第33話 咀嚼し、採取する。

『なんだ、どうなってんだ。っておい! ミーナの手が……』火を見て驚くイゴール。

「どこ行ってたんだよ」

『調べものだって言ってあっただろ』

「遅い」

『なんだキリアム。お前、様子がおかしくねえか?』

「明日この国を出ることにした」

『は』

「状況を見て分からないか。知恵の悪魔だろ」

『…………ああ。こりゃ魔法使いって奴か。狙われてんのは……ミーナか』

「そう」

『なるほど。ま、賢明だな』

「おばあちゃんも死んだ」

『嘘だろ……』イゴールの表情が徐々に険しくなる。

「お兄ちゃま! 何をぶつぶつ言っているのですか」とミーナ。

『ところでキリアムよ。お前、ミーナがこんな困った顔してんのに、なんでマグロ切り包丁すら抜いてねえんだ?』


 イゴールはキリアムの触れてほしくない部分まで見破っていた。


『戦う気がねえのか』

「僕は……」

『戦うことをやめたら、もうお前は何者でもねえ。よく覚えとけ。調合師は戦い続けるもんだ。ったく……話すことが山ほどあるって時に面倒くせえ。なんだか知らねえが、落ち込んでんじゃねえよ。何が嫌でそんな仏頂面してんだ』


