第11話 どうするって……殺す?

 オレは車の横に座り込んでしまっているお姉さんを背に隠すようにして、周りを警戒しながら立ちはだかる。何かが起きるまで、下手に動かない方がいい。


 すると、オレが可淑かすみさんに伝えた標的の方向から声が聞こえた。


「何だ、お前?! うわ、やめろっ!」


「わたしまだ何にもしてないんだけどなぁ……。凛太郎りんたろうくーん、この人でいいんだよねー?」


 どこからともなく瑠璃子るりこさんが現れて、車の影に隠れていたやせ細った男を引きずり出してきた。

 確かにこの男だ。この男から溢れ出る黒い靄が、さっきの人型の影を形づくっている。そういえば、瑠璃子さんが現れたということは、あっちの人影の方は可淑さんが相手しているのだろうか。


「間違いありません」


「じゃあ、ごめんね。ちょっとお話聞かせてもらえないかな?」


 言葉では優しくそう言いながらも、瑠璃子さんはその細い腕で男の手首を捻りあげていた。こういうことして大丈夫なんだろうか。


 瑠璃子さんが大人しくさせた男をこっちに連れてくると、再び強烈な心象虚像の気配を感じた。すぐ近くから。そう、オレのすぐ後ろ、お姉さんからだった。しかし、それもすぐに消える。


「そんなにムキにならないで。今ここできっちり話付けとかないと、一生付き纏われることになるよ?」


 お姉さんの後ろから、今度は可淑さんが現れる。さっきの人影の気配も、いつの間にか消えていた。男を落ち着かせたことで、無力化できたのだろう。


「この人凄い殺気だったけど……いや、お互い様か。どういう関係なの? あ、向こうは抑えてるから、落ち着いてね」


 可淑さんがお姉さんに尋ねても、お姉さんはなかなか話してくれない。


「大丈夫ですよ、お姉さん。オレはあなたを助けたい。だから、話してくれませんか?」


「う、うん……」


 オレが改めて問い直すと、お姉さんはようやく心を決めたのか、話してくれるようだった。


「……この人のことは、わたしもよく知らないの。前の前に住んでたアパートの、隣の部屋に住んでた人で、ある日家の前であったとき、付き合ってくれって告白されて……。断ったんだけどしつこくて、引っ越したの。でも、しばらくして引っ越し先のアパートでもこの男が隣に越してきて、怖くなって、警察に相談しても取り合ってもらえなかった。それでまた、今度は結構遠くに引っ越したの。それなのに、またこうして会うことになるなんて……」


 なんだそれ、めっちゃホラーじゃん……。

 続けて、瑠璃子さんが男の方にも意見を求めた。


「って言われてるけど、何か弁明することはある?」


「ごめん、なさい……そんな風に思ってたなんて、知らなくて……。僕はただ、本気で好きだったんだ。断られてたんだって気付かなかった。照れ隠しだと思ってたんだ。だから、諦めきれなくて……。引っ越し先まで追いかけていったのは、困らせるつもりじゃなかったんだ。ただ、少しでもそばに居たくて……」


「それなら、さっきは何であんなに殺気立ってたの? あのままいたら、あなたこの人殺してたでしょ?」


 心象虚像は人の意識が現れ出たのもの。つまり明確な意思を持って、強い悪意をぶつけようとしていたことは明白。この男は、このお姉さんを殺したい、死んでほしいと思っていた。それは間違いないのだ。


「それは……あなたたちには関係ない。これは僕の愛の形なんだ!」


「この人を殺して自分も死ぬ。それが愛だって言うのか?」


 オレが咄嗟に口にしたこの言葉に、皆が一斉にオレの方を見る。……何かおかしなことを言っただろうか。


「な、何故それを……」


 そういうことか。心象虚像というのは心が生み出した幻みたいなものだろうと思って、さっきの人影をよく見ていたら、その心象虚像がどんな心象によって生まれたかまで、ぼんやり伝わってきたのだ。

