第12話 事後処理

 やがて、霧摘むつみさんが駐車場に姿を現した。しかも普通に階下からやってくるかと思いきや、停めてあるオレたちのレンタカーのすぐ傍で、文字通り、いきなり姿を現したのだ。魔法少女の力を使って、別の次元を通ってやってきたのだろうか。


 後部座席に押し込んだ男を見せて、可淑かすみさんが霧摘さんに事情を説明する。


「いいんですの? わたくしの<自我侵蝕ドグマティックルーム>は永続じゃありませんのよ?」


「わかってるわ。それを言えば、わたしの力だって、本来記憶に作用させるものじゃない。完全にはいかないと思う。でも、他にやりようが思いつかないのよ」


 それを聞いて、霧摘さんも少し考えたが、たしかに代案は浮かばないと、首を振ってみせる。


「まあ、可淑姉様がそう言うんですから、わたくしも特段異論はありませんわ。では、あまり人目につかないうちに始めましょうか」


 可淑さんと霧摘さんが後部座席に乗り込み、ドアを閉める。二人の間に眠ったままの男を座らせ、二人は能力を使うため、再度“変身”した。


変身スタイルチェンジ——“夕霧ブリュメール”——起動アクティベート


「変身——“天恵フリュクティドール”——起動」


 二人の身体が淡く光ったが、それ以外に変化は見られない。本当に、能力上変化するだけで、見た目は何も変わらないのだろう。


 可淑さんが男の額に手を当て、顔を険しくしながら何かぶつぶつと唱えている。


 どれくらいの時間が経っただろう。作業が済んだのか、可淑さんは手を放して霧摘さんに続きを引き継いだ。霧摘さんも男の頭の上に手を置いて、静かに、それでいて重くのしかかるような声で呟いた。


「“死ぬのが怖い。人を殺すのも怖い。命のやり取りが怖い。だから、命を実感しないよう、真っ当に生きる。勤勉で、でも時には手を抜いて、世間から外れたことをしないように。すべての人が自分を受け入れてくれるわけじゃないと知っている。だから、…………”」


 霧摘さんの呪いのような、洗脳するような言葉を最後まで聞くことはできなかった。オレの隣にいる瑠璃子るりこさんが、オレの耳を塞いだから。どうして、そう聞こうとして彼女に視線を向けると、寂しそうな目で、ごめんね、と唇が動いたのがわかった。

 霧摘さんの能力がオレにも効いてしまうことを心配してくれたのかもしれない。詳細はわからないけど、きっと彼女の能力は洗脳系の能力なのだろう。彼女らは魔法少女の力があるからある程度防げたり、耐性があったりするかもしれないが、オレにはない。この男と同じで、洗脳にかかってしまう可能性は充分にあるように思えた。


 霧摘さんが男の頭から手を放したので、瑠璃子さんもオレの耳から手をどけてくれた。どうやらこれで終わったらしい。


 そしてここからは、オレの出番。眠っている男を担いで、駐車場の隅、安全なところに運ぶ。瑠璃子さんに合図を送ると、男はゆっくり目を覚ました。


「大丈夫ですか?」


 さも心配そうに声をかける。男はオレを見上げて、何が何やらという顔をした。オレのこともわからないらしい。可淑さんがどうにかして、記憶を操作したのだろう。


「あれ、僕、どうしたんだっけ……」


「急に倒れられたんですよ。大丈夫ですか? 立てますか?」


 男はゆっくり立ち上がる。昏倒した後遺症みたいなのはないようで、少し頭がぼんやりするとだけ男は口にした。しかし一番驚いたのは、彼の顔つきにさっきまでの辛気臭さは一切なく、すっかり晴れやかになっていたことだった。


