第29話 狡猾と失恋

「ディートハルト・ベフェルシュタインと申します」


 壇上に上がるディートへ、クラスの女子たちは黄色い歓声を送った。

 代わりにヴィンセントさんがいなくなった。

 と思いきや、ちゃっかり廊下に待機しているから笑える。

 その横顔はなぜか不服そうだ。


「ベフェルシュタイン殿は――」

「ワルドナー先生、ディートで構いません。その方が慣れていますので」

「失礼しました。ディート殿はかの有名な髄の学院で魔法学を学ばれておられます。つまり魔法使いです」


 先生の紹介が黄色い声援に拍車をかけた。


「ではディート殿、お願いいたします。」

「はい。では改めまして、ディートと申します」


 一瞬、僕を横目にみたディート。

 幼い頃とは随分と違って見える。

 それもこの声援のせいだろう。


「今回は入国にあたり、騎士学院で一日講師を任されてほしいとの要望に応え、教壇に立たせていただいています。と言いましても髄の魔法に限らず魔術機関というものは門外不出が基本ですし、いくら優秀で可憐な皆さんだとは言え」女子生徒に爽やかな笑みを送るディート。「魔法をお教えすることはできませんが、少しばかり戦闘においての心構えや、また何でも話せる範囲で疑問に答えていきたいと思いますので、皆さん、どうぞよろしくお願いします」


 男子は机に肩ひじをつき苛立ちを見せていた。女子とは対照的だ。

 フィートくんはいつも通りで安心する。


「実は私は幼い頃この町におりました。そこにいるキリアムは幼馴染であり大親友です」


 女子の視線が一斉に振り向いた。


「……どうも」苦笑いしかできない自分に腹が立つ。

「先生、キリアムは昔から魔力がなかったんですか!」


 肌の浅黒い青年――フィリップ・ヘルマンが尋ねた。


「ん、魔力? どういうことでしょうか? キリアムは魔力が使えないんですか?」

「え、もしかして先生しらなかったんですか? 彼には魔力がないんですよ。だからリトルバースも――」


 フィリップくんの言葉が途切れた。

 横目で振り返ると、フィリップくんの後ろの席にいるトーマスくんが、何やら「やめろ」と咎めている。


「二人とも、騒がしいですよ」


 ワルドナー先生が気づき注意する。

 ディートの話が途切れ、沈黙が生まれた。


「キリアム?」事実を問うディート。

「……実はそうなんだ。黙っててごめん」

「なるほど……。でも、キリアムは昔から物知りで」みんな方へ顔を向けるディート。「誰よりも努力家でした。博識で、森にいるようなクリーチャーについても詳しかった。話によると入学試験の筆記試験は唯一満点だったそうです」


 ワルドナー先生が話したのだろうか。

 クラスの数人は知らなかったのか、少しだけざわついた。

 それがなんとなく心地いい。


「魔力のない者はリトルバースは使えません。そして騎士にはなれません。ただ学院の規則に、騎士になれないなどという記述はどこにもありません。そしてキリアムは入学が認められています。この事実が証明するのは、キリアムは騎士になれるということです。皆さんは知っているでしょうか、恵まれた魔力を持つものがどれほどいて、これまでにどれだけの者が落ちぶれていったのかを」


 ディートの雰囲気が変わり、教室の空気が変わった。

 ときおり見せる表情だ。

 笑っている訳でも怒っている訳でもなく、ディートは表情を数秒固める時がある。


「先生から聞いたよ」僕を見たディートはまた視線を戻した。「野外演習で事故があったそうですね。ですがキリアムの助けがあり誰かは一命をとりとめたとか……つまりそういうことです。誰でも向き不向きがあり、気づけないものは落ちぶれる。キリアムは気づいているんでしょう、得意なことに。だから誰もできなかったことに一人対応できたんです」


