第8話 水樹リンの「管理部長はつらいよ」
(実家の自室。使い慣れたタブレットで、異世界の地図と収支表を睨みながら)
「……はぁ。お母さんのお雑煮、美味しかったなぁ……。もう一回おかわりしておけばよかった」
リンは、千葉の実家のベッドに寝転がりながら、異世界から持ち帰った「羊皮紙の領収書」の束を眺めていた。文字が踊る。いや、そもそも文字じゃなくて、血の跡や土汚れがついている。
「健斗さんもタクミさんも、本当に無茶苦茶。……『木を採ってくる』って言って、あんな大怪我してくるなんて。あの時、私、本当に寿命が縮まったんだから。……もし健斗さんがいなくなったら、私、あの世界でどうすればいいのよ」
彼女は、画面をスワイプして、異世界で隠し撮りした「寝顔の健斗」の写真をそっと見つめた。すぐに顔が赤くなり、画面を切り替える。
「……ダメダメ。感傷に浸ってる暇はない。次の課題は、カイル様を納得させる収支計画案。あのご子息、目は高いけど現場のコスト感はゼロだし。……『全室に魔法銀(ミスリル)の装飾を!』なんて言われたら、私の胃に穴が開いちゃう」
リンは電卓を叩く。カチカチという規則正しい音が、実家の静かな夜に響く。
「……でも。健斗さんのあの強引な営業スマイル、ちょっとだけ……本当に、ちょっとだけ頼もしいんだよね。タクミさんの建てる家も、現代日本じゃ考えられないくらいワクワクするし」
彼女は、リュックに詰め込んだ「簿記の参考書」と、実家の近所の文房具屋で買い占めた「フリクションボールペン」を確認した。異世界には『消せるボールペン』なんて魔法みたいな文房具はない。これ一本で、契約書の書き換えも思いのままだ。
「……管理部長がしっかりしなきゃ、あの二人、すぐに王宮に不敬罪で捕まるか、破産するかのどっちかだもんね」
リンは眼鏡をクイッと押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「見てなさい異世界。日本の事務職(バックオフィス)の底力、たっぷり教えてあげるんだから」
【水樹リンの秘密の持ち込みリスト(追加)】
「貼るカイロ」:冷え性の自分用と、領主への賄賂用。
「ポスカ(全色セット)」:手書きチラシを最強に目立たせるため。
「養生テープ」:タクミさんの施工を助ける、世界最強の魔法(テープ)。
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