異世界で不動産投資をしてみた

@liclove

第1話 その男、宅建士につき

「……結局、今日もボウズかよ」


佐藤健斗(32歳)は、西日が差し込む雑居ビルの非常階段で、ぬるくなった缶コーヒーを煽った。 手元のスマホには、上司からの「詰め」のLINEが並んでいる。 『佐藤、例のタワマンの媒介どうなった?』『やる気あんの?』『お前の代わりなんていくらでもいるんだぞ』。


「代わり、ね……。ああ、やってられねえ。いつか不労所得で、嫌な客も上司も全員シャットアウトしてやる……」


それが、この世界での健斗の最後の言葉だった。 立ち上がろうとした瞬間、貧血か、はたまた連日の徹食が祟ったか。視界が激しく歪み、彼は階段の踊り場から吸い込まれるように意識を失った。


「……おい、生きてるか? 邪魔だ、どけよ」


硬い石畳の感触と、鼻を突く家畜の臭い。 健斗が目を覚ますと、そこは中世ヨーロッパを思わせる、活気に満ちた、しかしひどく不潔な大通りだった。


「え、どこだここ……。再開発地区か?」


周囲を見渡すと、見たこともない服装の住人たち、背中に巨大な剣を背負った男、そして——空を飛ぶトカゲのような生き物。 パニックになりかけた健斗の目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。


【固有スキル:不動産鑑定(Lv.1)】が発動しました。 【パッシブスキル:借地借家法の加護】が適用されます。


「……は? スキル? 不動産、鑑定?」


職業病だろうか。健斗の目は、無意識に目の前の「建物」に向けられた。


【鑑定対象:木造石造り3階建て・築120年】 構造: 腐朽あり(柱にシロアリならぬ魔食虫の痕跡) 瑕疵: 2階奥の部屋に地縛霊(低級)あり 評価: 倒壊の危険性高。現状での客付けは不可能。


「築120年って、重要事項説明どころの騒ぎじゃねえぞ……。っていうか、異世界かよ、ここ!」


健斗は自分の置かれた状況を理解した。資産ゼロ。身一つ。あるのはスーツと、胸ポケットの宅建士証と、謎の鑑定スキルだけ。 絶望しかけた健斗だったが、ふと横の路地裏に目を向けたとき、営業マンとしての嗅覚が反応した。


そこには、ボロボロの看板を掲げた「ギルド直営・冒険者専用宿舎」があった。 中から出てきた若手の冒険者が、泥だらけの顔で毒づいている。


「クソッ、一泊銀貨5枚も取っておいて、ネズミが出るわベッドは固いわ……。これじゃ疲れも取れねえよ。どこかマシな物件はねえのか!」


健斗の脳内に、電卓を叩くような音が響く。 (……待てよ。この街、人は多いのに、住宅の質が供給に追いついていない。つまり、圧倒的な『貸し手市場』だ。もし俺が、現代の管理ノウハウで物件を再生させたら?)


健斗の目が、獲物を狙うハイエナ、いや、トップ営業マンのそれに変わった。 「資産ゼロ? 結構。初期費用(手付金)さえ稼げれば、あとはレバレッジを効かせるだけだ」


彼はヨレヨレのスーツを正し、ギルドの受付へと歩き出した。 異世界大家ロード、その第1歩は「最悪の事故物件」探しから始まる。

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