 ディートが僕を見てほほ笑んだ。


「私も昔教えてもらいました。ミニークンクはアモーレの実に惹きつけられると」


 そこでディートが突然拍手した。


「さあ皆さん、賢明なキリアムに拍手を!」


 ディートの拍手に合わせるように、徐々に教室が拍手で満たされていく。

 女子生徒から順に、徐々に男子も混ざった。

 廊下の陰にいたヴィンセントさんが一瞬僕を見ていたような気がした。

 が、そこでいなくなる。

 ディートはさらに煽り、生徒に拍手するよう促した。

 僕はそれが、なぜか怖く感じてならなかった。


 拍手が止むとディートへの質問タイムが始まった。




 ▽




 昼休み。

 気分転換に外で食べようかと、フィートくんと廊下を歩いていた。

 そこでレアーナとディートの姿を見つけた。

 周りには既に憧れの眼差しでディート見つめる女子生徒の姿が。

 一方でレアーナ親衛隊――リズベットさんの姿も見える。


「キリアム!」


 ディートに気づかれた。そう思ってしまった。

 幼馴染に名前を呼ばれただけなのに気付かれたとは……なぜそんなことを思ってしまったのか。

 僕は軽く手を振ってその場から離れようと考えていた。

 でもディートが手招きしている。


 ただでさ落ちこぼれの烙印をおされ評判が悪いんだ。

 あんな黄色い群れに近づきたくない。

 当時者にとっては無害かもしれないが、僕にとっては違う。


「キリアム……」フィートくんは察したような表情を向ける。

「行こう」仕方なく笑った。


「さっきはありがとう」

「いいんだ。キリアムへの評価は間違ってるよ。落ちこぼれだなんて意味不明だ」


 一対一ならともかく、ここで言われるのは気分が悪い。

 周りの視線が注射針のように突き刺さり痛い。

 中身はクリーチャーの血肉でもなく、僕に力なんか与えない。不要な異物だ。


「何かあったの?」とレアーナ。

「なんでもないよ。ちょっとキリアムのクラスで一日講師をやっただけさ」

「え、ディートが講師? 凄い」

「それほどでもないよ。僕はただ質問に答えていただけさ」


 レアーナが最後に、僕に「凄い」と呟いたのはいつだったろうか。

 だかこんな目で見られたことは過去にもない。

 それどころか面識のない女子生徒までもがディートに同様の視線を送る。


「じゃあ、僕らはもうそろそろ行くよ」


 フィートくんが袖をつかんだ。


「え、そうなの?」ディートが不思議そうに問う。

「え……ああ、うん。用事があるんだ、もう行くよ。じゃあまたあとで」

「うん、それじゃあ」


 フィートくんがいてくれてよかった。

 僕は自分をそれ以上けなさずに済んだのだから。




 ▽




「僕が吸血鬼だからじゃないよね」


 人気のない中庭につくと、フィートくんは僕に背を向けた。


「え」

「僕らは洞察力に優れた種族だ。でもそうじゃなくても、誰だって分かる。気づかないのはレアーナが間抜けだからだ」

「……フィートくん?」


 なぜかフィートくんはいら立ちを見せた。

 でもその表情や空気感で何がいいたいのか分かってしまう。

 フィートくんが何に怒りなぜ悲しそうな表情をしてくれているのかも。


「どうしようもないよ。この感情は墓場まで持っていく」

「僕らはまだ17歳だよ?」

「そんな気がするんだ。ここが分岐点で、ここで無理ならもうこの先にレアーナとの未来はない」

「キリアム……」

「昔から夢みてた。じゃあ夢のままで終わらせるべきだ。ぼくは……醒めるべきなのかもしれない」

「ディートは、あの人は別に気があるわけじゃないんだろ?」

「どうかな」

「じゃあすぐに告白すべきだ」

「……そう思う?」

「うん。じゃないと後悔するよ、一生……」

「でも、僕には意気地がない」

「相手はレアーナなんだ。赤の他人じゃない。それにディートよりもキリアムの方が付き合いは長いんだ。楽勝だよ!」

「そういうものかなあ」

「少しは前向きに考えろってこと! いくらでも考えられるのに、キリアムは暗いものばかり見ようとしてる。悪い傾向だよ。一度だけ思ったことを素直に言ってみて、それでダメならその時は諦めればいい。その時はレアーナのことなんか忘れて、また森に遊びに行こうよ」


 フィートくんに説得されたとは初めてだ。

 これほどはきはき喋る姿を見たのも初めて。僕の血がまだ体に残ってるんだろうか。


「……分かったよ。一度だけ、素直にやってみる。でも、もしダメだったら」

「その時はその時。いま考えても仕方ない。キリアム、何も考えずにレアーナのところへ行くんだ」


 フィートくんは僕から目を離さなかった。


「……ありがとう」僕は走り出した。


 これまで一度も言ってこなかった。

 そんな様子を見せたこともない。

 でも、フィートくんのいうように、そろそろ正直にならないといけないのかもしれない。

 校舎を抜け、人込みを抜け、レアーナを探した。

 なかなか見つからず、そして噴水広場を通り過ぎた時、僕の足が止まった。


「え……」


 ――レアーナがディートに抱きしめられ、キスをしていた。




 ▽




「レアーナ、ずっと好きだった」


 ディートはレアーナへキスをしようとした。

 その光景を、キリアムは校舎の陰から見ていた。

 ショックを受け、気づかれないように立ち去っていくキリアム。

 その気配にディートは気づいていたのだ。


 ディートはさきほどの授業中、あの拍手の中、魔術を詠唱しキリアムに追跡の魔法をかけていたのだ。

 だからキリアムがどこにいるのか直ぐにわかった。

 偶然ではあったが、ディートには予想できることだったのだ。

 なぜならフィートに気づけたことはディートにも気づけたからである。

 キリアムが走り去っていく気配を背中に感じ、ディートは心の中で『勝った』とほくそ笑む。


「ちょっ、ちょっと! やめて!」


 だがそこでディートの予期せぬことが起きた。


「痛っ!」


 レアーナが拒絶し直前で突き飛ばしたのだ。


「どういうつもり!」

「え……」


 ディートは拒否されるとは思っていなかったのだ。


「その、僕はレアーナが……」

「私は……そんなふうに思ったことなんかない!」

「……レアーナ」

「いきなり……酷いわ」


 そう言ってレアーナは怒りを現し、ディートの前から颯爽と姿を消した。

 幸いにもその姿を見たものはおらず、ディートの評判が下がることはなかった。


「くそっ!」


 噴水の石垣を蹴るディート。

 そこにはクールな普段の姿はない。

 怒りに震えたものの表情だ。


「どうして……僕がふられなきゃなんねえんだよ」

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