第2話 クーリング・オフは受け付けない

「……え、戻った?」


目を開けると、そこは異世界の石畳ではなく、元の世界の非常階段の踊り場だった。 手には飲みかけのぬるい缶コーヒー。耳には遠くを走る電車の音。 夢だったのかと溜息をついた健斗だったが、掌を見て目を見開いた。


掌に、異世界で握りしめた**「銀貨1枚」**が握られていたのだ。


「……夢じゃない。あれは、実在するマーケットだ」


健斗の脳内コンピュータが高速で回転を始める。 あの世界には、魔法や魔物はあっても「まともな居住空間」がない。 断熱材もなければ、効率的な動線設計もない。何より、「賃貸管理」という概念そのものがない。


「あっちで大家として成り上がるには、こっちの道具と知識が必要だ……」


そう確信した瞬間、健斗の目の前に再びウィンドウが現れた。


【異世界往還:準備フェーズ】 滞在可能時間:24時間 持ち込み制限:リュックサック1つ分のみ


「24時間……! 迷ってる暇はねえ!」


健斗は猛然と走り出した。会社に辞表を出す時間すら惜しい。 彼はサラ金に駆け込み、営業スマイルで上限いっぱいの即日融資を引き出した。 「どうせあっちに行けば、円なんてただの紙クズだ。全部投資に回してやる!」


【健斗の異世界持ち込みリスト】

プロ用レーザー距離計&コンパス


目測ではなく、正確な図面を引くため。異世界に「1K」の概念を持ち込む。


強力な殺虫・防カビ・除菌スプレー


異世界の「魔食虫」が化学薬品に耐性がないことを期待して。衛生管理こそ家賃アップの鍵。


100円ショップの「便利グッズ」詰め合わせ


S字フック、突っ張り棒、隙間テープ。魔力を使わずとも「快適」を作る魔法の道具。


建築・リフォームの専門書(図解入り)


現地の職人に指示を出すためのバイブル。


ソーラー充電式LEDランタン


「魔法の灯火」より安価で明るい照明を。


最後に、彼はホームセンターで**「ある特殊な粉末」**を大量に買い込んだ。 「向こうの『呪い』の正体が魔力漏れなら、こいつが効くはずだ……」


深夜、健斗は誰もいないアパートの自室で、パンパンに膨らんだリュックを背負った。 鏡に映る自分は、スーツ姿に登山用リュックという、不審者そのものの格好だ。


「上司、見てろよ。俺はあんたの下で1DKを売る男で終わるつもりはねえ。異世界の王都に『サトウ・タワー』を建てて、真の不労所得を掴んでやる」


タイムリミットが来た。 足元から光が溢れ出し、重力が消える。


次に目を開けた時、健斗は再び、あの不潔で、しかし**「金脈」の匂いがする異世界の路地裏**に立っていた。 目の前には、例の「呪われた廃屋」が鎮座している。


「よし……営業開始だ」


健斗はリュックから、日本で買ってきた**「工事中・立入禁止」の黄色いテープ**を取り出し、廃屋の門に堂々と貼り付けた。

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