EP.009「永遠の夜の選択」

ノクス・テラへのゲートは、これまでの転移と全く異なる体験だった。


通常の転移は光の中を通り抜ける感覚だが、今回は闇に包まれるようだった。深く冷たい、しかしどこか懐かしい闇。目を開けた時、エリアスはまず空を見上げた——そして息をのんだ。


空には太陽がない。代わりに三つの月が三角形を成して輝いている。一つは青白く冷たい光、一つは銀色の柔らかい光、最後は淡い紫色の神秘的な光を放っていた。星々も地球上のものとは配列が異なり、見知らぬ星座が闇夜に散りばめられていた。


「重力は地球の1.2倍、大気組成は類似しているが酸素濃度がやや低い」


リリアンは携帯分析器をチェックしながら報告した。


「気温は摂氏5度。永久凍土の惑星と思われるが…」


彼女の言葉が途切れた。周囲を見渡し、全員が驚愕した。

ノクス・テラの地表は、彼らの予想をはるかに超えていた。確かに氷と雪に覆われているが、そこには驚くべき生命が息づいていた。発光する苔が地面を覆い、青白い光を放つ樹木が森を形成し、空中にはクラゲのように浮遊する生物が漂っている。全てが自ら光を放ち、闇夜を彩っていた。


「光合成生物ではない」


オルタスが観察した。


「化学発光か、あるいは月の光をエネルギー源にしている」


カイは警戒して周囲を見回した。


「ここでは光が危険だと言われていたが…」


「違う」


セレインが声を潜めた。


「光そのものが危険なのではなく、光を作り出すことが危険なのだ」


彼女は地面の苔に手を触れた。苔は彼女の手に反応し、より明るく輝いた。


「この世界の生命は、限られた光を分かち合って生きている。余分な光を作り出すことは、エネルギー資源の浪費であり、捕食者を惹きつける行為だ」


マルコは武器を構えながら言った。


「では私たちの装備は危険だな。ライトも通信機の発光も」


その時、遠くからかすかな光が見えた。ゆらゆらと揺れる、松明のような光だ。そしてその光に向かって、何かが動いている——無数の影が。


「影が…実体を持っている」


エリアスは目を見開いた。


確かに、地面から立ち上がる影は輪郭を持ち、確かな質量があるように見えた。それらは光の方へとゆっくりと集まり始めている。

カイはすぐに理解した。


「影は光を求める。余分な光は、影を集め、実体化させる」


リリアンは緊急に装備の光を消した。全員が暗闇に包まれる。しかしノクス・テラの自然光は、かすかながら周囲を見るには十分だった。


「地図によると、最も近い集落は10キロ北にある」


カイは暗視ゴーグルをかけた。


「ただし、そこに行くには『影の谷』を通らなければならない」


一行は慎重に進み始めた。セレインが先頭に立ち、自然との対話で安全な道を探す。彼女の能力はこの世界でも有効で、発光植物たちが危険な場所を教えてくれる。


「左の道は影が濃い。右を進もう」


セレインが指示する。

進むにつれ、エリアスはこの世界の異質なリズムを感じ始めた。全てがゆっくりで、慎重な動きを要求する。急ぐこと、慌てること、光を放つこと——全てが危険だった。


一時間後、彼らは「影の谷」の入口にたどり着いた。そこは文字通り、影が実体化したような光景が広がっていた。地面から無数の黒い手が伸び、空中には影の鳥が飛び交い、谷底からはかすかなすすり泣きのような音が聞こえる。


「ここを通るしかないのか?」


マルコは不安そうに谷を見下ろした。


「最短ルートだ」


カイは確認した。


「だが、一つだけルールがある。谷の中では、絶対に光を放ってはならない。影が活性化する」


一行は息を潜めて谷へと降りていった。谷底は思った以上に広く、無数の影がゆっくりと動き回っていた。それらは人間の形をしているものもあれば、動物の形、あるいは不定形のものもあった。


