4.

 芸能事務所は少し寂れたビルの三階に入っていて、近くの駐車場に車を停め、狭いエレベーターで上がっていく。と、事務所の入り口で焦磨が待っていてくれた。すっかり疲れ切っている様子で、僕の顔を見るなりほっと息を吐く。

「……お前が来るってことは、そういうことなのか?」

「いや、まだグレーってところだね」

 そうか、とだけ言って、事務所の中に通してくれた。応接間のような、ローテーブルを挟んでソファを向かい合わせた空間に、真冬さん、氷夏さん、宇堂さん、それから社長が集められ、他の刑事が事情を聞いている。

「同席するだけか? それとも直接話すか?」

「もし可能なら、直接話せたら助かるけど。お願いできる?」

「一人ずつがいいか?」

「そうだね。個室があるとなお良いかな」

 わかった、と焦磨が聴取している刑事と社長に話を通し、別室で一人ずつ話を聞く機会を作ってもらった。僕は先に部屋に待機し、テーブルを挟んで入り口から遠い方のパイプ椅子に腰掛ける。

 最初に呼んでもらったのは真冬さん。真白さんの事件では最もアリバイが固く、恐らくその事件では直接犯行には関わっていないだろう人物だ。

 ノックした後で入室してきた彼女は、疲弊しきった表情で椅子に腰掛ける。もう何度もしつこく話を聞かれているようで、かなり機嫌も悪い様子。それでも実際に見た彼女はやはり真白さんによく似ていて、だけれど実際に見ると真白さんとは違うというのも改めて思う。

「こんにちは。警視庁刑事部捜査支援分析センターの八壁といいます。僕は一応、肩書は警察官ということになっていますが、刑事さんみたいな立場ではないので、肩の力を抜いて話してもらえると助かります」

「はあ、そうですか」

「何度も聞かれていると思いますので、お名前を確認したりといった形式的なことは省略しますね。お時間も取らせては申し訳ないので、単刀直入に聞かせていただきます。〝みすゞ〟というアカウントについて、真冬さんはどういう見解をお持ちですか?」

 その名を出した途端、真冬さんの表情は一気に強張ったように見えた。そして同時に、強い憤りが溢れ出るような、しかし冷静にそれを抑えているようでもあった。ごくりと一度唾を飲みこんでから、真冬さんが口を開いた。

「えっと……どういう、と言いますと?」

 思ったことを直感的に言うわけではない。僕の質問の枠組みを確認したうえで、情報を選択しようとしている。これを理性的と捉えるか、慎重と捉えるか、何かを隠していると捉えるか、判断に迷う。

「ああ、えっと……聞き方が悪かったですね。すみません。真白さんのお姉さんとしてではなく、アイドルの〝真冬〟として、〝みすゞ〟はあなたのファンだと感じますか?」

 僕が言葉を付け加えたことで、少し真冬さんの表情が和らいだ。

「そういうことですか……。いえ、ファンの方だとは思いませんでした。直接的な暴言はありませんでしたが、ねちねちと顔が違うだ何だと事細かに言ってきて、最終的には自分で明かさないなら週刊誌にリークすると言い出したんですよ? 申し訳ないですけど、とてもファンの方のすることだとは思えないです。どちらかと言えばアンチですね」

「そうですよね。では、真冬さんではない、他のメンバーのファンというようには感じましたか? 僕はアイドル業界にはあまり詳しくないんですが、ファン同士が対立するということもあるらしいと聞きまして」

「それは……なくはないと思います。特に私は、他のメンバーのファンから恨まれているかもしれませんから」

 恨まれている、か。思いがけない言葉が出てきた。

「センターだから、ですか?」

「ええ、まあ。……実は、センターを交代する話もあったんです。シングルごとにセンターを変えるという案もありまして。まあ、事務所としては私をセンターに固定したかったみたいなんですけど。ある時、公式の企画配信でゲームをやりまして、それに勝った人が次の新曲のセンターをやるというものだったんですが……私はそれに勝ってしまったんです。それで結構叩かれまして。こういう時くらい譲れって」

