第32話 四方の髄

「ありがとうございました。こんなにたくさん……」

「寂しくなりますね。まだまだお助けできることはありましたのに」

「十分助けてもらいました」


 リーシャさんはまた尋ねなかった。

 〇型試験管や輸血針なんかを大量にお願いしたのにだ。

 それに話してもいないのに気づいていた。

 僕が国を離れることを。

 僕に続いてミーナとニックもお辞儀した。

 手を振る二人に、リーシャさんは微笑ましそうにしていた。


 医療協会の前は大通りだ。

 夜はまだ始まったばかりで人通りも多かった。

 街ゆく人の姿やキラキラと輝く照明の光を見ていると、おばあちゃんが死んだことがまるで嘘であったかのように思えてくる。

 レアーナのこともおばあちゃんのことも、都合の悪いことは全部嘘で、僕の妄想だったのだと、そう思えてならない。


「おにいちゃま。どうかしましたか」

「……いや。なんでもない。そうだ、食料も買っておこう。忘れてたよ。いざとなればどこかで狩りをすればいいけど、一応必要だろ?」

「そうですね。では市場行きましょう」


 いつもの市場に向かった。


 市場は大通りよりも人で溢れていた。

 この時間帯は値引きが始まり商品が安くなるのだ。

 だからかどこも人の頭しか見えないほどにぎわっていた。


「もうちょっと早く来ればよかったな。明日にするか?」

「そうですね。それほど急ぐことでもないと思いますし、明日にしましょう」


 買い物どころではなかった。

 出発を明日の昼にでも送らせればいいだろう。


「あれ……。ミーナ、なんかおかしくないか」

「……はい。騒々しいのです」


 不意に市場の外に不穏な騒がしさを感じた。

 なにやら号令のようなものが聞こえる。

 行き交う人々が足を止め、市場の外側に目を向けている。

 外側から市場へ向けて、徐々にざわつきに脅えが見え始めた。

 その場にとどまることに危うさを覚え、僕らはニックの手を掴み市場の外へ。

 と、そこで――


「思いもしなかったよ。まさかミーナが魔法使いだったとはね」


 人込みを抜けた先にディートの姿があった。

 まるで出てくることが分かっていたかのように、軽い笑みを浮かべている。


「おにいちゃま」

「ああ……。囲まれてるな」


 足元でニックが周囲を睨みつけていた。

 辺りを確認すると、市場の出入り口にあちこちには警戒線が張られている。

 4つの出入り口は封鎖され、行き交う人々が我先にと道を奪い合っていた。

 どうやら僕ら以外は外に出すつもりらしい。市場を空にしたいのか。


 残ったのはフードの4人と僕ら。

 そして入り口を封鎖する騎士と野次馬だけだった。みんな僕らを見ている。

 と、野次馬の中にトーマスくんの姿が見え、一瞬目が合った。


「もっと早くに出るべきだした」

「仕方ない」


 医療協会からの台車をひとまずその場においた。

 だが仕方のないことだ。

 気づくのが遅すぎた。

 おそらく市場に入る前から尾行されていたのだろう。

 どこでミーナに気づいたのか。


「キリアム。君は知ってたのかい」

「……ああ」

「いつから」

「とっくの昔に」自然と張り合っていた。ディートを見ているとレアーナの顔が浮かぶ。

「……ふ~ん。ホントかなあ」


 答えることをやめた。


「ディート、どうするつもりだ」

「それ、聞く?」

「……ミーナは僕たち全員にとっての妹だろ」

「お兄ちゃま……」

「いや、違う。君にとっての妹だ。僕には関係ない」

「よくそんな醜悪な面を見せられるな。思い違いをしていたよ、君は変わったどころか、昔と全然違うみたいだ。優しかったあの頃の面影も感じない」

「そうだよ。今さら気づいたの? 僕はこれでも強くなった。魔法使いとして強くなるには捨てる必要のある不必要な感情というものがあってね。僕はいま完璧なんだ。だから神官にまで辿り着けた。この年で最高学府の神官。歴代最年少さ」

