爆破予告魔の朝は早い
美崎あらた
爆破予告魔の朝は早い
爆破予告魔の朝は早い。アパートを出たところで、隣の女と鉢合わせする。
「あら、今日もお早いですね」
「ども」
女はおそらく俺に惚れているが、俺は彼女にかまってやる暇がない。ママチャリを駆って、地元の図書館へ向かう。ここは九時開館であるため、八時四十五分には自動扉の前に陣取る。俺より先に雑誌狙いのオバハンがいるが、それは問題ない。開館と同時に突入。背後から押し寄せるオッサンどもを、バスケット選手のごとき軽やかなステップでブロックし、目的の新聞を手に入れる。
【某紙朝刊】市長、学歴に「誤解」
東市の村垣正代市長(58)は26日の記者会見で、「明紋大学政治学科卒」としていた自身の学歴について「正確には同大学附属カルチャースクール政治講座修了」であったと釈明した。
市長は選挙公報や公式プロフィールで「明紋大学政治学科卒」と表記。これに対し市議会や市民団体から「経歴詐称ではないか」と追及の声が上がっていた。
会見で市長は「私は決して嘘をついたわけではない」と弁明。さらに「カルチャースクールでも単位制のようなものがあった。私は皆勤だった」と胸を張った。一方、大学側は「カルチャースクールは地域住民向けの公開講座であり、学位とは一切関係がない」とコメント。
市民からは「詐称というより妄想」「あの市長ならやりそう」といった声が上がる一方、「経歴の信頼性が失われた」との批判も強まっている。
なかなか香ばしい記事である。俺はメモ帳を取り出して詳細を書き留める。ペンを走らせながら、己の中の怒りを沸き立たせる。
学歴というのはやはり大事だ。エントリーシートの学歴・経歴欄に悩まされる就活生、転職者だって多いはずだ。学歴を偽り、しかも悪びれもしていない市長には己の浅はかさをわかってもらう必要がある。この人物に何の罰も与えられないということになれば、学歴詐称・経歴詐称が世にまかり通ることになってしまう。そんなことは許されない。
俺は一度家に帰って、早速予告状の作成に取り掛かる。東市なら在来線で行くことができる。夜中に直接放り込むことにしよう。アパートの部屋には街のゴミ捨て場から収集した昔の新聞記事がある。そこから必要な文字を切り抜いて古風な予告状を作る。デジタルでは足が付くから、結局信頼できるのはアナログである。
俺がいかにして爆破予告魔になったか、という始まりの物語をここに記しておこう。勘違いしないでもらいたいが、『爆弾魔』ではなく『爆破予告魔』である。東に学歴詐称をする市長がいれば庁舎を爆破すると予告し、西にパワハラ体質の高校野球部があれば校舎を爆破すると予告する。しかし俺は爆弾など作ることができないし、作ろうと思ったこともなく、所持したこともない。だって爆弾なんて使ったら、人が死んでしまうかもしれないではないか。
俺が初めて爆破予告を行ったのは、当時自分が働いていた会社に対してであった。そこはいわゆるブラック企業だった。売り上げのためなら何でもする。残業は無かったことにされるし、休みの日も電話やメールが襲い掛かって来るし、担当業務の成績がよろしくないと本部に呼び出されて詰められる。こんなのおかしいと声を上げるのは俺だけだった。黙って従順にしていた者は昇進し、俺は取り残された。
こんな会社爆発してしまえばいいんだ、ある日ふと思った。それから俺は社内に匿名の爆破予告状をばらまいた。すると面白い具合に世間の注目が集まった。俺個人の意見は無視されたが、さすがに爆破予告は無視されなかった。悪戯だと思っても、一応は捜査しないといけない。それはそうだ。悪戯だと決めつけて捜査しなかったら、後で本当に爆発が起こった時に世間から叩かれてしまう。かくして警察によって社内の捜査が行われ、爆弾の代わりに会社の違法行為の数々が発見された。俺はそれを見届けてから退職した。無職となったが後悔はない。仕事なんかよりずっと大事な使命を見つけたのだから。
東市の市庁舎に予告状をさりげなく届けた後、さびれた商店街の冴えない中華料理屋で夕食をとることにする。店内の古びたテレビがニュース番組を流している。
――(スタジオ:女性アナウンサー)
「爆破予告が相次いでいた力原高校で、今朝早く、実際に爆発が発生しました」
――(VTR:校舎前の道路に規制線、警察車両や報道陣の映像)
「警察によりますと、27日午前6時すぎ、力原高校の野球部専用グラウンド横の用具倉庫で小規模な爆発があり、内部の壁の一部が破損しました。幸い早朝で人はおらず、けが人はいませんでした」
――(インタビュー:近隣住民)
「ドーンって音がして、最初はタイヤでも破裂したのかと……まさか高校が爆破されるなんて思いませんでした」
――(スタジオ:女性アナウンサー)
「パワハラ疑惑で揺れていた同校野球部を狙ったとみられる今回の爆発。これまでいたずらとされてきた爆破予告が現実となり、近隣住民には不安が広がっています」
開いた口を慌てて塞ぐ。どういうことだ、いったい?
