第25話 恐怖と焦り
それは翌日のことだった。
教室のいつもの席に座った僕は、いつものように静かに授業の開始時刻を待つ。
10分早くワルドナー先生の姿が見えたかと思うと、その後ろにヴィンセントさんの姿があった。
そしてヴィンセントは紹介もないまま、開口一番にこう言ったんだ。
「今日からこのクラスの臨時講師を任されることになった、ヴィンセントだ。臨時といっても基本的には今日からお前たちが受けるすべての授業を担当することになる」
――急用がない限りはすべての授業をうけおう。
実質、ワルドナー先生が臨時みたいな扱いだ。
「ヴィンセントと聞いてピンときた者は、何故俺のような者が講師を任されたのかと疑問に思う者もいるだろう。だがこれは国家が決めたことだ、生徒が口をはさむことではない。だが理由は教えてやろう。ここ最近、各地で多発しているクリーチャーの大量発生が根幹にある。俺がこの臨時講師を任されたことだけではない、他にも様々な対策がなされている。これはそのうちの一つに過ぎない。早い話が急ぎでお前らを鍛え、少しはマシになってもらおうという考えだ。この国の騎士はお前ら騎士生の成長を悠長に待っていられないほど弱い。世界最強と謳われたウォールハーデンの騎士が、今や北方三国における騎士よりも下だ。といってもこれは俺の私見に過ぎない。ということだ。これより銀剣の実技訓練を始める。各自、剣を持って演習場に移動しろ」
「すみません、ヴィンセントさん」
そこで僕は気になっていたことを告げようと手をあげた。
「ヴィンセント先生だ。どうした、キリアム」
「その、なんで僕の隣の席にフィートくんがいるんですか?」
教室に入ってきて最初に驚いたこと。
それは僕の右隣にフィートくんがいたことだ。
フィートくんは爆睡していて起きる気配がない。
「俺が申請しておいた。今日からフィートはこのクラスだ。キリアム、お前が面倒を見てやれ。たたき起こしてちゃんと演習場に連れてくるんだ、いいな?」
「え、でも……」
ヴィンセントさんはそう言って颯爽と教室を出て行った。
周りの生徒も続いて教室を出ていくが、その表情は面倒くさそうだ。
そこで一瞬、復帰していたトーマスくんと目が合ったけど、直ぐに逸らされた。
「フィートくん、起きてよ。実技訓練だって」
「ん……ん、キリアム?」
フィートくんの眠気は血を摂取していないことが理由らしい。
基本的に吸血鬼は眠らないのだそうだ。
ただ血を絶つと、色々と体に変化が表れ始めるらしい。
そのうちの一つがこの眠気と、あとはホルモンバラスの変化だ。
フィートくんは今、あの時の美女から美少年に戻っていた。
でも僕の血をすすめても断るから仕方がない。
▽
ヴィンセントさんはずっと他の生徒につきっきりだった。
ワルドナー先生の姿はない。
本当に交代させられてしまったのだと少し寂しい気持ちがあった。
それぞれが二人一組になり剣を交える光景の中、フィートくんと訓練とは名ばかりに剣を交える。
そんな中、ずっと考えていた。
「フィートくん、なんで先生が交代させられちゃったのかなあ」
「この間のサマラの件があったからじゃない?」
「そうだよね」
でも僕には一つ、心配なことがあった。
それがフィートくんのことだ。
なんで隣のクラスだったフィートくんが、僕の同じクラスなんだろうかということだ。
「あの人、フィートくんを監視してるんじゃない?」
「かもね」
「かもねって……危険だよ」
「危険って?」
「ヴィンセントさんは吸血鬼狩りだよ? 吸血を専門に狩ってるんだ。もしかしてあの人は、フィートくんを……」
「それはないよ」
「え、どうして?」
「だって、僕に害がないことは伝えたでしょ?」
「そうだけど……」
僕は心配でならなかった。
フィートくんが上級吸血鬼であると知っているのは、僕とヴィンセントさんの二人だけだ。
レアーナは朦朧としていたのか、あの時のことは覚えていないと言っていた。
だからフィートくんが美女に変身した姿は覚えていないらしい。
つまり……それはつまり……。
「フィートくんは、心配じゃないの?」
