鬼火を待つ

幸まる

なんとでもなる

子供の頃、山の上に建つ祖父母の家は、異世界のようだった。


延々と続く苔むした石垣。

地中へ繋がっているかのような古い蔵。

ぶら下がってもびくともしない、水平に枝を広げた巨大な松の木。

狐と狸が化け合戦しているかもしれない、裏の竹藪。

お化けが這い出して来そうなボットン便所。

火の神が住んでいると聞かされたかまど



そんな祖父母の家に、正月と春の節句、そしてお盆、季節毎に多くの親戚が集まった。

陽気な叔父と気さくな叔母達。

年齢様々な多くの従兄弟いとこ

賑やかに過ごすその時は、子供心に特別なもので、私は毎年祖父母の家に行くのが楽しみでならなかった。




あれは、私が小学一年生の頃だ。

祖父母の家でお盆に数泊して、帰る前夜、集まった親戚達と一緒に花火をした。


願いが何でも叶いそうだと思えた、満天の星空の下、楽しい時間を終えて家の中に戻ろうとした時だった。

従兄弟の一人が、裏山の方を指差した。


「あれ何?」


指差す方を見れば、家の屋根より高い場所にある畑から、更に上へ登って行く小道に、一列に並んでいる光があった。

提灯のような、ぼんやりとした光。

数としては、十に満たない。

その光が、ゆっくりと小道を登っていく。


真っ暗な夜の山で、街灯などというものはひとつもなく、畑も小道も見えない。

ただ、その場所には祖父母の畑があって、裏山の上の墓地に通じる小道があることを皆知っているから、小道を誰かが登っているのだと思った。


でも、誰がこんな時間にそんな所を登るだろう。

しかもその進み方は、スーと斜めに線を引くようで、人が歩いて進んでいるようには見えなかった。



怖い想像をしそうになった時、祖母が普段通りの声で明るく言った。


「ああ、あれは鬼火だわ」

「鬼火って?」

「亡くなって人の魂だよ。お盆が終わるからお帰りになるんだねぇ」


『亡くなった人の魂』と聞いて、お化けを想像した私は、同様の従兄弟と一緒に祖母にしがみついた。


「ばあちゃん、怖い」

「なぁんも怖いことなんかない」


祖母はカラカラと笑った。


「あの山で眠っているのは、ばあちゃんやじいちゃんのお母さんお父さん、爺さん婆さん、皆親戚の誰かで、知っとる人ばっかりだもん。怖いことなんか、ひとぉつもないわ」

「……怖くないの?」

「ないよぉ。じいちゃんもばあちゃんも、いつかはに並ぶじゃろ。そしたら怖いと思うかい?」

「ううん、ばあちゃんなら怖くない」

「そうじゃろ?」


祖母があまりにも当たり前に言って笑うので、私の恐怖は溶けるように薄れていった。

周りの従兄弟達も同じだったのか、不思議とそれ程騒ぐこともなかった。


「さあ、帰ろう」


私の手を握ってくれた祖母の手は、固く節くれ立っていたが、すべすべしていて、とても安心した。

反対の手を、従兄弟が握る。

不思議な体験をしたはずなのに、皆楽しそうに笑って、祖母と家に帰った。



祖母は私達にとって、そうした存在だった。



小柄な祖母は、穏やかで、気を荒げるようなことがない人だった。

ユーモアがあって、いつも何かしら楽しそうにしている。

私達が泊まりに行くと、たくさんのご馳走を用意して出迎えてくれ、子ども達が賑やかに忙しなく動き回っても、気持ち良く見守ってくれた。


祖父母の家に滞在中は、何をしても楽しかった。

学校のようなきまりもない。

山の中の生活は不便さもあったが、どれも困るものではなく、むしろ全てが非日常の面白い体験ばかりだった。


柑橘農家の祖父母の家には、巨大な倉庫があって、積まれた収穫コンテナは、子供達にとっては巨大迷路だった。

見たこともない大きさの錦鯉池のヌシは、餌を持ったら当たり前のように池の縁でこちらを見ていて、私はいつか喋るはずだと信じていた。

怖がりだったはずの私が、夜中に起きてトイレに行くのですら、誰かを起こして冒険に出るような、小さなイベントのように思えた。


思い返せば、この異世界のような家が、魅力的な不思議ばかりで不気味に感じなかったのは、祖母のおかげなのかもしれない。

鬼火のこともそうだ。



この家には、祖母がいる。

そう思うだけで、何が起きても大丈夫なような気がしたものだった。



それを私が特に強く感じたのは、中学三年生の時だ。

従兄弟達の年齢も上がり、季節毎の集まりにも、親族の行事より友達や恋人を優先して欠ける人が出始めた頃。

両親と兄と共に、正月に祖父母の家に一泊した。


酒が入り、広間で賑やかに騒ぐ大人達の声を聞きながら、私は台所で一人、ホットレモンを作ろうとしていた。

風邪気味なのか少し喉が痛くて、飲みたくなったのだ。


カゴに山盛りにされたレモンは好きに使っていいと言われ、手を伸ばしかけて止まる。

商品として市場に出せないB級品のレモンは、大きさがまちまちだった。



「ゆうちゃん、どうしたの?」


居間から食器を下げてきた祖母が、立ち尽くしていた私に声を掛けた。


「レモン、どれ使ったら良いか分からなくて」

「どれを使ってもいいよ」

「そうじゃなくて、……大きさが違ったら、レモン汁の量も違うでしょ?」

「うん?」

「大さじ一杯分って、どれを使ったらちょうどいいと思う?」


家で作る時は、瓶に入って売られているレモン果汁を使っていた。

生のレモンを絞って自分で作るのは初めてで、どれだけの果汁が出るのか分からなくて手が出せなかった。


今思えば何でもないことだ。