「誰も手を抜いてなくても、ファンとしては歯がゆい思いがあったのかもしれませんね。ちなみに真冬さんは、センターを譲ろうという意思自体はあったんですか?」

 そう聞くと少し驚いた顔をされ、しかしすぐに真剣な面持ちに変わる。その眼差しには闘志にも似た強い想いが宿っていることを感じさせ、答えを聞かなくても充分に伝わってきた。

「ありませんよ。私はセンターに選んでもらったことに誇りを持ってますし、一度だってそれに慢心したりはしていません。それに、譲るなんてことは二人にも失礼ですから」

「なるほど。ありがとうございました。では、別の質問をさせてください。真白さんについてです。真冬さんから見て、彼女は〝みすゞ〟以外からも脅迫されている様子はありましたか?」

「あのアカウント……〝悪いおじさん〟のことですか? これは刑事さんにも話したんですが、恥ずかしながら、私はそのことに全く気付いてなくて……。真白からも何の相談もしてもらえてなかったですし」

 〝悪いおじさん〟に限ったことではなかったが、その様子だと他から何らかの脅迫を受けていても気付いていなかったのだろう。

「そうですか……。真白さんとは、いずれ〝なりすまし〟のことを公表するかどうか話し合ったことはありますか? というより、真白さんはそのことについてどう思っていたというのはわかりますか?」

「真白は楽しんでくれていた、と思います。熱心に更新してくれて、次はどんなのがいいかな、なんて話してくれました。いつかは公表するか、こんなことはもうやめるべきか、それは話そうとは思ってたんですが……話せないままで」

「この〝なりすまし〟って、どちらから言い出したことなんですか?」

「私です」

「理由は……真白さんと一緒に受けたオーディション、ですか?」

 はっと目を見開いて、真冬さんは観念したように俯いた。あまり言いたくないことだったのだろう。

「お見通しですか……。私はアイドルとして高く評価してもらえて、合格しました。ですが、ビジュアルに関しては真白の方が高い評価をもらってたんです。双子なのに。小さい頃からずっとそうでした。何故か真白の方がモテて、私は全然で。何が違うんだろうって思ってるまま、その答えを見つけられずに真白はいなくなっちゃいましたけど。真白がオーディションに落ちて落ち込んでいる時に私は、二人で〝真冬〟になろうなんて提案したんです。私にしか得のない提案だと思いました。でも給料の何割かを渡してでも、私は完璧なアイドルの〝真冬〟になりたかったんです。真白はお金はいらないから、たまに欲しいもの買ってくれたらそれでいいよって言ってくれて、化粧品とかゲームとか買うくらいで引き受けてくれて……」

 真冬さんは真白さんに対して、ビジュアル面のコンプレックスがあった。とはいえ姉妹仲は概ね良好で、殺意が芽生えるものとは思えない。どちらかと言えば、真白さんに対して罪悪感でいっぱいで、真冬さん自身が自死してしまいかねないとすら感じた。そして何かの拍子に、真白さんが真冬さんに対して不満を持った時、真冬さんはそれを拒めない関係になってしまっていたのではないかとも思った。

「わかりました。ありがとうございます。まだ傷も癒えないところ、不躾に色々聞いてしまってすみませんでした」

「いえ、大丈夫です。あの……春翔を殺した犯人は、事務所関係者なんでしょうか。疑いたくはないですが、考えると不安で……」

 話を切り上げようとしたところ、真冬さんの方から逆質問が出た。刑事からは捜査状況に関しては教えてもらえなかったのだろう。僕だったら話してくれると思ったのだろうか。それほど信用してもらえたのは嬉しいが、生憎僕も話すわけにはいかない。

「真冬さんは、そう考えていらっしゃるんですか?」

「えと、状況的に、そうかな、と……」

 何故かここで言葉を濁した。これまでは比較的言葉に詰まることはなかったのに。

「まあ、連続殺人ともなれば、またメンバーの誰かが襲われる可能性もありますからね。不安になっても仕方ないと思います」

 僕の言葉に、真冬さんはほっと息を吐いた。

「早急に犯人を特定して逮捕できるよう尽力していますので、どうかもうしばらくその不安と戦い、耐えていただきたいです。僕の立場からはそんなことしか言えなくて、すみません」

