2.

 ひかりさんの城である第四支援室にお邪魔すると、パウダータイプのミルクティーをお湯で溶いたものを出してくれた。僕のいる第二分析室と彼女のいる第四支援室は、お互いに行き来することが多く、それぞれの部屋にお互いのマグカップが置かれている。部屋の中央にあるテーブルに向かってひかりさんと向かい合うように座ると、彼女が揶揄うような笑みを向けてくる。

「お早いですね。もう資料に目を通してくれたんですか? 実は私が持ってくる前から、この事件に興味がおありでしたか?」

「いえいえ、これだけ情報が集まっているとは思わなくて、考察も捗りましたよ」

「それは楽しみです。では、その考察というのを聞かせていただけますか?」

 捜査支援分析センターは、あくまで捜査本部に対しての支援的な役割を担う。実際に現場に行って捜査をしたり、犯人を追ったりということは滅多にない。今回も、僕らの一番の仕事は犯人がどういう人物か、どういう手口で犯行が行われたか、捜査を進めるにあたって必要になる手掛かりは何で、どういう捜査が必要か、そうした捜査の指針を出すことにある。だからこちらからいくらか仮説を出して、その仮説が合っていそうかどうか、現場に証拠を集めてもらう。仮説と言っても、捜査本部には高い確度のものしか提言しない。だからその前段階として、僕とひかりさんとで意見をすり合わせ、合理性の判断をする。その第一回目がこれだ。

「まず、今回の事件について不可解なことは、この写真です。少なくとも、真白さんがやってきてからこの写真が撮影されるまでの間に不審人物が家に侵入したとは思えません。ですから、真白さんがやってきて以降に犯人が来ているのであれば、知人であり、かつ事前に会う約束をしていた可能性が高いと思います。もう一つ、真白さんがやってくる前から犯人が部屋の中にいた可能性もあります。真冬さんが家を出てから真白さんがやってくるまでの間に来たか、昨晩以前から泊まっていた可能性もあります。その場合でも、やはり知人であった可能性が高いでしょう。この説の決め手としては、背後に映り込んだ犯人を目撃しても真白さんが冷静でいることですね」

「真白さんがやってくる前に、知人ではなく不審人物が侵入している可能性はありませんか?」

 その質問は恐らく、決め手の部分を度外視した質問なのだろう。その可能性を否定できるなら、容疑者は知人に絞れることになるから重要な質問ではある。

「まったく不可能ではないと思います。真冬さんの住むマンションはオートロックで、鍵を使用するかインターホンで応じてもらわなければ中に入ることはできません。監視カメラの映像を見ても、人の出入り自体が多くなく、やってくるのは出かけていた主婦か宅配業者ばかりでした。宅配業者に関しては、オートロックを通過してから数分で出ていっているのも確認しています。ですので、もし不審人物が侵入することができたとしたら、オートロックと監視カメラの二重の網を潜り抜けてきたことになります」

「でも、それが不可能ではないと考えるわけですね。八壁さんとしては、抜け道があるとお考えで?」

「ええ。今回のケースは、一階の角部屋であるということは肝になると思います。監視カメラがあるといっても、出入り口や駐車場、共用スペースの廊下、エレベーター内です。侵入可能な経路として、ベランダには監視カメラもオートロックもありません。三メートルほどの金網の柵を乗り越えれば、の話ですが。それからもう一つ、窓です。資料にあった外観の写真を見ると、ベランダに面した南側を除く北側と東側の窓は、マンションの外に面していますね。どちらも柵がありますが、柵を乗り越え植木を越えれば、オートロックを通過せずとも侵入が可能になっています。もちろん、柵を乗り越える姿を見られるリスクもありますし、窓の鍵が開いていなければ侵入は不可能ではあります。実際に撮影部屋は窓の鍵は閉まっていたそうですが、他の部屋は事件当時に本当に閉まっていたかは確定できません」

 鑑識の報告によれば、撮影部屋の窓はしばらく開けられた形跡はないが、他の部屋は生活に伴う開け閉めは日常的にされていただろうとのこと。一応、警察が到着した際はすべての部屋の窓と鍵は閉まっていたらしい。第一発見者の真冬さんと宇堂さんは、現場に着いてから窓には触れてないと言っているが、それも確かかどうかはわからないし、事件発生時に鍵が閉まっていたことの証明にはならない。もし知人ではない完全な侵入者であるとすれば、これらの障害を突破したうえで、その時まで部屋の中で息を殺して潜んでいたことになる。

