体が、新宿の上空にできていた。どうして気が付かなかったのだろうかと不思議なくらい、巨大な代物だ。地上から立ち上る黒い影を吸い込んで、繭のようになっている。


「やっぱりか……。じゃあいつも通り、デカいのはわたしがやるから、飛び散ったやつは頼むよ、シズ」


 わかった、と頷く静玖さん。オレはどうしたらいい、と思わず絢乃さんに聞いてしまう。そんなの、どこかに隠れていればいいって、聞かなくてもわかっているのに。


「リンは……少し高いところから、討ち漏らしたやつが被害を出さないか、見張っててくれる? 何かあれば、シズに連絡して。わたしはデカいので精いっぱいだから、悪いけど守れない。自分の身は、自分で守ってね。……できる?」


 オレにもちゃんと役割を与えてくれた。信じて、期待してくれた。オレはそれに、応えたい。


「わかりました。やります!」


「いい返事だね。じゃあ、始めようか! 変身スタイルチェンジ——“火苑テルミドール”——起動アクティベート!」


「変身——“繚花フロレアール”——起動」


 さすがにわかってきたが、魔法少女が変身するための呪文みたいなものはほとんど共通で、真ん中の部分だけが違う。たぶん、その部分が個体識別に必要な文言なんだろう。

 二人の姿が淡く光り出して、おもむろにオレの身体を抱え込んだ絢乃さん。だが次の瞬間には、四階建てくらいのビルの屋上にいた。


「え、な、何を……っ?!」


「何って、跳んだだけ。大丈夫。誰にも見られてないよ」


 そういう問題じゃ……いや、それも大事か。変身すると、身体能力は大幅に向上するのだろう。オレを抱えて、ひとっ跳びでビル四階分に達するのだから。すぐ後に静玖さんもやってきて、先の段取り通り、作戦を決行することになった。


 二人の姿が消えると、オレはどうしていいか、少々不安になる。二人が今どこにいて、どんな状況なのか。心象虚像の状態しかわからないというのは、なかなかに不便だ。

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