第3話 異世界からの「もしもし」

異世界の夜は暗い。街灯などなく、唯一の光は魔導具の微かな輝きだけだ。 健斗はリュックからスマホを取り出した。画面の端には、異世界転移のバグか、あるいはスキルの恩恵か、**【圏外】ではなく【異世界:4G(接続中)】**という奇妙な表示が出ている。


「……マジか。繋がるのかよ」


震える指で連絡先を開く。真っ先に思い浮かんだのは、ブラック企業の上司でもなく、疎遠な両親でもなかった。 営業時代、ノルマに追われて公園で泣いていた自分に「兄ちゃん、これ食えよ」と焼き芋をくれた、築古アパマン4棟を所有する悠々自適の大家――**源さん(70歳)**だ。


コール音が3回。


『……はい、もしもし。佐藤の兄ちゃんか? こんな時間に珍しいな』


聞き慣れた野太い声がスピーカーから漏れた瞬間、健斗は危うく涙が出そうになった。


「源さん! すみません、夜分に。今、ちょっと……遠いところに来てまして」 『遠いところ? また出張か。相変わらずブラックだなあ』 「いや、出張どころじゃないんです。実は、不動産の『究極のフロンティア』を見つけたんですよ」


健斗は、目の前にそびえ立つ、魔力が漏れ出して紫色の霧を吐いている廃屋を見上げた。


「源さん、相談なんです。『物理的に呪われていて、内装が100年以上放置、地盤には巨大なトカゲの巣がある物件』。これ、源さんならどう料理します?」


一瞬、沈黙が流れた。普通なら狂人扱いされる質問だ。 だが、幾多の修羅場を潜り抜けてきた「戦う大家」源さんは、ガハハと笑い飛ばした。


『なんだ、そりゃボロ物件のフルコースじゃねえか! いいか兄ちゃん、不動産の本質はな、**「誰もが嫌がるゴミを、誰かが欲しがる宝に変える」**ことだ。呪われてる? 逆に考えろ。それだけ「付加価値(ストーリー)」がつけ放題ってことだ。除霊のコストを売主から差し引かせて、指値(値下げ交渉)でゼロ円まで叩け!』


「……指値。そうか、ここはまだ所有権の概念がガバガバなんです。まずは占有権を主張して……」 『あと、基礎だ。建物が古かろうが、土台さえしっかりしてりゃあ、あとはどうとでもなる。シロアリ(魔食虫)がいるなら、徹底的に根絶やしにしろ。中途半端なリフォームは一番金がかかるぞ』


「……土台。そうですね。日本の防蟻剤と、向こうの結界魔法を組み合わせればいけるかも」


『いいか、佐藤の兄ちゃん。大家ってのはな、ただ座って家賃を待つ仕事じゃねえ。**「住人の人生を預かる」**仕事だ。そこを忘れなきゃ、どんな魔境でも満室経営できる。……ところで、今どこにいるんだ? 背景で変な鳴き声が聞こえるぞ』


「あ、これ……火吹き竜(ファイアドレイク)です。ちょっと遠いんで」 『竜? 焼き鳥屋か? まあいい、土産話待ってるぞ』


通話が切れた。 源さんのアドバイスで、健斗の迷いは消えた。


「よっしゃ……まずはこの廃屋の『登記』に代わる権利書を、ギルドの地下倉庫から探し出すのが先決か。待ってろよ、不労所得。まずはこのゴミ物件を、王都最高の『デザイナーズ・ダンジョン』に変えてやる!」


健斗はスマホのライトを点灯させ、日本のホームセンターで買った**「超強力・業務用カビキラー」**を片手に、呪われた廃屋の重い扉を蹴破った。

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