「大丈夫そうです。ありがとう、ご心配おかけしました」


 丁寧にお辞儀をされて、彼は自分の車に戻っていった。きっと、ここに来た本当の目的も、はっきり覚えていないのだろう。


 オレも車に戻ってくると、せっかくなので霧摘さんも連れて買い物の続きをする方向に、話が進んでいた。


「急に呼び出されて予定にない労働をしたんですから、対価を要求しますわ」


「はいはい、いつものでいいんでしょ? 売ってるかな、ここ」


 霧摘さんが労働の対価として要求するものに、瑠璃子さんたちは心当りがあるらしい。というか、いつもの、というあたり、彼女に何かお願いをするにあたって必要な貢物といったところだろうか。だとしたら、オレも知っておいて損はないかもしれない。


 そして最後に回ってきたスーパーで、ようやく貢物の正体が判明した。


「あ! こ、これは……!」


 何やら目を輝かせて霧摘さんが寄っていったのは、おつまみコーナー。並べられているものを手に取って、まじまじと眺めている。


「どれにするの?」


「……そうですわね、荷物持ちも手伝ったんですもの。両方でも構いませんこと?」


「わかった、いいわよ。ありがとうね」


 可淑さんの許可も出て、霧摘さんが嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら買い物かごの中へ入れたのは、柿の種のお得パック。定番の味と、柚子胡椒味の二種類だった。


「霧摘さんって、柿の種が好きなんですか?」


 瑠璃子さんにこっそり聞くと、そうだよ、意外でしょ? と慈しむような微笑みが返ってきた。彼女らの好物は覚えておいて損はない。今後何かに使えるかもしれないから、しっかり覚えておこう。


 少し遅くなったが、霧摘さんの協力もあり予定の行程をすべて終えることができた。荷物が多くなってしまったので、帰りは荷物の一部を抱えながらオレが助手席に座り、小柄な二人が後部座席に詰めて座り、後ろにも荷物を積むことでなんとか載せきった。


「あ、これから帰るって、連絡しておいてくれる?」


「わかりました」


 ないと不便だろうということで、昨夜、彼女たち全員と連絡先を交換しておいた。ついでに家のメッセージグループも作ったので、誰かしら見てくれるだろう期待を込めて、そこにこれから帰る旨を送っておいた。


「今日、どうだった? あんまり実感湧かないかもしれないけど、一応戦場に立ったわけだし」


 可淑さんは運転しながら、オレに今日の手ごたえを尋ねてきた。


「そんなことありませんよ。今日は、絶対に誰も死傷者を出さないようにって思って。これまで傍観者だったのに、こんなに自分から動こうと思えたのは初めてです。二人がいてくれたから……」


「わたしも、今日は結構 神経使った気がするわ。いつもはもっと、手遅れになってからの対処になるからね。それに、凛太郎りんたろうがいなければ原因から根絶することはできなかった。あのままだったら今回はどうにかできても、きっといつか別のところで同じことが起こる」


「今回は、上手くいきすぎです」


 原因を突き止めたとしても、それを毎回どうにかできるとは限らない。でも、確かに原因からどうにかしないと結局その場しのぎでしかない。心象虚像ゴーストに対しては万能に立ち回れても、現実の人間が原因である以上、現実で手を打たなければ状況は変えられない。でも、オレたちは警察でも何でもないから、勝手に動くのも限度がある。難しい問題だ。


「今日のこと、調子つきこにも相談してみるわ。凛太郎のノートを見た彼女がどんな考えを持ったかも気になるしね」



 一度家に着いて、荷物を降ろし、可淑さんは車を返しにまた一人で出ていった。車を出してくれたのはありがたいけど、こうして彼女にばかり負担をかけるのは少し申し訳ないと思ってしまう。


 この大量の荷物を置いておく場所がないということで、とりあえずオレの部屋に詰め込まれることになった。

 オレの部屋は一階で、玄関からも近い。そのうえ元々物も少ないのでスペースもそれなりにある。霧摘さんにそう論理的に理由を説明されては、言い返せず、受け入れるしかなかった。

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