 その時、髄の神官4人が動き出した。

 ミーナは炎の圧力を全開にし、ほふる。

 キリアムの横をフィートが通り過ぎ参戦した。


「キリアム。お前、何をしているんだ」ヴィンセントが背中に声をかけた。「お前の仲間だろ」

『その仏頂面も大概にしろ! 学院の連中も見てんぞ! お前の意気地なしな様をな! いいのかキリアム! 最後まで落ちこぼれでいいのか!』

「――うるさい!」


 市場にどデカい怒号が響いた。

 傍から見ればヴィンセントだけが怒鳴られたように移っているだろう。だがそれはヴィンセントとて同じだ。

 今までに見せなかったキリアムの様子に、ヴィンセントは気を遣い言葉を失った。後退った訳ではない。


「もう、僕に構うなよ」キリアムの両手に逆手にもった輸血針が見えた。

『おい待て! だからってそれは――』


 イゴールは事前に忠告していた。

 調合薬を一度に多量に摂取するなと。

 だがキリアムは満面の笑みを浮かべ、心臓部に向けて二本同時に刺した。


「ぐっ…………がはっ!」吐血した。

『キリアム!』

「ぶち殺して、やるよ……。ディートも他の3人も」


 その口調にイゴールはすぐに、キリアムが正気を失いかけていることを知った。

 だがもう止めることもできず、焦る表情もなく、神妙な面持ちで見下ろしている。


「左はエドワードの心臓から取り出した血だ。右はスメラギーの血。両方とも、ハーフリヴだけじゃなく酒もちゃんと入ってる……がはっ!」


 キリアムは大量の血を吐きだした。

 咽返るたびに市場のタイルに吐血が散った。

 その様子にヴィンセントは手差し伸べようとするも、キリアムはまたも大声で手を跳ね返す。

 心配そうに見つめるニック。

 血で真っ赤に染まった歯をニヤリとみせ、「大丈夫だ」と笑った。と、また吐きだす。

 全身の血管が浮き上がり、目の模様が蛇や猫のように鋭く変わっていく。

 だがそれだけではない。

 生え際から頭髪の色素が抜け、白く変色していく。いつもと違う感触だけはあるものの、キリアム自身は気づかない。

 両腕の様子もおかしい。まるでパイナップルの表面のように、凸凹でこぼことひび割れ始めた。




 ▽




「《火粉球かこきゅう》!」


 花を形作るように添えられたミーナの手から、鱗粉のような炎が周囲へ舞った。


「《鬼接吻おにきす》!」


 オルギエルドの頭上に巨人の頭蓋骨が現れる。顎を震わせケラケラとミーナを嘲笑っているかのようだ。


「ミーナ・ハイドゥイン。その魔法、誰に習った」

「王立図書館ですが」

「……教える気はないか」

「正直にお話ししたつもりですが」

「お前に炎の魔法を教えた者の名を言え。代わりに見逃してやってもいい」

「聞く耳持たずですか。会話になりませんね」

「……こっちのセリフだ」


 頭蓋骨が迫り鱗粉が動きを止める。


「ミーナ!」とフィート。


 俊敏な動きで翻弄し、3人同時に相手にしたフィートだったが、相手が髄の魔法使いでは無理があった。

 それぞれは余裕の表情であり、苦しむのはフィートだけだ。

 警戒がオルギエルドに集中したところを、隙を見て、ディートの骨の拳が襲った。

 不意をつかれたミーナは大きく吹き飛ばされた。


 レンとダミアンが行く手を塞ぎ、フィートは身動きが取れない。

 なんとか一人だけでもと吸血鬼の俊敏さを活かし銀剣を振るうが、レンの骨の翼とダミアンの骨の足に殴られる一方で、ダメージを受けるばかりだった。


「ぐはっ!」口元から血を流し片膝を付くフィート。オルギエルドの振り抜いた脊柱に当たったのだ。翻弄を目論むのはフィートだけではない。

 頭蓋骨でミーナの動きを止めた段階でディートと対象を一瞬交代し、ディートはミーナ、オルギエルドはフィートへと移ったのだった。


「くっ……」目の前の3人を見上げるフィート。

 うつ伏せに倒れる遠くのミーナと、不愉快な笑みをみせるディートを見た。


「吸血鬼に人権はない。なぜなら吸血鬼だからだ。暇つぶしに持ち帰ってその強さの秘密でも暴いてやろう」オルギエルドは見下した。表情は硬い。


 呼吸の荒いフィート。

 立ち上がろうとするがオルギエルドの脊柱が足に強く叩きつけた。


「ぐわっ!」

「ダミアン! レン! ディートハルト! 野良をさっさと殺せ! まだ息がある」


 オルギエルドはフィートを見てもなんら険しさを変えず、真顔だった。

 その刹那――

 ――オルギエルドの顔が、突如右から現れた何者かの圧力により変形した。

 と次の瞬間には離れた場所にある市場の屋根や支柱が崩れ、細かなほこりが舞うと、そこに大の字に倒れ込むオルギエルドの姿があった。


「フィート、これを飲んで。痛みが消えて、全部良くなる」


 機嫌のよい声が聞こえた。

 差し出されたのは回復薬だ。


「……キリアム、なの?」

「楽しいな~……全部ぶち殺してやる」


 声の方へ顔を向けると、そこにはキリアムの姿が。

 だが異形の姿をしており、キリアムの面影はあるものの、人間ではない別の生き物であるように思わせる。

 両腕が紅い鱗に覆われていた。

 右手にはマグロ切り包丁が見える。

 顔面は蒼白で血管が浮き出ている。

 光る瞳は人間のものではない。濃い黄色だ。