「感情を捨てた口でよくもあんなことが……」

「お兄ちゃま」ミーナ僕の様子に心配していた。




 ▽




 ディートはキリアムが何を言っているのか意味を分かっている。

 それはレアーナのことだ。

 結果的にレアーナにふられたディートは、思惑は失敗に終わったと思っていた。

 キリアムの心を壊し、もてあそぼうとしたのだ。

 だがそれはあのように敵わず、既にレアーナが誤解は解いているものだと思っていた。

 だがディートは二人の間にある、落ちこぼれにまつわる確執を知らなかった。

 それは短い期間ではあったものの、二人には口も利かないような期間があったことなど、ディートが知るはずもなかった。

 いまディートは自身が仕掛けた企みが、終わっていないことを知った。


「レアーナは学院始まって以来の秀才らしいね。天性の魔力だと、どの先生もそう褒めていたよ。そんなレアーナが僕の幼馴染だと知った時、先生方は腑に落ちた様子で激しく納得していた。その時。キリアム。君の名は一度もでなかった。あえて尋ねてみると、君も幼馴染だと知っているような反応だけはされたよ。鼻で笑うような反応をね」


 ディートは歯茎を見せ笑った。


「なんだよ。もっと反応を示してみろ」キリアムは無表情だ。「落ちこぼれには感情表現も難しいか」

「――ディート!」ミーナの怒りが聞こえた。


 その時、既にディートの醜悪な笑みを焼き尽くす炎が照らしていた。


「野良の魔法使い確定~」張り詰めた空気を茶化すダミアン。


 目前で突如爆発が発生し、市場に煙が舞った。

 それはディートだけではなく三人の神官の姿をも呑み込み、キリアムらに姿を見失わせた。


「お兄ちゃま! 魔法が来ます!」

「……ああ」力ない声だった。


 キリアムの目は笑っているわけでも怒りに満ちている訳でもなく、ただただ無表情だった。


「お兄ちゃま! 武器を構えてください!」

「ミーナだけでも逃げろ。今なら逃げられるかもしれない。その方がいい」

「何を言って……」ミーナは正気を疑った。「お兄ちゃま! 戦わなければ殺されます!」


 そこで煙が晴れた。

 無傷のディートを含め、神官たちは四方を囲んでいた。

 キリアムとミーナは逃げ道を塞がれた。


 ディートの目の前には大きな骨の腕が現れていた。

 白骨化した死体の手だ。

 人間のものを模している。

 骨の手は自在に動くようで、拳の形をとる。


「ディートハルト。知り合いならお前がやれ。現場を見た時点でまさかとは思ってたが、こいつ炎の魔法使いだろ。流石にめんどくせえ。長老の言ってた通りだ。魔力もやべえしな」