「なるほど……。侵入者だった場合は、どういう人物像が想定できますか? 空き巣ですかね」

「盗まれたものがないのであれば、それは違うでしょう。何も盗まずに去ったというのが不可解で、侵入した目的は何らかの情報ではないかと思うんです。部屋が荒らされていたことも踏まえると、なおさらですね。そうなると、その場所が真冬さんの部屋だと知っていて侵入したと考えられます。であれば、個人的に恨みを持っていて彼女の弱みを握りたい人物か、彼女のプライベートを覗きたい悪質なファン、という人物像になりそうな気がします。そういえば、部屋から盗聴器や盗撮用の隠しカメラなんかは見つかっていませんか?」

 それらが見つかれば、悪質なファンという侵入者の可能性はぐっと高くなる。

「今のところそういった報告はないようですね。ああ、なるほど。確かに、元々ないと思っていたものがなくなっていても気付けるわけがないですからね。設置していたものを回収しに来た可能性もあるわけですね。現場はそんな可能性を考えてもいなかったでしょうから、設置痕も含めて調べておくよう指示しておきますね」

「お願いします」

 すると、ひかりさんのパソコンから短い通知音が鳴る。裏で何かソフトを動かしていたのだろうか。ちょっと待ってくださいね、とひかりさんが席を立ち、パソコンを少し操作して印刷したものを持ってくる。

「真白さんのスマホの解析が一部終わりました」

 そう言って見せてくれた先ほどの印刷物を見ると、例の写真についてと、〝真冬〟名義のSNSアカウントについて、それから真白さん個人のメッセージアプリのやり取りなどがまとめられていた。どうやら真白さんのスマホは、現場から回収し、鑑識の手に渡った後で情報支援係のひかりさんの元へ回ってきたらしい。現物もここにあるのだと見せてくれた。

「まず順を追って説明しましょう。例の投稿された写真ですが、奇妙なことが発覚しました。写真に写っている時計の時刻を見ると、恐らく二十七分頃なんですが、この画像データが保存されたのは三十分ちょうどなんです。こちらの画像データの作成者は端末の名前と一致しています」

「撮影からデータの生成にラグがある、ということですか。そこに人為的な工作がある可能性がある、と。にもかかわらず、データの作成者と端末名は一致しているのは、確かに奇妙ですね……」

「あくまで可能性に過ぎませんけれどね。一応、鑑識が入った時点では部屋の時計の時刻は正確でした。合成写真という可能性も疑ってみましたが、これまた解析の結果、フィルター等の加工を含め一切の編集がかけられていないことがわかりました」

 自撮り写真をSNSに投稿する際は、一般的には何らかの加工を施すことが多いように思う。肌をきれいに見せたり、目を大きくしたり、その他にも個人情報にまつわるものを隠したり。真冬さんのアカウントでも、これまではほとんどが何らかの加工が施された画像だった。状況が状況だけに、今回に限ってはそんな余裕はなかったのだろうか。

「それからもう一つ、真冬さんのSNSの投稿を確認していた際に発見したんですが、ある特定のユーザーから何回かDMを送られてきていまして。その内容が脅迫に近い内容なんです」

 これなんですが、とひかりさんは先ほど印刷した書類群からひとつを選び取り、該当箇所を赤いボールペンで囲む。〝みすゞ〟というアカウントから執拗に〝なりすまし〟について指摘され、週刊誌にリークするとまで言われている。〝みすゞ〟からは、自らこの事実を公表するように求められている。このアカウントは自分では投稿を一切しておらず、どうやら真冬さんのアカウントへDMを送るための〝捨て垢〟のように思われた。熱心なファンなら気付けるかもしれないとひかりさんは言っていたが、まさに気付いていたファンがいたのだろう。

「このアカウントの持ち主の特定は?」

「今、開示請求をかけています。それからもう一つの資料……これですね。このメッセージアプリでのやり取りですが、こちらは真白さん個人としてやり取りしているようなんですが、相手は真白さんが真冬さんの〝なりすまし〟をしていることを知ったうえで、やり取りが行われているようなんです」

 メッセージ履歴を見てみると、相手は恐らく男性と思われる。セクハラに近い内容を送られているほか、既に何回か直接会っていることを思わせる内容が含まれていた。相手のアカウント名は〝悪いおじさん〟と登録されている。これは真白さんがそう登録しているようで、実際のアカウント名とは異なる。やり取りの中では真白さんから相手の個人名を出してはいないので、人物の特定には至っていないようだ。

