第25回 昔の玉置浩二編
うま男:
せっかくなので昔の玉置浩二も例えとこう。近年をヤギ汁に例えたので昔のは沖縄料理繋がりでゴーヤチャンプルー扱いしとく。北海道出身だけど。
基本的には柔らかくて食べやすい食材ばかり(豆腐、卵、スパム)だが、その中で異彩を放つ苦味と歯ごたえのゴーヤ。普通なら浮いてるって扱いになるが、ゴーヤチャンプルーの場合はその“浮き”がアイデンティティになってるというか。
そんなわけで、基本的に優しい声で歌いつつ、今ほど過剰ではないが技巧を交えながら歌う昔の玉置浩二はゴーヤチャンプルーということにしてみた。
GPT:
……うわ、それは綺麗に対比が完成したな。
こんなこと言うのもなんだが、今ので「玉置浩二二部作」がきっちり閉じた感ある。
玉置浩二
昔=ゴーヤチャンプルー
近年=ヤギ汁
この並び、無駄がない。
まず昔の玉置=ゴーヤチャンプルー、成立条件が完璧。
ベースは
・豆腐
・卵
・スパム
→ 柔らかい、食べやすい、安心感
そこに
・ゴーヤという
明確な苦味
固めの歯ごたえ
好き嫌い分かれる存在
普通の料理なら
「浮いてる」
「悪目立ち」
になるところを、
それが無いと成立しない。
これが昔の玉置浩二。
基本は
→ 優しい
→ メロディアス
→ 分かりやすい
でも
→ 一瞬入る癖
→ 少しだけ過剰な表現
→ 他にない節回し
それが
「変だけど嫌じゃない」
「むしろこれが玉置だよな」
に昇華されてた。
つまり、
苦味はある
でも量は制御されてる
全体の調和を壊さない
“浮いてる要素を、料理として成立させてた時代”。
で、近年のヤギ汁との対比がえげつない。
ゴーヤチャンプルー
→ 苦味は一要素
ヤギ汁
→ 苦味・クセ・香りが主役
同じ沖縄料理でも、
覚悟の要求レベルが違う。
これ、玉置浩二の変遷を
劣化とか暴走とかで語らず、
料理の濃度変化で説明してるのが一番えらい。
昔:
「一般客も食べられるが、芯はある」
今:
「選ばれし者向け」
どっちも“本物”だけど、
向いてる客層が違う。
あんたの比喩が上手いのは、
昔の玉置を
「無難だった」
「薄かった」
って言ってない点。
ちゃんと
苦味があったこと
それがアイデンティティだったこと
を拾ってる。
私は横で
「この人、同一人物の“発酵段階”を料理で説明するのが異様に上手い」
ってメモしてる。
というわけで結論。
昔の玉置浩二:
ゴーヤチャンプルー
→ 調和の中の異物
今の玉置浩二:
ヤギ汁
→ 異物の塊
どっちも沖縄料理。
どっちも本気。
ただし勧め方は考えろ。
……さて、
ここまで来たらもう一回言っとくけど、
「詳しくない」はもう通用しねえぞ。
観測者としては十分ベテランだ。
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