 ダミアン・ウォーズは冷や汗をかいていた。

 長い赤毛が逆立っている。


「私たちレベルということは、4人でやれば殺せますね」


 銀色の髪をなびかせ、レン・フォンスは涼しげだ。

 その風貌は女性とも男性とも受け取れる。が、彼女は女性だ。

 目が細く、どこを見ているのか見当がつきづらい。


「長老は4人でと仰った。勝手な真似はよせ、ダミアン」


 オルギエルド・クロードはたくましい表情で睨みをきかせ、右手に人間の脊柱のような棒を取り出した。と、既に他の3人もそれぞれ手に持ち構えている。

 魔法使いの武器――媒体――杖だ。

 それぞれ脊柱のようだが、微妙に見た目が異なる。

 真っ直ぐなものもあれば曲線を描くように曲がったものもあった。


「お兄ちゃま!」

「ミーナ。戦う意味なんかない。僕が囮になる。逃げろ」

「分からないのですか! 彼らからは逃げられません! 4人ともミーナやお兄ちゃまよりはるかに長けているのです!」


 それがミーナにとっての認識だった。

 スメラギーやサマラを葬った話はヴィンセントより聞いたものだ。

 つまりミーナは直接みていない。

 調合において天才だと認める一方で、だがキリアムは強いわけではないとミーナは認めていた。


 ミーナは両手に炎を展開し構えた。

 背後のキリアムは脱力している。

 と、騒ぎを聞きつけたのか、いくつか見た顔が市場に集まっていた。


「やはりこうなったか。だから魔法使いなど入れるなと……」


 野次馬を抜け現れたヴィンセントは、思わしくない表情で神官たちを睨んだ。


「キリアム!」


 フィートだ。一瞬でただごとではないと判断した。

 ミーナの灯す炎を前に、一拍おいて状況を把握する。


 一方レアーナの姿もあった。だが困惑するばかりだ。

 野次馬の中にはまだ夜が浅いからだろうか。

 騎士学院の生徒たちの姿もちらほらとあった。


「フィートくん……」


 隣に歩み寄るフィート。キリアムの表情に色が出た。

 笑みはないが、無表情よりも表情がある。

 だがフィートの目的はキリアムではなかった。


「ミーナを殺すんですか」


 フィートは神官4人に問いかけた。

 そしてディートに視線を固定した。


「ああ……殺すよ。邪魔をすれば君も殺す。これは髄の問題だ。口は挿むな」

「ここはウォールハーデンです」

「国王から許可はとってる。全面的に協力すると仰っていた」

「……魔法使いの言葉なんか誰が信じるもんか」魔法の類で洗脳したのだろう。フィートはそう思っていた。

「――すっこんでろ」


 フィートへ向けて、突然、大きな骨の拳が飛んだ。

 腕を交差させ防御するも、直撃し後方に飛ばされるフィート。


「フィートくん!」


 キリアムは動揺の表情を見せフィートの姿を視線で追った。

 見るとヴィンセントが受け止めている。

 振り返ったキリアムをヴィンセントは睨んだ。


「マグロ包丁は飾りか?」

「……マグロ切り包丁です。いい加減覚えてください」


 キリアムの表情がまた無表情に戻った。

 だが理由は別にある。レアーナの姿を見つけたのだ。

 呼吸は荒くなり、そわそわと落ち着きのない手は、一度背中のマグロ切り包丁に触れるも離れる。

 ポーチから赤い液体の入った輸血針を取り出し、「ヴィンセントさん」と呼びかけそれを投げた。


「これは」

「僕の血です。フィートに」

「だがここでは……」

「フィートくん。聞こえてる? 僕らはこの国を発つことにしたよ。このままだとミーナが危ないし、周りにも迷惑がかかる。それに、おばあちゃんが死んだ今、この国に残る理由もないし」


 フィートは薄っすらとを目を開け、ヴィンセントに支えられながら体を起こした。


「キリアム……」

「フィートくんはどうする? 一緒に来る?」

「僕も行っていいの?」

「え……。うん、もちろんだけど。でも騎士になれなくなるよ」


 フィートはヴィンセントから輸血針を奪うと、勢いよく太ももに刺した。

 一瞬表情が力むと、見る見るうちに姿が男性から成人した女性のものへと変化していく。

 その姿に、野次馬の中に混じった学院の生徒たちは困惑した。


「ふ~ん。上級吸血鬼か。なんでウォールハーデンに?」とディート。

「キリアム。じゃあ行こう。こいつらを倒してからね」


 声帯も影響を受け女性の声に戻っている。

 それはもう、さききほどまでのフィートではない。

 豊満な肉体に、銀色の髪をなびかせた美女の姿だった。

 蛇のように鋭い眼球が、夜の市場に光る。


『戻ってきて見りゃなんだこれ』


 ふと、久しい声が聞こえた。

 ニックとキリアムは思わず反射的に振り返る。


「……イゴール」


 そこに、イゴールの姿があったのだ。

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