「こちらも現在、アカウントの主を調査中です。登録には電話番号が必要なはずですから、それだけでも特定できれば身元がわかる可能性があります」

「ちなみに、このスマホのパスコードは解析で割り出したんですか?」

「こんな短時間でそんな芸当できませんよ。真冬さんが知ってましたから、それで開けました」

 聴取で判明していた事実としては、真白さんのパスコードは真冬さんも知っていたこと、真冬さんのSNSのアカウントは真冬さん、真白さん、マネージャーがIDとパスワードを知っていて、ログインすることが可能だったそうだ。そして解析の結果、真白さんは指紋認証および顔認証を採用していたようで、パスコードを使用せずともロックを解除する手段があったようだ。

 もしかしたらだが、その情報が流出していた場合、第三者が例の写真を投稿することができた可能性がある。いや、真白さんの指を使えばロックを解除でき、SNSのアカウントはログインしっぱなしになっていたのだからIDやパスワードを知らなくても投稿することができる。あの写真の投稿は真白さんのダイイングメッセージのようなものだと勝手に解釈していたが、犯人によって投稿された可能性もなくはないということか。その場合、何故そのようなことをしたのだろう。挑発のつもりか、はたまた別の意図か……。

 ひかりさんと一緒にテーブルの上に散らばった資料を眺めてはあれこれ議論を交わしていると、不意に電話が鳴った。ひかりさんとほぼ同時に視線が向いた先は、僕のスマホだった。画面を見ると、発信元は焦磨しょうまだった。このタイミングで彼からの連絡があったということは、あまり良くない連絡なのだろうと直感した。彼は僕の同期にして、警視庁捜査一課の刑事。殺人事件でも起きなければ、こんな時間に連絡など寄越してこない。

「何かあった?」

 僕は通話をタップして、ひかりさんにも内容が伝わるようにスピーカーホンに切り替える。

『お前が担当してる事件、連続殺人になっちまった。とりあえず、すぐわかる情報だけ先に送る』

「わかった。すぐ確認するよ」

 それだけで、焦磨は通話を切った。よほど切羽詰まっていたのだろう。

「連続殺人……ですか。犯人の狙いが真白さんだったなら、連続殺人にはならなさそうですが……」

「被害者が誰なのかにもよりますね。犯人が、先日殺した相手が真冬さんでないことに気付いて真冬さんを狙ったのか。それとも別の誰かを狙ったのか」

 真冬さんを狙ったにしても、まだ事件の捜査中で、真冬さんは容疑者の一人でもある。警備体制だって万全なはずだ。そう簡単に手が出せるとも思えない。

 そして程なくして、焦磨からメールが届いた。添付ファイルがあるわけでもなく、本文に箇条書きに情報が連ねられているだけだった。

「被害者は武宮春翔さん。現場は市内のフォトスタジオ……ここ、真白さんの事件当日にマネージャーが打ち合わせに行っていたところですね。ニューシングルのジャケット撮影のために来ていたところ、撮影前に控室で頭から血を流して倒れているのを発見。救急が到着した際はまだ息があったが、意識がない状態。病院に運ばれたがまもなく死亡が確認された、とのことです」

 大まかな状況だけ聞くと、真白さんが殺害された時と同じだ。ネットニュースでの警察の発表では、都内在住の二十代女性が鈍器のようなもので殴られ殺害されたことまでは明かされている。

「真白さんの事件から今日で三日……ですかね。彼女たち、もう仕事してるんですね」

 確かに、今は世間的にもユニット全体が注目を浴びている状態だ。メンバーもマネージャーも容疑者の一人ではあるし、自由に動かして良いのだろうか。

「あ、追伸が来ました。スタジオにはマネージャーの宇堂さんとメンバーの三人が来ていたそうです。このジャケット撮影は前々から準備を進めていて、これだけは外せない仕事だったそうで、真冬さんも傷心ながらプロフェッショナルとして仕事に向き合っていた中での事件だったと話しているそうです」

「そういうことですか……。新曲は……これですね。〝ラブラドレッセンス〟というシングルだそうです。オフィシャルサイトではもう発売日まで公開されてますからね。事務所側だけでなくレコード会社との兼ね合いもあって、日にちの変更は難しかったんでしょうかね」

 そうして情報を得ようとWeb検索をしていたひかりさんが、おもむろに僕を呼び付けた。

「八壁さん、ちょっと……。これ、見てください……」

 その顔を見るに、あまり愉快なものではないのは間違いないだろう。画面を覗き込んでみると、ひかりさんが開いていたページはとある掲示板。そこに貼り付けられていた画像は、あまりにも既視感のあるものだった。

