第二章:龍国
第24話 吸血鬼狩り、家に来る。
あれから二週間近くが過ぎた。
市街地に大量発生したサマラもすべて取り除かれ、町の復興もそれなりには進んでいるみたいだ。
聞くところによると、被害が最も大きかったのは僕らがいた中央広場周辺。
――つまりあのスメラギーが出現した区域だったそうだ。
大量発生の理由については分かっていないのか、僕のような一般市民には知らされていない。
僕はと言えば、イゴールと森に入りひたすら採取の日々。
クリーチャーに遭遇すれば狩り、あとはハイドゥインの調合術だ。
イゴールは何故か、どこか焦っているような気がする。
僕に少しでも早く、多くの調合の知識を学ばせたいのか、日にいくつも組み合わせや調合の注意点を教えてくる。
それはサマラの捕縛剤を誤飲したことも関係しているんだろう。
だから僕も強くは言えない。
「お兄ちゃま、今日も森へ行くのですか」
家の裏でつい最近また見つけたエドワードを解体していると、ミーナがもじもじしながら後ろに立っていた。
「仕方ないだろ。僕にはこれしかないんだから」
「ミーナはお兄ちゃまとまた町へお出かけにいきたいです……」
ニックの賛成したような相づちが聞こえた。
「学べる時に学んでおかないと……この間みたいなことがまたいつ起こるとも限らないんだ」
「……そんなことは騎士に任せていればいいのです」
「その騎士はレアーナを守ってくれなかったじゃないか。だから今もレアーナは医療協会にいるんだ。フィートくんだって……まあ、フィートくんはまだ大丈夫だったけど」
吸血鬼は傷の治りが早いらしい。
事件の翌日、家に訪ねてきたフィートくんはいつものようにピンピンしていた。
というより、上級吸血鬼であることがバレてはマズいと、医療協会に頼れなかっただけだけど。
でもリーシャさんに頼めば何とかできたかもしれない。
だが一方でレアーナは今も入院中だ。
「ミーナ、そろそろお昼にしよう。一段落ついたから」
そこで、家の玄関の方から話し声が聞こえた。
おばあちゃんが誰かと喋っている。
誰か訪ねてきたのか、裏から玄関へ戻ると、家の前にヴィンセントさんの姿があった。
「ヴィンセントさん」
「キリアム、元気そうだなあ」
普段、喜怒哀楽の定型的なおばあちゃんが、ヴィンセントさんと向かい合い、楽しそうに笑みを浮かべていた。
家に招き、一緒にお昼を食べる流れになり、市場でいい肉を見つけたと、ヴィンセントさんが牛の肉をくれた。
居間の丸テーブルを囲み、しばらくして準備した昼食を食べる。
目の前に吸血鬼狩りがいるということが、なんとも不自然だった。
「今日はあいつはいないのか」
そう問われ、僕は真っ先にイゴールをイメージしてしまった。
イゴールは少し出かけると言って、今は傍にいない。
ただヴィンセントさんが尋ねているのはもちろんイゴールのことであるはずはない。
「フィートくんは今日は来てませんよ」
「フィートくんか……おかしな奴だ。あれは女性だろ」
「あれなんて言い方やめてください。フィートくんは僕の友達です」
「勝手にしろ。お前らの仲をどうこう言う気はない」
「今日は何しに来たんですか」
「リリーに会いにきただけだ」
そこで紅茶セットを持ったおばあちゃんが台所から戻ってきた。
「それにして久しぶりじゃ。お主に会うのはいつ以来だったか……」
「さあな。数えてないから分からないが、騎士生だった頃か」
「風の噂で聞いたわい。吸血鬼狩りなんぞで商売しとるようじゃの。愚かにも吸血鬼に手を出すとは、お主は昔とちっとも変わっとらん」
「ばあさんもな。相変わらず調合か。見るに繁盛はしてないようだが」
「大きなお世話じゃ。わしは普通に生きられればそれでええ」
間をうめるためか何なのか、ヴィンセントさんは肉を一口。
見慣れない光景にミーナもあえて口をはさまず様子を見ていた。
「ばあさん、知ってると思うが、ここ数ヶ月各地でクリーチャーの異常発生が多発している。あんたは人一倍クリーチャーについて詳しかっただろ。何か知らないか」
「……知らん。ここはお主がいた頃からちっとも変わっとらんよ。森もかつてのままじゃ」
「ではなぜキリアムにあんな調合術を教えた」
「あんな調合術とはなんじゃ。ハイドゥインの調合術はリトルなんたらよりも崇高なもんじゃわい。お主にも教えたじゃろ」
「ああ。だがクリーチャーの血肉を利用するなどというものは、俺は教わっていない。俺には話してもくれなかったじゃないか。これまで様々な土地を歩き旅してきたが、中には彼らを食べれば同じ力が手に入ると信じる民族もいた。ただその風習が広まらないのは効果がないからだ。だがキリアムの場合は違った。明らかに摂取後とその前とでは大きく様子が違っていた。スメラギーを片手で切断するほどの斬撃……あれは生身の人間の力じゃない」
思わず肉を切り分けようとしていたナイフが止まった。
