第7話 お正月は実家のこたつで ~異世界大家の冬休み~

「……あ、戻ってきた」


気がつくと、健斗はあの薄暗い非常階段に立っていた。異世界での激動の数ヶ月、死にかけた傷跡はスキルのおかげか綺麗に消えているが、精神的な疲れはピークだった。 スマホを見ると、日付は12月31日。


「……正月か。あっちには正月なんて概念、なかったからな」


健斗はタクミとリンに「2日間の正月休み」を言い渡し(二人とも『実家の飯が食える!』と泣いて喜んだ)、それぞれの実家へと解散した。


実家の香りと、普通の幸せ

健斗が重い足取りで千葉の実家の門をくぐると、玄関先で母親がバケツを持って掃除をしていた。


「あら、健斗? 連絡もなしに……あんた、ちょっと痩せた? 仕事、ちゃんと食べてるの?」 「……まあな。今はちょっと、大きなプロジェクトに関わっててさ」


居間に入ると、テレビではバラエティ番組が流れ、父親が新聞を片手に熱いお茶をすすっている。そこには「魔獣」も「領主」も「欠陥住宅」もない、圧倒的な**「日常」**があった。


「兄ちゃん! おかえり!」


大学生の妹が、こたつから顔を出して笑う。 夕食は、豪華なフレンチでも異世界のジビエでもない、母さん特製の**「すき焼き」**だ。


「これだよ、これ……」


甘辛い醤油の匂い。溶き卵にくぐらせた牛肉。健斗は無言で米をかき込んだ。異世界で命懸けで手に入れた黒鉄の樹よりも、今は母さんの作る茶碗蒸しの方が価値があるように思えた。


英雄も、家ではただの息子

夜、健斗は父親と二人で晩酌をした。 「健斗、仕事は順調なのか? 不動産ってのは、景気に左右されるからな」 「……ああ。最近、いいパートナーが見つかってさ。手先が器用な奴と、事務に強い子が手伝ってくれてる」 「そうか。仲間は大事にしろよ。一人で持てる荷物なんて、たかが知れてるんだからな」


父親の何気ない言葉が、異世界で「自分が全部やらなきゃ」と肩肘張っていた健斗の心に沁みた。


「……なあ、父さん。もし、誰にも見向きもされないようなボロ家を、最高の家に変えられたら、すごいことだと思わないか?」 「そりゃあ、大工冥利に尽きるだろうな。住む人が笑ってりゃ、それが一番だ」


1月2日:戦場(現場)への帰還

お節料理をタッパーに詰め、妹から「これ、向こうの友達に」と渡された大量の日本のお菓子をリュックに詰め込んで、健斗は再び非常階段へ向かった。


スマホにはタクミから**『餅、3キロ持っていくわ』、リンから『ポチ袋(大入り袋)買ってきました。仕事始めの景気付けです!』**とLINEが入っている。


「……さて。実家でチャージ完了だ」


光に包まれる直前、健斗は実家の屋根を見上げた。 「待ってろよ父さん、母さん。いつかあっちの世界に、ここと同じくらい暖かい家を建ててやるからな」


目を開けると、そこは冷たい空気の流れる王都。 だが、健斗の横には、同じように「実家の匂い」をさせたタクミとリンが立っていた。


「よっしゃ、野郎ども! 仕事始めだ! 領主のバカ息子……いや、カイル様をビビらせるモデルルームを完成させるぞ!」 「「おー!!」」

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