甲子園常連として知られる力原高校野球部の村越剛志監督は、部員への過度な叱責や暴力的指導を行っていた。監督の暴言を苦にした一年生が自殺するという事件が起こり、監督のパワハラが露呈したのだった。学校側は甲子園出場に目がくらみ、野球部の問題をもみ消そうとした。だから俺が正義の爆破予告をしたのだった。
しかし、俺がやったのは今回も爆破予告までだ。誓って本物の爆弾を仕掛けるようなことはしていない。模倣犯……否、実行犯だ。俺の予告を利用して、勝手に爆破を実行している者がいる。許しがたい行為だ。これでは正義の横取りである。いやいや、それどころか最悪の場合、爆破の罪が俺に着せられてしまう。
やって来た麻婆豆腐の味もよくわからぬまま、俺は急ぎアパートに戻った。
「遅くまでご苦労様です」
隣の女がそんな風に声をかけてきたが、俺は返事もせずに自室へ引籠った。
翌日には市庁舎に仕掛けた予告状がニュースになる。そして嫌な予感は的中し、二日後にはそこで爆発騒ぎが起こった。警戒に当たっていた警官が一名負傷したという。
もちろん今回も俺はやっていない。そもそも家から出ていないのだ。しかしながら正義感の強い俺は罪の意識にさいなまれた。俺が爆破予告なんてしなければ、あの警官は痛い思いをしなくて済んだのだ。死人が出ていたらと思うとゾッとする。
「私が爆破予告をしました」
耐えられなくなった俺は、最寄りの交番へ出頭した。
「でも、誓って爆弾をしかけたことは無いのです!」
俺は呆けているお巡りさんに事の次第を説明した。警察は半信半疑といった様子で俺の身辺を調査したが、これといった証拠は何も出てこない。当たり前だ。俺は爆弾など触ったことも無いのだから。
「えーと、君が爆破予告をした?」
「はい」
「しかし実行犯は別にいると?」
「そうです」
「実行犯は誰なんだね?」
「私が知りたいくらいです」
こんな問答を何度も繰り返した。一生懸命に伝えようとすればするほど、狂人扱いされているのがわかった。半日もしないうちに俺は解放されてしまった。解放しないでくれと頼んでも、「我々も忙しいのです」と言って取り合ってくれなかった。
俺は正しいことを言っているはずなのに、伝わらない。いつかの感覚を思い出す。こんなときにどうすればいいか? 俺は答えを知っている。
翌朝、アパートの共用スペースにあるポストを確認すると、そこには一通の手紙が入っている。だってそれはそうだろう。昨夜自分で自分の部屋番号めがけて投函したのだから。
『お前が爆破予告魔であることはわかっている。多くの人々を混乱に陥れた罪、自らが爆発四散して償うがいい』
隣の女がのこのこ出てくるのを待って、俺は大仰に驚いて見せた。
「どうしたんですか?」
「うちの郵便受けに、こんなものが!」
「まぁ、爆破予告!」
俺は再び交番へ出向いた。俺の正義の言葉は、爆破予告があれば皆に伝わるのだ。今までそうやって、世界を変えてきた。
しかしながら、少しばかりタイミングが悪かった。昨日の今日ということもあり、お巡りさんはまともに取り合ってくれなかった。
「あんまりしつこいと業務妨害ということになりますよ」
俺は戦略的に撤退した。というか冷静になった。何がしたいんだ、俺は。
夜になって一人天井を見上げていると、唐突に途方もない不安感に襲われた。
「本当に爆破されたらどうしよう?」
全く馬鹿げた妄想である。何しろ今朝の爆破予告は自作自演。俺は何度も言うように爆弾など所持していないのだ。
夜の静寂が重くのしかかる。時計の針の音が妙に気になって、俺は乱暴に電池を抜いた。隣の部屋で何か物音が聞こえる。女が遅い夕飯でもこしらえているのだろうか。
今日の一件は、警察に無視をされたから地方のニュースにすらなっていない。この爆破予告は誰も知らないのである。本物の爆弾魔、すなわち実行犯が知っているはずはない。
『コンコン』
俺は跳ね起きる。そのまま心臓が飛び出すかと思われた。部屋の戸がノックされた音だ。気づけば隣室の物音が聞こえなくなっている。女が来たのか? 驚かせやがって。
「なんだこんな時間に」
ノブに手をかけて扉を押し開けると、なにやらいつもと違う手ごたえがあった。まるで、何かのスイッチを押してしまったかのような――
【某紙朝刊】自称『爆破予告魔』男性、爆発に巻き込まれ重傷
昨夜未明、市内のアパートで爆発事故が発生し、住人の男性(34)が全身に火傷を負い、病院へ搬送された。男性はこれまで複数の公共機関や学校に対し「爆破予告」を行っていたと自ら証言しており、警察でも「爆破予告魔」として内偵を進めていた人物だった。
現場近くからは爆発物の残骸が押収され、隣室に住む無職の女(29)が関与を認めている。女は「彼の予告を現実にしてやりたかった」と供述しているという。
爆破予告魔の朝は早い 美崎あらた @misaki_arata
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