 鏡越しに、スマホで撮影された自撮り写真。写っているのは春翔さんだ。ジャケット撮影用の衣装だろうか、華やかな衣装に身を包み、ポーズを決めている。そしてその後ろには、何かを振り上げて今にも殴りつけようとする黒ずくめの人物が映り込んでいた。画像と共に、〝手口がわかったから真似してみた〟というコメントが添えられている。ハンドルは〝模倣犯〟。

「なんてことだ……。これ、本物……なんですよね?」

「……恐らくは」

 真白さんが投稿した写真はすぐに投稿ごと削除されたとはいえ、現在もネットで拡散されてしまっている。その構図を真似た画像を撮影すること自体は可能だろう。だが、被写体として〝UnAuTuMn〟の春翔さんを用意することは、簡単にできることではない。

「模倣犯……言い得て妙ですね。今回の写真は前回とは違います。本当に別人の犯行かもしれません」

 ひかりさんが指摘した相違点は、後ろに映り込んだ犯人と思しき人物はぶれていて、振り上げたものが何なのかがわからないこと。顔の部分が加工されていて、元画像にははっきりと顔が写っているだろうこと。そして春翔さんの表情。ポーズを決めてはいるが、今にも悲鳴を上げようと恐怖の表情を浮かべている。後ろの人物に気付いたのだろう。

 逆に同じ点は、ちゃんと背景にドアが映り込んでいること。ドアは開いたままだ。それから時計も写っているので犯行時刻もわかること。この控室の時計は文字盤に数字が書かれていて、反転して十三時二十一分を指していた。現在時刻は十四時四十二分。発見から警察が到着して、簡単に捜査をして、今この時間か。犯行時刻が真白さんの事件に近いのも、狙ってやったことなのだろうか。掲示板に投稿された時間を見ると、十三時三十五分。例の写真が真冬さんのSNSに投稿された時刻とまったく同じだ。偶然とは思えない。

「模倣犯は何がしたいんでしょうか。掲示板の投稿が拡散されて結構騒がれてますけど、注目を浴びたかっただけだったとしたら、相当悪質ですよ」

 ひかりさんが珍しく憤りを口にした。しかし注目を浴びたかったという理由だけで、ここまでのことができるだろうか。ジャケット撮影の日時や場所なんて、関係者しか知らない情報だろう。それに警備や関係者の目を盗んで控室で堂々殺害し、その写真をネットに公開。承認欲求の代償にしては、あまりにもリスクが大きすぎる。

「……ちょっと待ってください。この写真、誰が撮ったんですか?」

 僕が何を言いたいのか、ひかりさんもすぐに気付いたらしい。

「確かに、そうですね……。自撮り写真ですから、構図的にも春翔さんのスマホで撮影されたはずです。ですが、〝模倣犯〟なる人物がこの画像を投稿しています。加工もしていますから、元画像を持っているはずです。これはどういうことでしょう……?」

 春翔さんが〝模倣犯〟……と考えるのは安直すぎるか。実際に死んでしまっているわけだし、それをするメリットがない。

 逆に、どんな人物ならこの行動を取ってメリットがあるのだろう。この事件が公表されて、〝UnAuTuMn〟はどうなる? メンバーの一人が殺害された以上、これまで通りの活動はできなくなる。だけれど、世間からは哀れみの目を向けられるだろう。悲劇のヒロインのような扱いを受けるかもしれない。悲劇を乗り越えて前を向くユニットとして、メディアの格好の餌になるかもしれない。それで知名度が上がり、露出が増えて人気が上がり、得をするのは、事務所か? 残されたメンバーか?

「……この事件、悪質な売名行為なのかもしれません」

「どういうことですか? 事務所が黒幕だと?」

「真冬さんの妹である真白さんが殺害され、メンバーの一人である春翔さんが殺害された。まだ何も被害に遭っていないのは氷夏さんですから、もしまだ事件が続くとしたら、何らかの形で標的になるのは彼女である可能性が高いです。そしてもし売名行為なのだとしたら、恩恵を受けるのは残されたメンバー。春翔さんは既に殺害されていますから、売り出したいメンバーは真冬さんか氷夏さん、またはその両方ということになります。この後氷夏さんが何らかの被害に遭う可能性が高く、事務所は真白さんの存在を把握していたにも関わらず、直接真冬さんではなく真白さんが狙われたことを考えると、売り出したいメンバーは真冬さん、ということになりませんか?」