しかし、その頃の私には、重大な問題のように思えた。

高校受験を控えた冬、必要以上にプレッシャーを感じていた私は、何でも失敗してはいけないような考えに陥っていた。

たったひとつのレモンを搾ることも、他所の家で選択を間違えてはいけないような気になっていたのだ。


祖母は、カゴを持って私に差し出した。


「なぁんも心配いらんよ。搾って多かったら、別のもんに使えばいい。少なかったら、もっと搾ればいいだけよ」

「でも……」

「やってごらん。大丈夫」


祖母が“大丈夫”だと言えば大丈夫のような気がして、私は一番上のレモンを取って、包丁で半分に切った。

半切れで搾った果汁は思ったよりも量が多かったが、祖母は「じゃあ、ばあちゃんも頂こうか」と笑ってくれて、ものすごくホッとした。


「ゆうちゃん、風邪気味なら生姜汁入れようか」


蜂蜜とレモン果汁で作ったホットレモンを口にしようとして、祖母の言葉に驚いた。


「え? ホットレモンに?」

「そう。温まると思うよ」


躊躇う私の前で、祖母は生姜をすり下ろして指先でギュッとつまみ、ホットレモンのカップに汁を垂らした。


「飲んでごらん」


差し出されたカップを受け取り、恐る恐る一口。

飲み慣れたレモンの酸味と蜂蜜の甘さに、少しだけ、ピリとした生姜の辛味が混じる。


「美味しい」

「そうやろ。ねえ、ゆうちゃん、“絶対こうじゃないといかん”なんてことは、生きててそうそうお目にかからんよ」

「ばあちゃん……」

「大丈夫、どんなこともね、なんとでもなるもんだよ」


祖母は何を知っていたのか、そう言って、私の背中を撫でた。



湯気の立つホットレモンジンジャーを、そっと飲み込む。

喉の痛みが引いて、身体がぽかぽかと温まる。

湯気が目に染みて、涙が溢れた。


“なんとでもなる”


その言葉はまるで祖母そのもののようで、その時何かに焦っていたような私の心を、ゆっくりと落ち着かせてくれたのだった。





それから数年後、祖父が病気で亡くなり、祖父母の家は祖母一人になった。

それでも親戚達は、その時々で集まる人数の増減はあれど、毎年祖母の家に集まり続けた。


やがて私達孫世代も、結婚して新しい家庭を持つ者が出てきて、祖母にとっての曾孫が続々と誕生した。

私もまた、結婚して子供が生まれ、その子を連れて祖母に会いに行った。


そう、きっと皆、あの家に集まり続けていたのは、祖母に会いに行っていたのだろう。

その証拠に、山での一人暮らしが難しくなった祖母が高齢者施設に入ることになってからは、それ程頻繁に親戚で顔を合わせることはなくなった。



祖母はあの家の、いや、そこに集まる人々の太陽であり、水のようでもあった。


そこにあるのが当たり前に思えるけれど、本当は、存在するのが奇跡であり、なくてはならない大切なもの。

それによって誰もが支えられ、多くのものを与えられて生きていた。




祖母は施設に入ってからも、山での様子とほとんど変わらなかった。

いつも穏やかで、ユーモアがあり、誰とも気持ち良く接した。

面会に行く度、施設の方に話を聞いても、同じような印象を語ってくれた。


山にいた頃のように動くことがなくなり、生活全般をサポートされるようになると、祖母の認知症は進んでいった。

しかしそれでも、祖母は変わらなかった。



面会に行ったある時、アルバムを開いて見ながら、私と祖母は思い出話をしていた。

写真は、私が小さな頃の、お盆の時のもの。

花火をする前なのか、幼い私と従兄弟達が、たくさんの花火とバケツを持って笑っている。


ふと、私は思い出して尋ねてみた。


「そういえば、この時鬼火を見たよね。ばあちゃん、覚えてる?」

「どうやったかなぁ、忘れてしもたなぁ」

「忘れちゃった? 山の上のお墓に向けて、鬼火が登って行ってたの。びっくりしたけど、ばあちゃんが怖くないって教えてくれたんだよ」

「うぅ〜ん……」


私にとってはかなり印象的なことだったが、祖母は忘れてしまっているようだった。


祖母の記憶は、どんどん失われていく。

その事実は、私を切ない気持ちにさせたが、祖母はあっけらかんと言った。


「まあまあ、なんとでもなるよ」



なんとでもなる。


その言葉に、今まで何度救われただろう。

けれども、なんとでもなると気持を軽くし続けることは、簡単なようで意外と難しい。

人間は、ふとしたことで悩んだり俯いたりする生き物だから。


だからこそ、今こうして長く生きてきた山の家を離れ、一人で施設ここにいる祖母が、当たり前にその言葉を口にして笑っていることに驚き、尊敬の念を抱く。

祖母は、言葉を口にするだけでなく、“なんとでもなる”を体現して、靭やかに生きてきたのだ。





施設に入って約十年。

祖母は穏やかに、眠るように旅立った。



最後に会った日、ほとんどの記憶を失くした祖母は、それでも微笑んでいた。

あの頃頼もしいと感じた手は、とても小さかったが、すべすべとした感触は、変わらず私に安らぎをくれた。


今年の夏、私はあの山へ行く。


古くなった祖母の家は、もう壊されて建て替えられたけれど、裏山の上の墓地は変わらない。

あの夜、一度だけ見た鬼火は、今年見ることが出来るだろうか。

もし見られたなら、怖ろしさに蓋をして、心の中でそっと手を振ろう。

そこにはきっと、祖母も並んでいるはずなのだから。





《 終 》




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