 髪の色は白く、糸のように細い線が後ろへ流れ、照明の灯りが反射しときおり光る。


「オルギエルド!」


 気づいたダミアンは脊柱を構え、大きな骨――足の裏を召喚し、フィートの傍にたたずむ得体の知れない者に向けて放った――「くたばれ!」

 だがその一瞬で、キリアムはダミアンの隣へ移動していた。

 直後、いま放っばかりの足の裏が、市場の瓦礫と一緒に埋もれていることに気づくダミアン。


「はあ?」目を疑った。

「くそ遅いな」

「え……」困惑と動揺


 背後から声が聞こえ振り返るダミアン。

 額から汗が流れた。


「その脊柱、旅のお供に貰おうかな」


 直後、ダミアンの視界に鮮血が舞った。


「え……」違和感を覚え視線をゆっくりと下ろす。「うっ……うわぁああああああ!」手首の切り落とされた自分の両腕があった。


「腕が! 俺の腕が!」パニックを起こし絶叫するダミアン。


 キリアムは落ちていた脊柱を拾う。

 取っ手にダミアンの左手が握られていた。


「……強く握り過ぎ」


 脊柱にしがみつく指を一本一本ほどき、無表情で手を地面に捨てる。


「ダミアン!」泣き叫ぶダミアンにディートが気づいた。

 すぐに標的はキリアムへ。

 だが目の前の者がキリアムだとは気づいていない様子だ。

 それほどにキリアムの外見は変化していた。


「次はどれに……あ。忘れてた」


 なにかを思い出したように、太ももにくくりつけた革の鞘から小型の包丁を取り出すキリアム。

 膝から崩れ落ち、正座の体勢で絶叫している足元のダミアンの顎を膝蹴り粉砕し、勢い余って首の骨がゴキリと鳴る。

 虚ろな目を開けたまま、ダミアンはその場に倒れた。


「死んじゃった……」

「ダミアン!」とレン。だが足元は少しばかり後退った。


 しゃがみ込み、キリアムはダミアンの頬の肉を小型包丁で上手に使い、荒い丸形にそぎ落とした。

 左手の親指と人差し指で摘まみ、ぶらぶらとさせながら照明の光にかざし覗き見る。

 軽快な笑みを浮かべ、レンとディートにも見えるように掲げた。

 表情は幸せそうで、楽しそうだ。


「イゴールがいつも言ってるんだ。殺したものの肉を喰えって。頬が一番いいらしい」ビラビラの頬肉を口に運び、カニを頬張るときのように上に口開け、食べる。味を口の中に広げながらゆっくりと咀嚼し。「……うん。クリーチャーと同じ味がする」飲み込む。下唇を舌の裏で舐めた。


 レンのクールな表情に険しさと不快感が見えた。


「考えてたんだけど……やっぱり、君にレアーナは任せられないや」


 ディートの足元でも見ているようだ。キリアムは目を合わせず、落ち着いた様子で話した。


「……待て。まさか、お前……キリアム。なのか」

「気づいてなかったの。酷いね。それよりレアーナのことだけど、君には任せられない。そんな醜悪な面で友達のことを見るような奴はダメだよ」キリアムは左手の手の甲をだるそうに前に出し、人差し指と中指を二本――ピースを逆さに向け、ダミアンの死体を指さした。「この肉のようになってもらうことにしたから」

「え……」

「素材になってもらおうと思って」

「はあ?」

「養分になってもらおうと思って」


 ディートの唇を合わせしっかりと口を閉じ、怒りにも似た視線を送った。


「ふざ、けるな……」は奥歯を食いしばった。

「ディート、挑発にのるな」とレン。

「……分かってる」


 鼻から息を吸い鼻から吐く。

 ディートは落ち着きを取り戻し、レンと共に脊柱を向けた。

 刹那、二人の間をキリアムが通り過ぎた。

 だがレンもディートも気づいてはいない。


「……終わり」


 背後で声が聞こえ一拍して、気づいたのはキリアムの存在ではなく、何層にも切断された自らの胴体だった。

 マグロ切り包丁を背中の鞘に戻し、キリアムは今の刹那に二人同時に両腕で切り裂いたのだ。

 ひらひらとばらばらに動く指は赤い鱗に覆われ、指先には鋭く尖る爪が見える。

 キリアムが爪の間に入った肉をこそぎ落し頃には、後ろで二人は倒れ、レンは死んでいた。

 血を吐く声すらなく、肉の倒れる音が聞こえた。


「ぶふぁっ!」

「ん……。うわ、さすが最年少」


 胸より下を失ったディート。だがかろうじて息があった。


「ラズベリージャムみたいだ。でも異物が混ざってる。これじゃクレームものだよ」


 タイルに広がるラズベリージャム。

 背中の脊柱やあばらがむき出しになり、腸が絡まっている。


「心臓を避けたからなのか……」突然に笑いだすキリアム。「癖になってるみたいだ。エドワードなんかは心臓が重要だから、狩る時は避けるようにしてるんだよ。それが自然と出ちゃったみたい。習慣って怖いね」


 キリアムは輸血針を取り出しディートの心臓に突き刺した。


「んっ……」最後の悲鳴を上げ、ディートは死んだ。


 容器の三分の二に血が満たしたところで、ポーチから取り出した目印のシールを張り付ける。

 また小型包丁で頬の肉を同様にはぎ取り、咀嚼して食べた。

 レンの頬も同様にそぎ、食べると輸血針を取り出し血を採取する。


「こっちがまだだった」


 引き返し、ダミアンのものも採取し頬の肉を食べた。

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