第9話 一ノ瀬匠の「職人は黙って垂直を出す」

(実家の作業場。長年愛用している腰袋の手入れをしながら)


「……やっぱり、こっちの空気は落ち着かねえな」


タクミは、親父が使い古したカンナの刃を研ぎながら、ぼそりと呟いた。 数日前まで、火を噴くトカゲだの、意志を持った動く鎧だのがうろつく世界で、魔法の樹木と格闘していたのが嘘のようだ。


「健斗の野郎……『究極のリノベーション』なんて言いやがって。あいつの営業トークにはいつも乗せられちまうが、今回ばかりは俺も血が騒いでる」


タクミは、リュックから取り出した一欠片の石を見つめた。異世界のダンジョンで拾った、魔力を流すと硬化する不思議な石。 日本の建築基準法では絶対に「構造材」として認められないが、あっちの世界ならこれ一つで、柱のない広大な大ホールだって作れる。


「耐震強度、建ぺい率、容積率……。こっちじゃルールに縛られて、結局は『どこかで見たような家』しか建てられない。けど、あっちにはルールがない。……いや、俺が作るものが『ルール』になるんだ」


タクミはニヤリと笑い、工具箱に特注の**「超硬度チップソー」と、日本の「高性能シーリング材(シリコン)」**を詰め込んだ。


「あっちの連中、石の継ぎ目に泥を詰めてやがったからな。このシリコンを見せたら腰抜かすぜ。気密性ゼロの石造りハウスを、魔法の断熱材と日本のサッシ技術で、半袖で過ごせる常夏の部屋に変えてやる」


作業場の奥から、親父が「飯だぞ」と呼ぶ声がした。 タクミは立ち上がり、パンパンに膨らんだ工具箱を愛おしそうに叩いた。


「リンちゃんは数字で守り、健斗は口で道を切り開く。だったら俺は、二人が帰ってきたくなる『最高の拠点』を作るだけだ。……例の呪われた廃屋、あそこを王都で一番『住みたい場所』にしてやるからな」


タクミの目は、すでに異世界の空を飛ぶワイバーンではなく、その下で輝く**「最強のデザイナーズ・ビル」**を見据えていた。


【一ノ瀬匠のガチ工具持ち込みリスト】


「レーザー墨出し器」:異世界に初めて「本当の垂直」を教え込む神器。


「充電式インパクトドライバー」:ネジを打ち込む速度で現地の大工を絶望させる。


「建築用強力接着剤(メガボンド)」:魔法よりも確実な接着力を提供。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る