第31話 天才調合師
「お兄ちゃま、どういうことなのですか」
「……なにが」
葬儀も終わり、家に帰るなりミーナは尋ねた。
「おばあちゃまが」
「ミーナ、今日はもう寝よう。疲れただろう」
日が暮れ、外は既に真っ暗だった。
「転生とは、どういう意味ですか」
「さあ」
それはリリーが倒れる寸前に残した言葉だ。
リリーは自分の寿命を分かっていたという。
何の前置きも説明もなしに、自分は転生を繰り返した影響により、記憶の大部分を失ったのだという。
以前の名前も忘れ、だが調合術の重要さだけは覚えていたのだとか。
だから二人には調合術を学ぶように言ってきたのだと……。
「おばあちゃんは少しボケてただろ」
「そうなのですか?」
「気づかなかったのか? ドラゴンがどうとかいつも言ってただろ」
「あれは……。迷信です。お年寄りなら時にその話をする人はいます」
「子守歌みたいな、そんな類の話を?」
「知りません。お兄ちゃまは転生についてもそうだと?」
「そうとしか考えられないだろ。優秀なディートにだって不可能なはずだ。できたら魔法使いは滅びてるよ」
「おばあちゃまが特別だったのでは」
「年寄りの話を鵜呑みにするとろくなことはない」
「調合術もですか」
「え」
「調合術に対しても、そう思っているのですか? お兄ちゃまはいっぱい学んだはずなのです」
「あれが僕に与えたのは諦めないことだった。でもそれで僕は無知にもなった」
「どういうことですか」
「魔力がない時点で認めるべきだったんだ。いや、心の中では最初から認めていたんだろう。だけどみて見ぬふりをしていた。騎士だのレアーナだの、調合術なんてものさえ学んでいなければ、僕の手元には最初から何もなく、夢は叶わないものなんだともっと早く気づけたはずだ。中途半端なものを手に入れて惰性に生きることになった。いや、中途半端でもないか。イゴールの知識だけは僕を少なからず救った。だけどおばあちゃんの言うハイドゥインの調合術は、僕に魔力がないと分かった時、レアーナに失望を与えた。高低差が生まれたんだ、憧れられていた分。レアーナの失望は大きなものだったろうね。今ならそれが分かるよ」
「感情にながされているだけです」
「は」
「調合術は基礎である回復薬でさえ、リトルバースや魔法よりもはるかに治癒力の高いものです。だというのに調合法はおばあちゃましか知りません。王立図書館のどの本にも、記述はありません」
「ミーナ。図書館なんか行ってたのか? それより、いま魔法って――」
キリアムは唖然とした。
「……なんだよ、それ」
ミーナの手のひらの上で、炎が踊っている。
「魔法です」
「なんで……そんなもの、いつから」
「ディートがこの町を出ていって直ぐのことです。いえ、その前からミーナは勉強していました。お兄ちゃまと同じように」
「火……。ちょっと待て。まさか、リズベットさんを襲ったのはミーナ?」
「……いつ気づいたのですか?」ミーナは穏やかに尋ねた。
「リズベットさんはやけどを負ったと、そう聞いた。いや、ただの憶測だった。確証はなかった」
「お兄ちゃまを迫害したからです。ですが命まで取りませんでした。リズベットに一回。サマラへ一回。まさか。これで髄の魔法使いが来るなどとは思いもしませんでした」
「あ……そうか。ディートが言っていたのはミーナ」
「今頃きづいたのですか」
普段とは違う強気な口調に、キリアムは戸惑った。
だがこれがミーナなのだとも理解できた。
ただ同時に、これまでミーナは黙っていたのだと、裏切られた気分にもなった。
「お兄ちゃま。ミーナはお兄ちゃまに魔力がないと分かったその時から、お兄ちゃまが騎士になれないことを確信していました」
「そうかよ」
「……はい。この国ではそれを認める者がいないからです。ですがお兄ちゃまが落ちこぼれているなどと思ったことは一度もありません。むしろ、お兄ちゃまはミーナにとって天才でした」
「天才?……よく言うよ」
「いえ。お兄ちゃまには分からないのです。ミーナはおばあちゃまに調合を習いましたが、頑張っても回復薬までしか作れず、その回復薬ですらお兄ちゃまが作られるものとは質が劣るのです」
「へ~……」
「それに10回に数回はミスをして素材をダメにしてしまいます。だというのに……。お兄ちゃまは調合を教わってから、回復薬の調合をミスしたことがありましたか?」
「ないよ。あんな簡単なもの、間違うわけないだろ。嘘はやめてくれ」
「嘘ではありません。不良品の回復薬がどんな副作用を引き起こすか、お兄ちゃまは知っていますか?」
「いや、初耳だ」
「そうでしょうね。お兄ちゃまはミスをしないから知る必要がないのです。ハーフリブの効能は超浸透です。上手く調合できればバランスのいい回復薬が出来上がります。ですが不良品は……それを飲むと、飲んだものの体はすべての摂取物を異常なまでに吸収する特異な体になってしまうんです」
「嘘だろ?」
「とんがり帽をかぶった白髪頭のおじいさんのことを覚えていますか?」