「心配って何が?」
フィートくんは全然警戒していなかった。
元国家騎士かないか知らないが、あの人は吸血鬼狩り。
そこにもっと目を向けて考えるべきなんだ。
このままだとフィートくんの身が危ない可能性がある。
僕しか知らないと言うなら、フィートくんを守れるのは僕だけだ。
あの人は動きも俊敏だし、周りの誰かが仮に気づいたとしても守れない。
「あ、やっと終わりか」
そこでチャイムが鳴った。
午前はこれで終わりだ。
周りのみんなは疲れ切ったようにため息をもらしながら演習場から出ていく。
トーマスくんたちも珍しく疲れた顔をしていた。
「フィートくん。僕はちょっと職員室に用があるから、先に教室に戻ってて」
「え、じゃあ僕もついていくよ」
「いいよ、もしかしたら長引くかもしれないし」
「……分かった。じゃあ、またあとで」
フィートくんの姿が見えなくなり、演習場には軽く帰り支度をするヴィンセントさんと僕のだけがいた。
ヴィンセントさんは僕に気づくと無言で見つめた。
「なんでフィートくんをこのクラスに入れる必要があるんですか」
「……なんだ。あいつと仲が悪かったのか」
「そうじゃありません。単純な質問です。ヴィンセントさんがこのクラスの担任になる意味は分かりました。でもフィートくんについては理由が分からない。考え方によっては、ヴィンセントさんの着任理由も疑わしいほどです」
「ん、どういうことだ。何を言っている? 疑わしいだと? 俺の何を疑っている?」
「……フィートくんのことを知っているのは僕とヴィンセントさんだけです。ヴィンセントさんは吸血鬼狩りだ」
「……なるほど。そういうことか。つまり、俺がフィートを狩るんじゃないかと、そう思ってる訳か」
「容易に考えられることです」
「お前、ちょっとおかしいぞ? 容易だかなんだか知らないが、安易にもほどがある。俺がその気ならあの時に殺してる」
「僕がいたから殺さなかったんですよ。ヴィンセントさんが手こずっていたスメラギーを、僕は一瞬で殺しました。そんな奴が傍にいては殺しづらい、それだけのことですよね?」
「俺に殺す気はない」
「信じられません」
「信じる必要はないだろ。俺が殺さないと言ってるんだ。これはお前の問題だ。何を考えているのか知らないが、お前が勝手にそう思っているだけだ」
僕の手は、自然と背中のマグロ切り包丁に触れていた。
「……キリアム、何をするつもりだ」
「フィートくんは、僕の友達だ。誰かが守らないといけない。ヴィンセントさんがいなければ、フィートくんを知る人は僕だけだ」
「どうしたんだ、何かあったのか?……」
「くっ――」
僕はポーチから輸血針を取り、太ももに刺した。
エドワードの強化薬だ。
「キリアム、落ち着け。やめるんだ」
「でも、先生だって銀剣を抜いてるじゃないですか」
「当たり前だ。剣を向けられて無防備に立つ騎士はいない。キリアム、その剣を下ろせ。お前が何故そんなことを考えているのかは知らないが、お前は混乱しているだけだ。普通に考えれば、俺がフィートを殺さないことは分かるだろ? 確かに俺の専門は吸血鬼だ。だが世間的にも下級吸血鬼が専門であり、フィートのようなものを相手にすることはない」
「嘘ですね」
「なにがだ」
「確かに吸血鬼は下級であろうと厄介です。でも、仮にもウォールハーデンを首席で卒業し、銀騎士にまで上り詰めたことのあるヴィンセントさんが、下級を相手に専門だと名乗るはずはありません。身の丈が合ってないんですよ。確かに脅威でしょう、でも上級で丁度いいくらいなんです。吸血鬼狩りを名乗るには」
「……フィートを殺す気はない。それだけだ」
「信用できません」
――僕は飛び出していた。
マグロ切り包丁の先端を敵に向け、気づくとかけていた。
「――キリアム! やめて!」
その時、不意に聞こえた声に、足が止まった。
「……フィートくん」
演習場の入り口に、フィートくんの姿があったからだ。
「キリアム、やめてくれ。その人は敵じゃない」
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