「これらは…かつての住民か?」


リリアンが小声で言った。


「違う」


突然、声がした。

全員が振り返ると、影の中から一人の人物が現れた。全身を黒い布で覆い、顔は深いフードで隠れている。しかしその声は若い女性のものだった。


「これらは『光あくなき者』の末路だ。必要以上に光を求め、影に飲み込まれた」


女性はフードを脱いだ。年齢は20代前半、白銀の髪は闇夜の中で微かに光り、青白い肌は月の光を反射している。しかし最も印象的なのは彼女の目だった——片目は金色に輝き、もう片目は深い闇をたたえている。


「私はルナ・テネブラエ。ノクス・テラの守り手だ。あなたたち異世界者は、なぜここに来た?」


カイは前に出て、説明した。


「私たちは次元の崩壊を止めるために来た。八重奏の仲間を探している」


ルナの表情がわずかに動いた。


「八重奏…その言葉を聞くのは百年ぶりだ」


「あなたは知っているのか?」


エリアスが近づいた。


「知っている。そして拒否する」


ルナの声は冷たかった。


「私の祖母が八重奏の一員だった。彼女は光を求め、影に飲み込まれた。私は同じ過ちを繰り返さない」


セレインが優しく話しかけた。


「光と闇は対立するものではない。調和するものだ」


「この世界では違う」


ルナは首を振った。


「ここでは、光は闇を生み、闇は光を求める。永遠の循環だ。あなたたちが持ち込もうとする調和は、このバランスを破壊するだけ」


その時、谷の奥から異変が起こった。月の光が突然赤く染まり始めたのだ。三つの月が同時に血のような赤に変色する。


「月蝕が始まった」


ルナの表情が険しくなった。


「闇の王が目を覚ます。あなたたちはすぐにここを去るべきだ」


「闇の王とは?」


マルコが尋ねた。


「この世界の古い神だ。月が赤く染まる夜だけ目を覚まし、光を持つ者を狩る」


ルナは彼らを見た。


「あなたたちは十分な光を持っている。餌食にされる」


突然、谷の影たちが活発に動き始めた。赤い月の光を受けて、それらの輪郭がはっきりし、実体を増している。


「遅すぎた」


ルナはため息をついた。


「彼が来る」


地面が震え始めた。谷の最深部から、巨大な影が立ち上がる。高さは10メートル以上、無数の手と目を持つ、言葉では表現できない怪物だ。


闇の王だ。


「全員、後退!」


カイが叫んだ。

しかし影たちが退路を塞いでいる。一行は包囲されていた。


ルナは決断した。


「私が囮になる。その間に逃げろ」


「そんなことさせない!」


エリアスが言った。


「一緒に戦おう」


「愚か者!」


ルナは彼を睨んだ。


「あなたたちの光は彼を強くするだけだ!」


彼女の言う通り、闇の王は一行の方へと歩み寄り、彼らが発するわずかな光(装備のわずかな発光や、エリアスの共鳴の微かな輝き)に吸い寄せられるように近づいてくる。


セレインが閃いた。


「逆だ。光でなく、闇を使おう」


「どういうこと?」


リリアンが尋ねた。


「エリアス、あなたは調和の共鳴体だ。光と闇の調和を示せるはず」


エリアスは理解した。彼は目を閉じ、内なる闇を探した。リリエンとの融合以来、彼の中には光だけでなく、全ての対極が存在していた。喜びと悲しみ、希望と絶望、光と闇。彼はその闇を引き出し、調和の光と織り交ぜた。灰色の、中立のエネルギーを作り出す。