「いえ、こちらこそすみません。早く春翔を殺した犯人・・・・・・・・が捕まることを祈ってます」

「では、次は氷夏さんを呼んできてもらえますか?」

 はい、と答えて真冬さんは部屋を出ていった。

 ……なるほど。真冬さんは真白さんの時間に関してはかなり強固なアリバイがあった。だからこれを連続殺人とするなら真冬さんは容疑者から外れる。だけれど実際に話を聞いてみると、どうも不自然な点がある。全くの無関係、というわけでもないのだろうか。


 真冬さんが出ていって少しすると、真冬さんよりもやや小柄な子が部屋に入ってくる。この子が氷夏さんか。真冬さんと違い、見た目に飾り気がある。素材ではなく、魅せ方で相手に印象付けようというタイプのようだ。こういう子は頭が切れる場合が多い気がする。少し注意深く話を聞くことにしよう。

「こんにちは。僕は警視庁刑事部捜査支援分析センターの八壁といいます。堅苦しい確認事項は省きますので、どうぞ肩の力を抜いてお話ししてくださると助かります。僕も堅苦しいのは慣れていないので」

「わかりました。答えられないことには答えなくても問題ありませんか?」

 確か氷夏さんは他の二人よりも二つ年下で、だけれどデビュー前には既にイラストレーターとして依頼をもらって仕事を受ける立場にあった。年齢にしては大人への対応に慣れているようなのは、そのせいだろうか。

「はい、構いません。ではまず氷夏さん自身のことについてお伺いしたいのですが、デビュー前からイラストレーターとして活動されていたそうですが、どうしてまたアイドルになろうと思ったんですか?」

「そうですね……端的に言えば、売れるため、ですかね」

「アイドルでありイラストレーターでもあるという、話題性を狙ったということですか?」

「まあ、そんなところです。オーディションに受かってから、顔出しをすることにしたんですよ。客観的に可愛いと認めてもらったようなものですし、何より若くて可愛い女の子だと、おじさんにちやほやしてもらえて、依頼もしてもらいやすくなりますからね」

 随分とたくましい子だな……。真面目な真冬さんとは、また違った意味でプロ意識が高いというか……。

「ああでも、それだけじゃないですよ。アイドルって、自分の魅力をいかに相手に伝えるかという職業だと思うんです。それってイラストも同じで、私が描くキャラクターの魅力がどうやったら見てくれる人に伝わるだろうって、いつも考えてるんですよ。だから私自身がそれを体現できれば、自然と絵を描くときもその意識を持って描ける気がして」

「それでモデル業もやってるんですか? モデルはイラストと同じで〝静〟の演出で魅せるものですからね」

「そう! そうなんです! アイドルは〝動〟で魅せるものですけど、私はどっちも必要だなって思うんです。イラストは媒体は〝静〟でも、中身が〝動〟のこともありますからね」

 つまり彼女にとっては、アイドルもモデルも、あくまでイラストを描くための経験値に過ぎないということか。彼女自身は本業はイラストレーターだと考えているのだろう。

「じゃあ、アイドルやモデルとしてカメラに映るときは、構図とか表情とか、結構気にしてるんですか?」

「そりゃあそうですよ。まあそのせいで、結構現場では厳しく言っちゃうこともあるんですけど、こだわりたいところはこだわりたいので」

「なるほど……。実際のところ、〝UnAuTuMn〟ではメンバー間で衝突は結構あったんですか?」

 確か聞いていた話だと、真冬さんと春翔さんは不仲だったそうだが、氷夏さんがどちらかと関係が悪いという話は出なかった。興味がないと回答していたはずだ。それはそれで、関係が良いとは言えないのだろうが。

「はっきり言えば、私自身は二人のことはあくまで一緒に仕事をする人としか思ってなかったので、好きとか嫌いとかって感情はなかったんですよね。ハルちゃんは結構みんなと仲良くしたい派でしたね。逆に真冬さんは自分にも他人にも厳しくて、ハルちゃんとよく揉めてましたよ」