 あまり考えたくはない可能性だ。事務所が所属アイドルを殺害するなんて。だが、まったくの荒唐無稽な可能性ではない。所属アイドルには、私用のスマホではなく貸与しているものがある可能性が高い。そうなれば当然、パスコードやアイドルとしてのSNSアカウントのID、パスワードはマネージャーだけでなく事務所全体で把握しているだろう。所属アイドルなのだから、彼女らの予定も把握している。メンバー全員とも顔見知り以上の関係で、少なからず信頼されているだろう。単純に考えれば、もっとも今回の犯行に向いた立場だ。

「あるいは、そう思わせたい何者かの犯行、ということになるわけですね」

 僕の推測が陰謀論に傾きかけていたところに、ひかりさんがしっかり釘を刺してくれる。彼女の言う通り、実際に事務所が黒幕でなくとも、僕のように売名行為なのではないかと邪推する者は現れるだろう。そういう者の出現を狙い、事務所の評判を落とす目的がある可能性もある。

 これ以上は今回の事件の証拠や証言が上がってこないと考察も難しいということで、手配している諸々の調査も含め、結果を待つことにした。


「八壁さん、今日の帰り、送ってもらっても良いですか?」

「ええ、構いませんよ」

 ひかりさんは自宅アパートから電車で通勤しており、帰りの時間が合う時は僕が車で送っていってあげることもある。

 調査結果待ちという手持無沙汰な状態でありつつも、ひかりさんはどうやらもう少し話をしたいようだ。そう思ったが、助手席に座るひかりさんは窓の外を見つめてばかりで話を振ってくる様子はない。何か考え事をしているのだろうか。

「そういえば、僕はあまり〝UnAuTuMn〟について詳しくないんですが、ひかりさんは知ってました?」

 運転をしながら、ふと思いついた話題を振ってみる。

「テレビで何度か見かけた程度ですね。事件のことがあってから調べましたので、知識はそれなりにありますよ」

 そう言って、ひかりさんは非公式Wikiで得たという知識を運転する僕に垂れ流してくる。

 〝UnAuTuMn〟は二年前からプロジェクトが稼働しているアイドルユニットで、メジャーデビューは八か月ほど前。今回発売予定だったニューシングルが三枚目のシングルになる予定だったそうだ。メンバーカラーは真冬さんが白、春翔さんがピンク、氷夏さんが水色。センターはデビュー時から固定で真冬さんで、彼女は特に歌唱力の高いメンバーらしい。春翔さんは元々配信者として活動していたことがあり、デビューしてからもSNSやユニットのオフィシャルチャンネルで配信活動を中心に活動していたようだ。氷夏さんはデビュー前から続けているイラストレーターの仕事と兼業で、スケジュールの都合で表に出ることはあまり多くないが、モデルやグラビア撮影の仕事も受けて雑誌の表紙を飾ることも増えてきたそうだ。

「しかし……もし事務所が特定の子を売り出すために今回の事件を起こしたのなら、なぜ春翔さんを犠牲者に選んだのかは疑問ですよね。カラー的にも残ったのが白と水色ですし、これからの時代、配信活動に強い人材は重宝されそうなものですが」

「そもそも、メンバーカラーが彼女だけ白というのも気にはなりますけどね。赤系、青系ときたら、もう一人は黄色とか緑とかあると思うんですよね」

「なんか、戦隊モノみたいな配色ですね」

 事務所の狙いとして売名行為というのが一つあったとして、春翔さんを排除したい思惑もあったりしたのだろうか。その場合、メンバーの追加も視野に入れている可能性がある。とは思ったが、有力なところで改めて真白さんという選択肢があったにも関わらずそれも除外している。やはり事務所が黒幕であると考えるのは動機としては少し強引過ぎるか。

 ひかりさんの住むアパートの駐車場に入り、車を停めると、ひかりさんはおもむろに小さな紙袋をカバンから取り出した。

「いつもお世話になっていますから、ささやかながらお礼の気持ちです」

「ご丁寧にどうも。いいんですか? いただいてしまって」

 差し出されるままにそれを受け取ると、ひかりさんは可笑しそうに微笑んだ。

「その反応ということは、今日が何月何日かご存じないようですね」

 今日は……二月十四日。この紙袋の中身に考えが行く前に、微かに甘い香りが漂ってくる。

「あまり縁がないもので……。ありがとうございます」

「いえいえ、これは先行投資みたいなものですから」

 どういうことかと思って考えを巡らせようとすると、すぐにひかりさんがその意図を説明してくれた。

「来月、これが何倍になって返ってくるのか、楽しみにしてますね」

 そう悪戯な笑みを浮かべて、ありがとうございました、と彼女は車を降りていってしまった。

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