闇の王は一瞬止まった。初めて見る、分類できないエネルギーに混乱しているようだった。


「効いている!」


マルコが叫んだ。

しかしルナは驚きの表情を浮かべた。


「あなたは…両方を持つ?どうしてそんなことが?」


「調和とは、対極の統合だ」


エリアスは汗をぬぐいながら言った。


「光だけでも、闇だけでもない。その間にある全てだ」


闇の王は再び動き出した。今度はより速く、より攻撃的に。エリアスの灰色のエネルギーは混乱させたが、止められなかった。


「彼は完全に目を覚ました」


ルナは覚悟を決めた表情をした。


「一つだけ方法がある。私が『影の器』になる」


「何をするつもりだ?」


カイが警戒して尋ねた。


「闇の王は、強力な影の共鳴体を求める。私が自分を差し出せば、あなたたちは逃げられる」


「そんなことさせない!」


エリアスはルナの腕を掴んだ。


「八重奏の仲間として、君を助ける!」


ルナの目がわずかに揺れた。


「なぜそこまで?」


「ソフィアがそう言った。君が答えだと」


エリアスは真剣に彼女を見つめた。


「そして僕は信じる。君の中に、闇と光の調和があるはずだ」


その瞬間、ルナの片目(金色の目)が強く輝いた。同時に、彼女の記憶の封印が解かれる。彼女は想起した——祖母が影に飲み込まれる瞬間。しかしそれは光を求めた末ではなかった。闇の王を封じるために、自ら犠牲となったのだ。


「祖母は…闇の王を封じるために、自ら器になった」


「そうだ」


突然、別の声がした。

影の中から、もう一人の人物が現れた。年老いた女性で、ルナによく似ている。彼女は透明で、幽霊のような存在だった。


「祖母…?」


ルナは声を詰まらせた。


「ルナ、私は光を求めて死んだのではない。光と闇の調和を見つけるために生きた」


年老いた女性は微笑んだ。


「そして今、あなたがその調和を受け継ぐ時が来た」


彼女はエリアスを見た。


「調和の共鳴体よ、私の孫を導いてほしい。彼女は『黄昏の共鳴体』だ。光と闇の狭間に立つ者」


エリアスはうなずき、ルナに手を差し出した。


「一緒にやろう。君の闇と、僕の調和で」


ルナはためらい、それから決意に満ちた表情でエリアスの手を握った。

二人の共鳴が始まった。ルナの深い闇と、エリアスの調和の光が混ざり合い、新たなエネルギーを作り出す——黄昏の光だ。

闇の王はその光に魅了された。それは純粋な光でも闇でもなく、両方を含む完全な調和だった。


「今だ!」


ルナが叫んだ。


「封じの呪文を!」


彼女は祖母から受け継いだ古い呪文を唱え始めた。エリアスはそれに調和のエネルギーを注ぎ込む。他のメンバーもそれぞれの力でサポートする。

闇の王は光に包まれ、次第に小さくなっていく。巨大な影は収縮し、最後にはルナの掌ほどの黒い宝玉になる。


「これで…終わり?」


マルコが息を切らしながら尋ねた。


「終わりではない」


ルナは宝玉を見つめながら言った。


「封印しただけだ。闇の王はこの世界の一部。消すことはできない」


彼女はエリアスを見た。


「でも、あなたが教えてくれた。調和の可能性を。光と闇は対立するだけのものではない」


赤い月の光が薄れ、通常の色に戻っていく。影たちも静かになり、再び地面に溶け込んでいく。

ルナはため息をつき、一行を見渡した。


「祖母の意志を継ぐなら…八重奏に加わろう。だが一つ条件がある」


「何だ?」


カイが尋ねた。


「私の世界を守ること。闇の王の封印が解かれないよう、この宝玉の監視を続けること」


「了解だ」


エリアスはうなずいた。


「約束する」


その時、通信機が鳴った。リリアンが応答すると、オルタスが緊急連絡をしてきていた。


「エクリプス・シティで問題が発生した!ソフィアのクリスタルに変化が!」


「何があった?」


マルコの声が緊張で震えた。


「虚無の使徒の残党が襲撃した。クリスタルは無事だが…ソフィアの意識信号が弱まっている。早く戻ってきてほしい」


一行は顔を見合わせた。新たな仲間を得たが、代償も大きかった。

ルナはすぐに決断した。


「私も行く。この宝玉を持って。ソフィアを助ける役に立つかもしれない」


六人は急いで帰路についた。ノクス・テラの闇夜の中、彼らは新たな仲間と共に、次の戦いへと向かう。

しかし彼らは知らなかった。エクリプス・シティで彼らを待ち受けるのは、単なる残党襲撃ではないことを。


虚無の使徒たちの真の計画が、今まさに最終段階に入ろうとしていた。

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