 自分が二人とどういう関係だったかというのははっきり触れないらしい。本当に何とも思っていないのか、意図的に避けているのか。冒頭で答えたくない質問には答えないと言っていたから、これは答えたくない質問に該当するのかもしれない。

「ちなみに聞きたいんですが、真白さんは、氷夏さんや春翔さんと仲は良かったんですか?」

 これまではきはきと話していた氷夏さんは、わずかに間を開けてから、何事もなかったかのように話し始めた。

「そうですねー……ええ、ましろんは私ともハルちゃんとも仲良かったですよ。真冬さん抜きで会うこともありましたし。そういうときは決まって、ハルちゃんは真冬さんの愚痴を言ってましたが」

「あれ、でも確か真白さんが真冬さんのSNSに写真を上げてたのは知らなかったんですよね?」

「ええ、それは知らなかったです。真冬さんに双子の妹がいるって聞いて、双子なんて珍しいから、会わせてーって言ったら渋々会わせてくれて。そこから仲良くなって普通に遊ぶようになったんです。だからアイドルとしてっていうより、普通に友達っていう感じでしたね。ハルちゃんともよくゲームしてたみたいですし」

 そういえば、真冬さんも真白さんはゲームを買ってほしいと頼んできたと言っていた。春翔さんは元々配信活動をしていて、真白さんが殺害された前日の夜もゲーム配信をしていたそうだし、二人がゲーム仲間だったとしてもおかしくはない。

 すると、氷夏さんは少し声のボリュームを落として、少し前屈みになって顔を寄せてくる。

「……今、警察は誰が疑わしいと思ってるんですか?」

「申し訳ないですが、それは言えませんよ」

「そうだろうと思いました。ねぇ、じゃあ、こういうのはどうです? 私はまだ、警察の誰にも話してないことがあります。それを話す代わりに、捜査情報を教えてくれませんか?」

 ……悪魔のような子だ。この誘いに乗るべきなのか? まだ明かしていない情報がある。それが有益な情報とは限らない。それに、それが真実であるとも限らない。捜査情報を容疑者に漏らせば、僕は何らかの処分を受けることになるだろう。そもそも、彼女が犯人だったなら何らかの隠ぺい工作を行うかもしれない。そのリスクを冒してでも、得たい情報なのか?

「どうせ今も録音してるんでしょうけど、それをいったん止めて、お互いに正直に話しませんか?」

 そう言って、僕の胸元に指先で触れる。ジャケットの内ポケットにはボイスレコーダーが入っている。本来は話を始めるときに録音していることを明かすべきだ。だけれど、ボイスレコーダーの存在で相手を委縮させて聞けるはずの情報を聞き出せなくなっては困ると隠していた。それ自体も危うい行為ではある。

「お互いに真実を話す保証はありませんが、それでもいいんですか?」

「ええ、構いません」

 にっこりと微笑む氷夏さん。僕は内ポケットからボイスレコーダーを出し、録音を一時停止してテーブルに置いた。

「……わかりました。正直な話し合いをしましょうか」

「そうこなくっちゃ」

 にやりとした氷夏さんは、パイプ椅子に座り直して、先ほどまでと変わらずはきはきと話し始めた。まるで世間話でもするように、まだ誰にも話していないという情報を話してくれた。

「実はハルちゃんには彼氏がいたんですが、真冬さんにそれがバレてしまって、二人は大喧嘩をしたんです。それがちょうど、ましろんが殺される前の日でした。真冬さんは頭が固くて、スキャンダルのリスクになるようなものは全て捨てろ、みたいな考えなので、当然ハルちゃんはブチギレまして。でも非道にも真冬さんは、旭さんに言い付けるって言って、その日はそれっきりになっちゃいました。ましろんが殺されたってわかったときは、真冬さんは真っ先にハルちゃんを疑ってたんですよ。まあ、それを私が仲裁したんですけど。もう大変でしたよ」