「……ああ。昔、よく回復薬を買いにきてくれてた人だ」
「あの人は、ミーナの作った回復薬の副作用で死にました」
「……は」キリアムは言葉を失った。だが信じ切れていない部分もあった。
「これが真実です。それどころかお兄ちゃまはおばあちゃまが教えた調合術をすべてマスターし、回復薬以外のものも容易に作ることができました。おそらくそれらにも、不良品においては副作用の現れる恐ろしいものでしょう。だからおばあちゃまは調合術を人に教えないんです。できるものにしか教えない。お兄ちゃまは、天才です――」
疑いは消えていた。
ミーナが嘘をついているとは、流石に今のキリアムであっても思わなかった。
「さらに、お兄ちゃまはどういうことかサマラを圧倒し、スメラギーをなぎ倒していました」
「……みてたのか?」
「はい。あれはどういうことなのですか?」
「……イゴールに教えてもらった。調合術によるものだ」
「裏のクリーチャーの残骸と関係が?」
「ある。あれで作るんだ」
「そうですか……。調合は軽々しく行っていいものではありません。飲用などもっての外です。それを容易くできるということは、その時点で他の者とは既に違うのです。お兄ちゃまが理解されないのは天才だからです」
「ふっ……天才か。ミーナ、ありがとう。ミーナに言われたらそう思えてきたよ。でも、その天才的な調合の使い道はない」
「……お兄ちゃま。よく聞いてください。ミーナはもうあまり長くこの街にはいられません。魔法使いには魔法を使ったものの痕跡を辿ることができるのです。使った間際、魔法使いには魔術の痕跡が残るのです。髄の魔法使いが複数、街にいます。おかしな魔術を使ってミーナのことを探しています」
「え……」
「見つかるのは時間の問題です。ミーナは遅くとも明日には、この街を離れなければいけません」
「どこに行くんだ?」キリアムは困惑していた。
「わかりません。帝国にはあまり近づきたくありませんし、西や南は避けることになるでしょう」
「北方に向かうのか?」
「北方三国のいずれか。東のイーヴェンは平和ですが税金が高く滞在できそうにありません。北のグドは一部で紛争が続いているそうなので……。となるのと、残りは西のワルスワンでしょうか。治安は最悪ですが税金は安いです。ミーナならなんとかやっていけます」
「でも、また髄が襲ってくるぞ。ディートは……ミーナをどうするつもりなんだろう」
「殺すのかと」
「え」
「魔法使いは騎士のように寛大ではないのです。魔法使いだけで領土を治めるというのは容易なことではありません。当初は横暴とされていたそうです。今それが許されているのは、彼らが秩序を重んじているからです。魔法使いは他国の争いに介入しないという協定を各国と結んでいます。この協定を結ぶまでに何百という年月がかかったそうです。流派の違う魔法使い同士で会議を開き、意見を一致させ、魔法使い同士でも協定を結び、髄の学院が代表となり人間と協定を結んだ。これが魔法使いの歴史です。つまり、ミーナのような野良は協定違反。ディートは刻印を刻んでいました。あれは秩序の証です。おそらく殺害もいとわないでしょう」
「明日、だったよな……」
「……お兄ちゃま?」
「僕も行く」
「お兄ちゃま、いけません」キリアムは立ち上がり荷造りを始めた。
「なんで」
「レアーナはどうするのですか」
「僕の知ったことじゃない。ディートに任せておけばいいだろ。ミーナ、もうおばあちゃんもいない。僕にはもう、ミーナしかいないんだ。一応フィートくんにも声をかけてみる。理由はふせて」
「お兄ちゃまは、それでいいのですか?」
「ああ。だが一つ問題がある」
「なんですか」
「ニックも連れていくとして、だがイゴールが戻ってない」
「さきほどもその名を聞きました。偶にニックもその名を話します」キリアムの手が一瞬とまった。
「……知恵の悪魔だ。僕に調合を教えてくれた。たぶんミーナには見えないだろう。本人がそう言ってたしな。ニックと僕にしか見えないんだ。僕の場合はハイドゥインの血が流れてるかららしいが、ニックについては理由は分からない。ミーナはどうやらハイドゥインの血筋じゃないらしい。ついでにおばあちゃんもな」
「どういうことですか」
「分からない。さっさとおばあちゃんに聞いておくべきだった。だがもう遅い」
そこでキリアムは荷造りの手を止めた。
「ミーナ、医療協会へいこう。素材はあるけど入れ物がない。必要な道具をできるだけもらってくるんだ」
「……わかりました。ミーナもいくのですか?」
「その方がいいだろ。魔法使いがいつ来るかもわからないんだ。離れない方がいい。ニックもついてこい。荷物を持ってもらわないと」
「クンク!」右腕を突き上げた。
キリアムはイゴールのことが気がかりだった。
行先も告げず、一体どこへ行ったのかと。
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