隠していた訳でもないけど、まさか戦闘中に調合しているところを見ていたのか……分からない。
予想しながら喋っているということも考えられる。
「クリーチャーの血肉じゃと…………わしは知らん。教えてもおらんよ。キリアム、そうなのか? なにやら裏でコソコソやっとるのは知っとったが、そんなものどこで覚えたのじゃ」
「……」
「……なるほど。ばあさんは関与してないか。となると別の誰かがいると考えるのが普通だが、キリアム、なぜ黙っている。一体誰に教わった」
「僕は、その……」
「ん、隠すようなことか? まあ隠すべきだろうな。だがまさか自分で考えたなんてことはないよな。博識と称されるお前なら在り得ないことでもないだろうが、切れた腕を再生するなど、銀騎士は愚か、魔法使いにだってそうできることじゃない」
ヴィンセントさんはどうやら全部みていたようだ。
「キリアムよ、裏でなにをやっておるのじゃ」
「……エドワードの解体」
「なるほど。それも調合に使うつもりか」
「……うん」
「己であみ出したのか?」
「違う。教えてもらったんだ」
「――ニックが教えたのです」
ミーナがいきなり口をはさんだ。
「ミーナ、どういうことじゃ?」
「お兄ちゃまの調合はニックが教えたのですよ」
「まさか。ミニークンクがか? 言葉すら理解できないんだぞ」とヴィンセントさん。
「ニックはミーナの言葉が分かるのです。お兄ちゃまの言葉だって分かります」
でもおばあちゃんもヴィンセントさんも、話を聞こうとする割にどこか信じていないように思える。
それでもミーナはたんたんと答えた。
ただ僕はそれとはまた別のことを考えていた。
時折、ミーナがニックに話しかけている姿を見かけてきた。
でもそれは例えば、貴族が飼っている犬や猫に話しかけることと同じだと思っていた。
でも、もしミーナが本当に文字通りの意味で言葉を理解しているっていうなら……いや、それはないか。
「まあ、話したくないことを無理に聞こうとは思わない。ところでキリアム、お前、騎士になるつもりか?」
「……はい。そのために通ってるんです」
「まあ、そうだろうな。俺も昔、そのためにあの学院へ通っていたから分かる。当時は騎士に憧れ、勉強にも熱心だった。俺がここへ来たのはその話をするためだ」
「その話、とは、何の話ですか」
「率直に言う。お前は騎士にはなれない」
「…………」
「黙っているところを見ると、自分でも分かってるんだろう。筆記で満点をとれたとしても、お前は実技では点数をとれない。あの学院でお前に実技点を与えることのできる教師はいない。魔力のない生徒に実技点を与える権限など、誰も持っていない。分かるな?」
「……はい。知ってます」
「では何故だ。なぜ未だに通い続けている。大体想像はできる。あの施設での日常は、お前にとってろくなもんじゃないだろう。落ちこぼれと揶揄された状態では、どこかの貴族連中に目をつけられた後、退学させられるのはオチだ。もちろん学院は国家権力で運営していることから、貴族が介入する余地はない。正当な理由もなくお前を止めさせることなどできはしない、だが――」
「分かってますよ……僕は騎士には向いてない。銀剣も使えないし」
「だからマグロ包丁か、そんなものどこで手に入れた」
「マグロ切り包丁です、なんで知ってるんですか」
「戦い方なら俺が教えてやる」
「え」
「あそこに通ってもその力を持て余すだけだ。誰もお前を認めはしない。銀騎士に近づけば近づくほど、奴らはリトルバースを重んじる。リトルバースこそウォールハーデンの騎士の象徴であり崇高なものだと、奴らは信じているんだ。使えないお前は騎士にはなれない」
「別にヴィンセントさんに忠告してもらわなくても分かってますよ」
説教くさい話に飽き飽きした僕は、食事を済ませ台所に食器を運んだ。
「フィートくんに一瞬でも殺意を向けたような人の言葉なんて、どうやって信じろっていうんですか?」
「警戒しただけだ。お前は奴らを知らない」
「フィートくんは友達です」
「上級吸血鬼は脅威だ。書物でしか知らないお前には分からないだろうがな。あの女だけ例外なんてことはない。だが言っておく、俺にあいつを狩る意思はない」
「……」
「そろそろ帰る。邪魔したな」
「なんじゃ、もう帰るのか」
「最近仕事が立て込んでてな。おまけにまた仕事が増えた」
「そうか。ヴィンセント、奴らに対抗できるのは調合だけじゃぞ。吸血鬼狩りもほどほどにのお」
「そのセリフを聞くのは何十年ぶりだったか……。じゃあな」
ヴィンセントはそう言い残し、キリアムの顔をちらっと窺うと去っていった。
「キリアムよ、もう学校はええのか」
「今日は休校だよ。授業は明日からだ」
ヴィンセントさんのせいで、居間に重苦しい空気が流れていた。
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