 どうです、面白い話でしょう? と氷夏さんは嫌らしい笑みを浮かべてみせる。

 真冬さんからそんな証言は出ていないが、もしそれが事実だとしたら、真冬さんはこれを隠したいと考えたということだ。真白さんが殺害された後も、春翔さんが殺害された後も、この話をしなかった。確かに自分が疑われることになるかもしれない証言だが、真面目そうな真冬さんなら、自身が潔白であれば隠したりはしないようにも思う。何か後ろめたい事情があるのだろうか。

「一応聞いておくと、氷夏さんも春翔さんも、真白さんと真冬さんの見分けはつくんですよね?」

「んー、完全にと言われると答えづらいですが、話せばわかるって感じでしたね。ハルちゃんはどうかわかりませんが、私は割と雰囲気でどっちか判断してました。性格は全然違いますから」

 はい、一つ話しましたよ、と氷夏さんが囁く。今度は僕の番というわけか。

「氷夏さんが知っているかは知りませんが、春翔さんが殺害されたフォトスタジオの控室ですが、大きな鏡がありますよね? あれ、実はマジックミラーだったようですね。どうやら控室の裏に備品庫があり、そこから中の様子を窺うことができたようです」

「控室は更衣室としても使われてましたから、着替えを覗かれてたというわけですね。嫌な話ですねぇ」

 わざとらしく苦笑いされる。そのあまり驚いていない様子からすると、恐らくそれは知っていたのだろう。それで? と続きを催促された。

「〝模倣犯〟を名乗る人物によってネットに投稿された写真は、マジックミラー越しに備品庫の中から撮影されたもので、当時現場には春翔さんと犯人、そしてあの写真を撮影した誰かがいたと考えています。その撮影者と犯人が共犯かどうかは今のところわかりません」

「なるほど……ありがとうございます。じゃあ、今度はまた私の番ですね」

 まだあるのか。この子、どれだけ情報を隠し持っているのだろう。

「ましろんと遊ぶとき、たまに真冬さんがいない間に真冬さんの家に行くこともあったんですが、そこでたまたま旭さんと出くわしたことがあるんですよ。ましろんと何か話してたみたいだったんですけど、旭さんは私が来るとさっさと帰っちゃって。後でましろんに聞いたら、お姉ちゃんと間違えてたみたいって言うんですが、私は絶対なんか怪しいと思ってて」

 確かに妙な話だ。マネージャーの宇堂さんは真冬さんのスケジュールを把握しているはず。何故真冬さんのいない時間に真冬さんの家を訪れる必要があるのか。そもそも直々に家に足を運ぶ必要があるのか。話せばわかるというほど性格の違う二人を、マネージャーである宇堂さんが間違えて話をするとも思えない。それこそ、真冬さんに双子の妹がいることも知っているのに、だ。真冬さんにも他のメンバーにも隠したい話を、真白さんとしていたのだろうか。たとえば、改めてデビューする気はないのか、とか。

「はい、それじゃあ八壁さんの番ですね」

 この子がどれくらい隠し玉を持っているかわからない以上、こちらも比較的話しても良い話題に抑えていきたい。かと言って、彼女の興味を引くような話でなければ、彼女も相応の情報しか流してくれない可能性がある。どのカードを切るか、慎重にならなければいけないな。

「先ほど〝模倣犯〟なる投稿者の話をしましたが、真冬さんのSNSに脅迫的なDMを送ってきていた人物がいたのはご存知ですか?」

「いえ、初耳です」

「その人物は真白さんが真冬さんに成り代わって投稿していたことに気付いていたらしく、その事実を公表するよう脅迫してきていたようです。そしてその人物は駅前のフリーWi-Fiを使用してDMを送っていた。つまり生活圏はこの近辺であった可能性が高い。我々は〝模倣犯〟とその人物は同一人物ではないかと考えています」

