「犬と雪」
和み
第1話
雪がとければ春が来る。
その当たり前の循環が、今日はどこまでも遠かった。
夜の名残りが空に沈むころ、玄関の扉を開ける。
凛とした冷気が頬を刺し、胸の奥まで澄んだ空気が入り込んだ。
冬はまだ始まったばかりで、今年も容赦なく雪が降ると予報は告げていた。
庭一面には、夜のあいだに降り積もったまっさらな雪。
境目をすべて隠してしまう、その白の深さに、思わず息をのむ。
その瞬間、愛犬たちが扉の隙間をすり抜けて飛び出していった。
尻尾をぶんぶん振り、互いに追いかけ合い、勢い余って、積みたての雪へ突進しては、私の作った雪山を豪快に崩す。
白い毛に雪玉をくっつけて走る姿は、まるで雪だるまがはしゃいでいるようだった。
彼らの無邪気さに、私は少しだけ救われる。
冬が来るたび胸に沈む、雪害の不安があるからだ。
「もう、雪かきが終わらないでしょ」
そう言っても、犬たちは振り返るだけで、また雪へ突っ込んでいく。
ため息をひとつつき、私は結局、彼らが疲れ果てるのを待つしかなかった。
このあと、お湯で雪玉を溶かし、洗って乾かす大仕事が待っているのに。
お風呂が大嫌いな彼らは「お風呂」の一言で逃げるくせに、雪にはためらいなく飛び込む。
そんな騒がしい一日が過ぎ、夜。
窓の外はふわりと明るかった。
雪国の夜は、月と街灯が雪に光を反射させ、昼より明るいことすらある。
雪あかりと呼ばれるその光のおかげで、世界が少し柔らかく見えて、私は今日の疲れがそっと溶けていく気がした。
翌朝、雪かきをしていると、角のおばあちゃんの家が倒壊したと聞いた。
胸がざわつく。
冬の重さが、ついに誰かの日常に触れてしまったのだ。
急いで向かうと、おばあちゃんは玄関先で小さな荷物をまとめていた。
娘さんの車が静かにエンジンを鳴らしている。
「あら、来てくれたのかい」
おばあちゃんは愛犬の頭を撫で、ゆっくり笑った。
手袋越しにも伝わる温かさ。
その笑顔の奥に、うっすらと寂しさが滲む。
「大丈夫さ。しばらく娘の家に世話になるよ」
雪国の人は強い。
けれど強さとは、笑い続けることではなく、
受け入れて、それでも歩いていくことなのだと、
おばあちゃんの背中が教えてくれる。
「元気でね」
そう言われ、犬たちは小さく鳴いた。
車が去ったあと、私はしばらく倒壊した家を見つめた。
昨日まで確かに存在していた日常が、一晩で形を失う。
雪は優しい。
けれど、厳しい。
その両方を抱えながら、この町は今日も静かに息をしている。
足もとに愛犬が寄り添ってきた。
その温かさに、私はそっと息をつく。
吐いた白い息が空に溶け、静かに雪が舞っていた。
完
あとがき
この物語は、雪国の呼吸をたった一日の中に閉じ込めたくて書きました。
雪は優しいけれど、ときに誰かの日常を奪ってしまう。
それでも、人は寄り添い、また生きていく。
その姿を、犬たちの体温のような温かさで包み込めたら――
そんな願いを込めています。
最後まて読んでくださり、ありがとうございます。
「犬と雪」 和み @nagomi069
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