 瑠璃子さんと可淑さんも驚いているということは、二人にもそこまではわからなかったのだろう。これも、オレだけがわかることなのか。


「相手にしてくれない腹いせに、殺そうと思ったのか? それであの世まで追いかけるつもりだったのか?」


「ち、違う、僕は……本当は、彼女を殺すつもりはなくて。自分だけが死ぬつもりだったんだ。生きていても惨めなだけな人生だってわかっていたから。せめて最期は彼女に終わらせてもらいたかった。だから、ここまで来た。だけど……やっぱり死ぬのは怖くて。一人じゃなくて、彼女も一緒に死んでくれたら、って思っちゃって……」


 男の言葉を聞いて、お姉さんはあまりの恐怖に震え出してしまっている。またお姉さんから心象虚像が出始めているので、オレは可淑さんに視線だけで合図を送った。


「大丈夫、落ち着いて。こいつはわたしたちが捕まえてるから。然るべき処罰が下るよう、ちゃんと手配するわ。怖かったね。辛いね。でも大丈夫」


 可淑さんはそう言いながら、彼女を抱きしめて、背中をさすってやっていた。


「瑠璃子さん……この人、どうします?」


「どうするって……殺す?」


 あまりにも当たり前のように言うので、恐る恐る聞き返してみる。


「……冗談、ですよね?」


「だって、他にどうしろって言うのよ。警察に言って、取り合ってくれると思う? わたしたちの力だって、万能じゃないって言ったでしょ?」


 お姉さんには聞こえないように、瑠璃子さんは声を抑えて耳打ちしてきた。たしかに、一般社会のやり方で制裁を与えるのは難しい、のか。

 まずこの人の思想自体がかなりマズいし、できればお姉さんに今後近付かないように、お姉さんに関する記憶自体なくしたりできれば話は違うんだろうけど……。魔法でどうにかできる問題でもないと言うなら、できることは、たしかに殺してしまうことくらいしかないのかもしれない。そんなことを、オレも思い始めてしまっていた。


「あ、待って。むっちゃんの能力なら、どうにかできるかも」


 むっちゃんって……霧摘むつみさんのことだろうか。


 とりあえず、今回お姉さんは完全に被害者であることがわかったので、一旦解放し、家に帰してあげることになった。あとはこの男を、どうにか二度と彼女に関わらせないようにすることと、その後社会に放流してからも再度同じことが起こらないよう、思想を矯正する必要がある、とのこと。


 霧摘さんならどうにかできそうということだったので、とりあえず彼女をこの場に呼ぶことになった。その間、彼には捕縛したままの緊張を強いることになってしまうので、一度昏倒させるという。

 いつ発狂してまた心象虚像を出すかわからないし、瑠璃子さんに取り押さえ続けてもらうのも大変だろうし、妥当な判断か。


「ふぅ、ずっと変身したままだと疲れるしね」


「え、今変身してたんですか?」


 普通の時と変わらないように見えたけど……。というか、オレもちゃんと見えてたし、お姉さんもこの人も、瑠璃子さんのこと見えてたけど? たしか魔法少女の力を使っている時は見えないんじゃなかったっけか。


「うん、変身しても、見た目はあんまり変わらないんだ。あと、たぶん凛太郎くんがわたしたちを見れないの、向こう・・・にいる時だけだよ。あーえっと、向こう・・・っていうのは、心象虚像がいる次元のことね」


 オレがイメージしてた、心象虚像のいる層のことだろう。魔法少女はその層に行くことができるってことか。そこにいる時しか力を使えないんだと思ってたけど、どうやらこっちの世界にいても、魔法少女の力自体は普通に使えるらしい。


 男を昏倒させたら、目立たないように車に連れ込んで、霧摘さんの到着を待つ。

 ……何かこれじゃあ、誘拐犯みたいだなぁ、オレたち。

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