 すると氷夏さんは少し考えてから、僕の話に質問をしてきた。

「では〝模倣犯〟は、ましろんの事件にも関わっていたと?」

「その可能性は高いと考えています。ですので、〝模倣犯〟かその人物のどちらかでも素性が明らかになれば、捜査を大きく進展させられると考えています」

「なるほど……。いいでしょう。なら私もとっておきをお話ししますよ」

 よくわからないが、彼女を満足させる情報だったらしい。そして彼女にとってのとっておきを話すということは、僕もそれ相応のものを要求されるということで、僕にもそれを聞く心構えが少しだけ必要になった。

「ハルちゃんの彼氏ですが、たぶん旭さんだと思います。これは証拠があるわけじゃなくて、私の勘に過ぎないんですけどね。でも二人を見ていたら何となくわかります。旭さんはアイドルとしては真冬さんを売り出していきたいようでした。旭さんだけじゃなくて、事務所としてもちゃんと歌えるアイドルは貴重ですから、売り出し方を間違えなければちゃんと売れると思ったんでしょう。それに加えて、恋人であるハルちゃんも大事で、だから二人がいがみ合う状態を良く思っていなかったようです。どちらにも肩入れできないから、よく私を使って仲裁させていたんです。私は二人ほどアイドル業に熱が入っていなかったのを事務所にも見抜かれていたのか、それほど推されていませんでしたから、一歩引いた目で見ていたので気付けたのかもしれません」

「その、真冬さんにバレたっていうのは、彼氏がいたことがバレただけだったんですか?」

「そりゃあそうですよ。彼氏が誰かなんてバレてたら、もっと揉めてたと思います」

 氷夏さん自身も確かな情報ではないと前置きしているが、筋は通っていそうな気がする。それに春翔さんのスマホを調べれば、メッセージの履歴等から明らかにできる可能性が高い情報でもある。このユニットの人間関係は、思いの外ややこしいことになっているのかもしれない。

「さぁて、じゃあ八壁さんのとっておきを聞かせていただきましょうか」

「これからする僕の話も、警察の捜査というより僕の想像の域を出ないものなんですが……」

「構いませんよ。聞かせてください」

 相変わらずにこにこと笑みを絶やさない氷夏さん。どんな話が聞けるのだろうと、そればかりを楽しみにしているのだろう。

「氷夏さん、あなたは真白さんが真冬さんに成り代わっていたことを知っていたんじゃないですか? 知っていたから、彼女に写真の写り方を指導していた。違いますか?」

「どうしてそう思うんですか?」

「ある時期から、真白さんの写真の構図が変わり、見違えるように写真写りが良くなっています。誰かプロの手が入っているんじゃないでしょうか。事務所に所属してもいない真白さんに、一体誰がそんなことを教えたのでしょう」

 少しずつ氷夏さんの笑みが引き攣っていく。それはどういう理由からだろう。適当な言いがかりだと怒りを覚えているのか、図星を突かれて焦っているのか。

「それだけで、私が指導していたと言うんですか? 確かにそれは、想像の域を出ない話ですね」

「指導に加えて、時々あなたは撮影者でもありましたね? 指導や撮影への協力の対価として、撮影したものをイラストを描く際の資料に使わせてもらう、というように話を付けていたんじゃないですか? これまで氷夏さんが描いたイラストと投稿されている真白さんの写真とを比較検証して相似性が浮き彫りになれば、僕の話は妄想ではなくなるかもしれませんね。それか、氷夏さんがイラストレーターとして使用しているパソコンかタブレットに真白さんの画像が保存されていたりなんかすれば、それはどうしてなのかを聞いてみたくなってしまいます」

 随分と嫌そうな顔をして、氷夏さんは小さくため息を吐いた。

「……わかりましたよ。そうです。本当は知ってましたよ。でも、それだけです。あの写真は私じゃない。あんな光の当て方したら、せっかくの素材が台無しだって何度も言ったのに……」

 どうやら大人しく認めるらしい。彼女は他にどんな嘘を吐いているだろうか。どこまで彼女の話を信じていいのだろう。しかし今の彼女からは貼り付けたような笑みは消えて、侮れない敵を見るような目で僕を見上げていた。

「真白さんが映っている写真は明らかに他撮りのものもありましたが、そのすべての撮影者が氷夏さんというわけでもないんですよね。他の撮影者は真冬さんですか? 真冬さんも、氷夏さんが一部撮影していたことを知っていますよね?」

「……真冬さんに聞いたんですか?」

 氷夏さんの表情からはすっかり余裕の色は消え去り、探るような視線を向けてくる。ようやく彼女が僕に警戒を向け始めた。

「いえ、真冬さんは何も言っていませんでした。すべて僕の推測です」

「そう、ですか。真冬さんも、確かに撮影者の一人だと思います。私も詳しくは知らないです。私が真冬さんの家の合鍵をもらっていたのは、私が撮影に協力していることを、ましろん経由で・・・・・・・真冬さんが知ったからです」

 なるほど。真冬さんと仲が良くなかったらしい春翔さんが合鍵をもらっていないのはわかるが、では何故氷夏さんが合鍵を持っていたのかは気になっていた。氷夏さんの説明で不自然な点はないが、それならそれで、何故真冬さんはその事情をあえて話さなかったのか。詳しく知られたくない何かがあるのだろうか。


 それきり氷夏さんは話をしてくれなくなり、仕方なしに彼女との話はそれで切り上げて、今度はマネージャーの宇堂さんを呼んできてもらうことにした。

 宇堂さんは心身ともに疲弊しきったように憔悴していて、力なく椅子に腰かけた。ここ数日の疲労のせいなのか、年齢よりも老けて見える。

「僕は捜査支援分析センターの八壁と申します。少しお話をお聞かせいただきたく思いますが、どうぞ肩の力を抜いていただけたらと思います」

「はぁ……。ええ、まあ、何でも聞いてください」

 やり取りにも身が入っていないな。事情聴取は何度もされているだろうし、投げやりになっているのだろうか。

「真白さんは当時、歌唱力があまりにもひどくて不合格になったというようなことをお聞きしたんですが、そんなにひどかったんですか……?」

「ええ、まあ……。というより、真冬の歌唱力は目を見張るものがあり、アイドルとしては珍しく生歌で勝負できる逸材だったんです。真白さんもビジュアル面はアイドルとして売り出していけるものがありましたが、彼女をユニットに入れるとなると、生歌でのパフォーマンスは著しく下がってしまう。口パクにしてしまうと真冬の長所を殺すことになってしまいますから、不合格にせざるを得なかったんですよ。当時は今と違ってうちも実績がなく、育てるというよりは即戦力的な素材を求めていましたから」

「なるほど……。確か、社長と宇堂さんのお二人でプロデュースされてるんでしたよね?」

「軌道に乗るまでは、そうでしたね。今はほとんど私が主導してプロジェクトを動かしています」

 ということは、社長はもうほとんど〝UnAuTuMn〟には関与していないのか。そうなると実質的に、ユニットに関わる決定権は彼が持っていることになる。

「メンバーの悩み事やトラブルについてのリスク管理はどの程度できていましたか? 例えば……春翔さんの恋人についてはご存知でしたか?」

「薄々は……という感じですね。ここのところはメンバーのメンタル管理まで行き届いておらず、真冬と春翔の間で揉め事もあったということで、今更ながら反省しております」

 氷夏さんの推測が正しいのであれば、白々しい反応ということになる。もしそうだったなら、春翔さんの恋人について伏せるのはどういった理由からだろう。もう少しだけ突いてみるか。

「春翔さんのスマホを解析すれば、メッセージのやり取りの履歴なんかから、彼女の恋人の素性もじきに明らかになるでしょう。……本当に、心当たりはありませんか?」

 宇堂さんは押し黙ったままで、はいともいいえとも言わない。ここで心当たりはないと言わないのは、心当たりがあると言っているようなものだ。春翔さんの恋人の正体が宇堂さんではないにしても、その素性を知っている可能性は高い。そしてそれを隠そうとしている。何故だろう。

「では質問を変えます。真冬さんのSNSのアカウントに届いた〝みすゞ〟というアカウントからのDMについてはいかがですか? 真冬さんのアカウントにログインできるあなたがそれを知らなかったというはずはないと思いますが、真冬さんもしくは真白さんから何か相談はありませんでしたか?」

「それは……」

 宇堂さんまたも口籠る。答えられない、か。この問いに答えられないのは、単に回答が後ろめたい内容を含むからか、どちらでもない・・・・・・・から、の二通りだろう。

 僕の推測が正しければ、これに気付いた真冬さんは宇堂さんに被害届を出すよう訴え出ただろう。しかし、現実として被害届は出ていない。真白さんがそれを拒んだからだ。DMが送られてきていたのは真白さんの写真が投稿された時だけ。それもすべてではない。真冬さんは〝みすゞ〟はファンではなく悪質な輩だと認識しているようだった。しかし真白さんは違った見解を持っていた――いや、その正体を知っていたのではないだろうか。

「宇堂さんは真白さんから〝みすゞ〟というアカウントが何者なのか、聞いていませんか?」

「いえ、特には聞いていません」

 これにははっきりと答えた。これは答えられる質問だったようだ。

「先ほど、当時は今と違ってという話をされていましたが、改めて真白さんをデビューさせるということは考えなかったんですか? 〝UnAuTuMn〟の追加メンバーとしなくても、真冬さんの双子の妹ということで話題性は抜群でしょう。それに元々ビジュアル面では事務所も高く評価していたわけですし」

「そうですね……一度断られていた以上、再度話を持ち掛けるのはどうかとも思ったんですが。一応、話をしたことはあります。……結局また断られてしまいましたが」

 断られたのか。真白さんは話を受けたのかと思っていた。話を受けたからこそ、他のメンバーにはまだ話せなかったのかと思ったが。

「ちなみになんですが、今回発覚した真白さんの〝なりすまし〟については、真冬さんの雇用契約上は問題のある行為だったんですか? アカウントのIDやパスワードを教えていたわけですから、家族であっても情報漏洩になったり、アカウントを他人に利用させて自分の仕事と偽っていたわけですよね?」

「仰る通りです。ですから我々事務所も、彼女とはそうした責任の取り方についても話し合っていかなければいけないと思っています。春翔が殺害され、真冬も話し合いの結果によっては解雇という可能性もありますから、残された氷夏をどうするかというのも考えなくてはいけませんし」

 彼女は自分の口でもアイドル業に熱が入っているわけではないと言っていた。一人で悲劇のヒロインとして続けるくらいなら辞めるなんて簡単に言い出しそうだ。

「事務所としては、氷夏さんには残ってほしいんですか? ただでさえ彼女は元々イラストレーターとして活動していますし、何もアイドルにこだわらないという姿勢を感じます。真冬さんがいれば続けるという選択もあるでしょうけど、一人でも続けるかと言われると……」

「そうなんですよねぇ…………」

 宇堂さんから本気のため息が出た。実はこのユニットの一番の問題児は彼女なのかもしれない。


 一通り宇堂さんへの聴取も終わると、ひかりさんから連絡があった。

『今どこに居るんですか? センターを探し回ってもいないので、心配しましたよ』

 確かに彼女に一言残してから出れば良かったかもしれない。僕は仕事柄、センターからほとんど出ることはないし、その辺を探せばいるだろうとひかりさんも思ったかもしれない。

「すみません。今、容疑者の聴取に立ち会ってまして。でももう済んだので、これから戻りますね」

 社長からは直接話を聞かなくて良いだろう。今は社長はほとんどユニットと関わっていなかったようだし、わざわざ僕がつっつく必要もない。焦磨たちに任せよう。

 それより、僕の方もだいぶ収穫があった。〝みすゞ〟の正体も見当はついたけれど、ひかりさんの方はどうだろう。もしまだ正体を突き止められていないなら、彼女には黙っておこうか。僕もまだ確信が持てているわけではないし、変に先入観を与えては、せっかく調べてくれた情報の精度が下がるかもしれない。

 そして逆に、欲しい情報も出てきた。センターに帰ったらひかりさんに確認してもらうとしよう。

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ラブラドレッセンス 斎花 @Alstria_Sophiland

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